表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

huit

ディータの目の前から、シシィが消えた。

「まあ、行先はわかりますけどね?」

くすりと笑うディータ。

痕跡を追わずとも、目の前で展開された移動魔法の座標はすぐに知れた。


マダム・ジュエルのパティスリー。


「あそこなら何の心配もいりませんから、また明日。シシィ」

笑いながらも切ない表情になるのは仕方ない。

気持ちを決めるのは彼女だから。


後は運を天に任せるだけ……なんて僕の柄じゃない。


明日からも、もっと自分をわかってもらわねば! と決意するディータだった。




次の日。

その日は普段よりも凄まじいスピードで仕事を片付けた。


「なんだか今日のアウイン殿は鬼気迫るものを感じるのですが、気のせいでしょうか……?」

執務官室長のエメリルドが、傍にいた次長のペリドットに囁く。

「確かに。いつもよりも気合が入っておられますね」

普段よりも激しい『近寄んな』オーラを発しているディータを遠巻きに見ている上司たち。

「タンザナイト殿はご存知ですか?」

書類を提出しに来たアンリにもペリドットが訊ねる。

「いえ……。わかるような、わからないような……」

首を傾げるアンリ。

3人でディータを見守っていた時。

「よし!! 終わった!! エメリルド様! 今日は早退してもよろしいでしょうか?!」

がばっとおもむろに顔を上げたディータが、エメリルドの方に向かって叫ぶ。

「え、ええ。今日の分が終わったのでしたら、どうぞ……」

あまりの迫力に『No』とは言えない。

言ったら刺されそうだ。

エメリルドはそう判断して早退を許可する。

「では、また明日っ!」

そう言うや否や上着をひっつかみ、慌ただしく執務官室を出て行くディータ。

「「「……なんだったんでしょう???」」」

そろって首を傾げる三人であった。




ダッシュで執務官室を辞去した足で向かった先は、人気のジュエリーショップ。

庶民でも頑張れば手に入るものから、オーダーメイドや超高級品まで扱っている。

ディータくらいの身分ならば、本来なら屋敷まで来てもらうのが当然なのだが、いかんせんそんな時間がないので、侯爵自ら来店となったのだ。

「まあまあ、アウイン侯爵様でございませんか! わざわざのお越し、ありがたき幸せ……」

上品なダークスーツを身に付けた初老のオーナーが接客に出てきた。

短い白髪を綺麗に撫でつけ、柔らかな笑みをたたえる柔和な紳士。

デザインから石の買い付けまでを自分でするというこのオーナーのセンスはずば抜けたものがあった。

「ああ、久しぶりですね。オーナー。今日は指輪を設えてほしいんだけど。急で申し訳ない」

ショウケースの中を見るとはなしに覗きながら、ディータが言う。

「いいえ、滅相もござません。で、どの様なものでございますか?」

穏やかな口調で紳士が詳細を訊ねてくる。

「あるご令嬢に贈りたいのだが。アクアマリンの良い石は入っているか?」

貴賓室に案内されながら、ディータが聞く。

「ちょうどこの間、素晴らしいものが入ったところでございます。ご覧になられますか?」

丁重に貴賓室のドアを開けて、半身をずらしてディータを中に案内する紳士。

「ああ、頼む」

「しばしお待ちくださいませ」

そう言うと紳士は店の奥に入っていく。

しばらくして、紳士は、ディータの所望するものを持ってきた。

それを一目見たディータはすぐに気に入り、

「ああ、素晴らしい。これでお願いしよう。デザインは……」

そのまま、デザインについて打ち合わせ始めた。




ディータがジュエリーショップを後にしたのは、いつもの終業時間と変わりないくらいの時間だった。

ショップから直接、今日もシシィの元へ行く。


昨日のことは何でもないように、いつも通り振舞う。

「ここのスイーツを、妹が大変気に入っていましてね」

何気なく話すディータ。

赤い顔をして俯き加減に座るシシィを見つめる。

「カフェに行くなら買ってきてくれとせがまれるんですよ」

苦笑しながら今日のオーダーであるレモンティーを優雅な仕草で口に含む。

シシィはまだ、黙ったまま。

それでも構わず、穏やかな口調で続けるディータ。

「今日は新作が出ていましたね? あれをいただいていきます」

さ、今日はこれで失礼しますね。と席を立とうとするディータ。

だが、

「ね?どうかな?僕のことを見てくれる気になってきた?」

爽やかに笑いかけながら確認する。

まだ俯いたままのシシィ。それでも気にせず、

「では、また明日」

そう言って、マダムにお勘定を渡し、宣言通りに新作スイーツを買い求めてから店を後にした。




1週間後。

超特急で取り掛かってもらっていた指輪が出来たと、オーナーから連絡があった。

その日も猛スピードで仕事をこなしたディータ。

室長以下、もはや誰も彼に近づくことはできなかった。

「お先です!!」

言い放って執務官室を飛び出していく。そんなディータに、

「「「お気を付けて~」」」

と、遠巻きに見守っていた上司や同僚は、揃って手を振るくらいしかできなかった。




ジュエリーショップに寄り目的の指輪を受け取ると、シシィの元へと飛んで行った。

今日もディータが一人であれこれしゃべる。

じっとシシィは聞いている。

今日も赤い顔をして、俯き加減で。

いつもなら適当な所で切り上げるのだが、今日はどうしても渡したいものがあったので粘る。

「シシィ。左手を出してみて?」

爽やかな笑顔のまま、シシィに向かって手を差し伸べる。

急なことにキョトンとしたシシィは、小首を傾げながらも左手を出してくる。

その手をそっと握ると、右手に隠し持っていた物を嵌める。

「……指輪……」

シシィがあっと驚く。

シシィの瞳と同じアクアマリンが嵌められたかわいらしい指輪が、左手薬指に煌めいている。

「綺麗……」

うっとりと指輪に見とれるシシィ。

その手を、空いた右手で優しく包みながら、

「シシィ。こないだ言ったことは嘘じゃない。僕のところにきてくれないか?」

ディータが囁く。

「……嘘ついたら。嘘だったらどうしてくれますか?」

伏せがちだった視線を上げて、シシィが今日初めてディータのアメジストの瞳をひたと見つめてきた。


やっと自分を見てくれた瞬間だった。


ディータはそれを受け止めて、

「どうにでもしてくれていい。君の気の済むまで。国外追放でも、死刑でも何でも」

にっこりと笑いながら「ま、そんなことには絶対にならないと誓えるけどね」と付け加えた。

すると、

「……わかりました。一度だけ。信じてみます」

まだディータの眼を見つめたまま、シシィが決意を告げる。

「本当?! ほんとうに!? ああ、シシィ!! ありがとう!!」

こんなにうれしいことは今までなかった! と、無邪気にはしゃいでしまった。

そんなディータを少し引いた目で見ているシシィに気付きもせず……


あともう少し。


今日もありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ