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王都の老舗有名パティスリー、マダム・ジュエルの店にシシィの魔力を感じ取ったディータは、表からガラス越しにパティスリー内の様子を伺った。
併設されているカフェは、夕方なので落ち着いてきているが、テイクアウトのスイーツを売るパティスリーの方はまだまだ客足が多く、賑わっていた。
その、スイーツのショウケースの向こうで若い娘が接客していた。
ブロンズの髪を邪魔にならないように結い上げて、アメジストの瞳を細めてかわいらしく微笑む美少女。
あっ!! シシィ!?
驚くディータ。
そう。魔力の発信源は彼女。
ディータの眼には間違いなく彼女がシシィだと分かるのだが、髪と瞳の色が違う。
確認のため、自分の伊達眼鏡に魔力無効の術をかけてから、それを通して彼女を見る。
すると。
ブロンズだったはずの髪がプラチナに。アメジストの瞳はアクアマリンに。
やはり……。自分に魔法をかけて髪と瞳の色を変えていたのか。
でも僕には無力だよ? ほら、見つけたじゃないか。
見つけたことに安堵の微笑みが浮かぶ。
ここ最近ずっと強張っていた身体も、緩んだ気がする。
今すぐにでも乗り込んで連れて帰りたい衝動に駆られるが、今乗り込んでもまた逃げられるのがオチだろう。
「しばらく様子を見させてもらうよ」
そう一人ごちてから、名残惜しいがパティスリーを後にした。
「見つけたよ。シシィを」
久しぶりに執務官室で会ったアンリに告げる。
「本当か?! うちでも必死で探してたんだけど、まったく手がかりなしで」
安堵から、深く椅子にもたれかかるアンリ。
ふう~、と深く呼吸を吐きしてから、
「シシィの失踪のことは、ディータに言おうと思ってたんだけど、あいにく出張が重なったからなぁ。すまなかった。まさか家出するとは思わねーよなぁ」
サラサラのプラチナの髪を無造作にかき上げながらアンリが言う。
「僕もびっくりしたさ。そこまで嫌われてるとはな~」
苦笑する。
「で、どこにいた?」
真面目な顔をして居場所を聞いてくるアンリ。
「ああ。マダム・ジュエルのパティスリーだよ。髪と瞳の色を変えて売り子になってた」
町娘姿のシシィを思い出し、あー、その姿もかわいかったんだよなぁ、なんてニヤける。
「ニヤけるな。早速連れ戻しに行かねばなるまい」
急ぎ立ち上がって行動を起こそうとするアンリの上着の裾を引っ張り、引き留め、
「いや、待て。もう少し様子を見たいんだけどダメかな? 身辺の安全は僕が責任を持つから」
ディータは提案する。
「報告もちゃんとするよ。だからもう少し時間をくれないか? 伯爵殿には僕から説明するよ」
「身辺の安全はどうするつもりだ?」
「うちの警備兵をさり気なく付ける」
「報告は?」
「その警備兵にさせる。ま、多分僕からもできるだろうけど」
ニヤリと笑うディータ。
「何だそれ」
キョトンとなるアンリ。
「まあ? ないしょ」
いたずらっぽい笑いに変える。
「何だかよくわからんけど、とりあえずディータを信用して今は見守ることにする。父上にはオレから言っておくよ」
「ありがとう。僕からもお願いするけど、よろしく頼む」
その日から。
ディータはものすごい集中力を発揮して就業時間内に仕事を片付け、終業と同時に執務官室を飛び出してマダム・ジュエルのパティスリーに通いだした。
「最近、アウイン殿は凄いですねぇ。何かあったんですか?」
事情を知らないエメリルドが、ディータが飛び出して行ったばかりの執務官室の扉を見ながらアンリに聞いてくる。
「あ~。やっと彼女が出来たんじゃないでしょうか?」
正確に言うと彼女でも何でもない、ただの片想いなのだが。適当に答えるアンリ。
「今まではそれすらも許されなかったですからねぇ。しかし、陛下と言いアウイン殿と言い、愛する人が絡むととんでもない力を発揮しますねぇ」
感心したようにエメリルドが言う。
国王シャルルも、毎日王妃レティエンヌと一緒に過ごす時間を確保するために超人的なスピードで執務をこなしているのである。ちなみに彼の目標は『午前中に執務は完了!』である。
「執務室の皆さんも、愛する人が出来たら仕事効率が飛躍的に上がるのではないでしょうか? いっそ恋愛強化月間にでもしますか」
ニコニコしながら言うエメリルド。
「そういうエメリルド様も、デートの日はおっそろしく仕事が早いですもんね」
アンリがからかうも、
「もちろんじゃないですか! 仕事なんてとっとと終わらせて早く会いたいというのが男心でしょう」
人差し指を立てて、びしっと言い切るエメリルドであった。
夕方。庶民の家では夕食の時間であろう頃。
マダム・ジュエルのパティスリーに併設されているカフェは、さすがに人もまばらになる。
ディータは、接客するシシィが良く見える席――大通りに面した窓辺の席――に陣取り、新聞を読みながらお茶を飲む。
閉店間際と言うこともあって忙しくないからか、マダムもシシィも嫌な顔一つせず、ディータが寛ぐのを見守ってくれているようだ。
カラン。
カフェは閑散としている時間だが、スイーツを置いている方は、まだ手土産を買い求める客がひっきりなしに来る。
「リリィおねえちゃん!」
店のドアを開けて入ってきたのは、シシィよりも少し年下と思われる少女。
シシィは、ここで『リリィ』と名前を変えて呼ばれていた。
その少女はシシィにかわいらしい笑顔を向けると、嬉しそうに寄って行った。
「あら! ルビー! こんな時間に珍しいわね?」
アメジストの瞳を細めて、少女に問うシシィ。
「急なお客様が来てね。ママに頼まれたの」
ルビーと呼ばれた少女が、ちょっと首をすくめて話す姿は、思わず微笑みがこぼれるほどかわいらしい。
「幾つ要るの?」
「4つ」
「どれにする?」
「じゃあ、これとこれと……」
ショウケースを覗き込みながら指差す少女。それを中から取り出すシシィ。
ああ、売り子が板についてきたね。
ほほえましい二人に、新聞を読むふりをしてシシィを観察していたディータの口端が上がる。
ディータがさり気なく見守る二人に、マダムが奥から参戦してきた。
「ルビー、これ、おまけよ」
そう言って、マドレーヌを二つ持たせる。
「わぁ!! ありがとう!! マダム!!」
嬉しそうに顔をほころばせる少女。
「気を付けて帰るのよ」
お会計を受け取りながら、シシィが付け足す。
「うん。大丈夫! ジェダイトがついてきてるから。マドレーヌ、ジェダとわけっこするね」
にっこりと笑いながら小さく手を振り、店を出て行った。
優しい笑顔で見送る二人を、ディータも優しい気持ちで見守っていたのだった。
やはりストーカー(笑)
今日もありがとうございました!




