表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

Souci

Souci=心配


シシィが倒れた! すわ! 一大事!!

ここはアンバー王国の王都ディアモンド。

先日お生まれになった国王の第一王子の話題で、世間はお祭りムード一色だが、政、仕事にそれは関係ない。王城の一角、執務官室で、ディータは今日も超人的なスピードで仕事をこなしていた。

それはただひたすら、定時退室をして愛妻シシィの元に行かんがため――。




今日の仕事はいつもより多いかも。もっとペースを上げなきゃな。


と思いながら、手元の書類と格闘していたディータの元に、同じ執務官室勤務の従兄弟のプラッド――セレスティン伯爵家の次男――が、慌ててやってきた。

時刻は昼飯時を過ぎ、休憩のお茶の時間にはまだ早いなという頃。


「ディー兄さん! ディー兄さん!」

「こら、プラッド。仕事中はアウイン侯爵と呼べって言ってるだろ」


ついついいつもの癖でディータのことを『ディー兄さん』と呼んでしまうプラッドを嗜める。きゅっと柳眉をしかめて厳めしい表情を作る。一応ここは職場だ。そして職場の先輩にあたるのだから。

いつもならば素直に「あ、スミマセン」と謝るところなのだが、しかし今日はそれすらもなく、むしろ苛立った感じでディータの言葉をスルーするプラッド。ディータに負けじと眉間にしわが寄っている。

そんな様子に何か引っかかるものを感じたディータだったが。


「あ~もう、そんなことより伝言来てるんだってば」

「『そんなこと』じゃないよ! って、伝言?」

「うん……あ、はい。今門衛から上がってきました」


一応忠告は聞き入れたのか、丁寧な言葉に改めながら、プラッドは手にしていた紙切れをディータに手渡した。

ここディアモンド城は、国王以下王族の住まいであり、国家の政を行う中枢機関。王城関係者以外は基本立ち入り禁止。だから許可証や招待状などを持たない来訪者は、その用向きを一旦門衛に申告する。そしてそれが認証されて初めて門をくぐることができるのだ。

急ぎの使いとてそれは同じこと。

ディータ宛ての伝言が、門衛から執務官室の雑用係長であるプラッドに渡されたのだ。


取り急ぎ伝言に目を落とすと、それは、城下のパティスリーで働いている愛妻シシィにつけている護衛兵からだった。


『先程奥様がお倒れになられました』


簡潔な文章ながら、ディータに与える衝撃は計り知れないものだった。

カチーーーンと一瞬その場に凍り付いてしまったディータだったが、


「護衛兵って、シシィちゃんにつけてる護衛兵でしょ? シシィちゃんに何かあったの?」


伝言を受け取る時に『誰宛で誰からか』を聞いているプラッドが心配そうに聞いてきた。

プラッドはシシィに会って以来、彼女の大ファンなのだ。

だから先程はあんなに慌てていたのだな、と合点のいくディータだったが、プラッドの声でハッと我に返った。


「これだけじゃわからないな……。とりあえずパティスリーに行く。アンリ、アンリ!」


足早に自分の執務机に戻ると、隣に座るシシィの兄アンリに声をかける。


「なんだよ。どうかしたのか? 伝言、何だったんだよ?」


書類から目を上げ、呑気な声を出すアンリ。


「シシィにつけてる護衛兵からだ。シシィが倒れたって書いてある」

「マジか?!」


シシィが倒れたということを聞いて、それまでの呑気な態度は一変したアンリ。表情を引き締め、ディータに向き直る。


「ああ。今から僕はパティスリーに行ってくるから、後は頼んだ」

「わかった。どうせあと少しなんだろ?」

「いや、今日は多いんだ」

「くっ……こんな時に限って……!! くそっ、残業決定かよ。まあ、かわいい妹の為だ。にーちゃん頑張るよ」

「わりーな。エメリルド様!! ちょっと急用ができたので早退します!! 後はタンザナイト殿に任せてありますので!!」


今日に限って多かった仕事はサクッとアンリに丸投げして、自身は早退準備を急ぐ。

警備兵をこちらに招き入れて事情を聞くよりも、自分がパティスリーに向かう方が手っ取り早いと考えたからだ。


「何かありましたね? 報告は後でいいので早退を許可しますよ。さ、タンザナイト殿は頑張ってくださいね~」


穏やかながらもその表情はいつものような微笑は湛えておらず、引き締まっているエメリルド。


「はい! 失礼します!!」


上着をひっつかむと、飛ぶように執務室を後にした。




門に着くと、そこにはアウイン侯爵家の警備兵が待っていた。


「シシィが倒れたって?」


足早に近づき、畏まっている兵に問う。


「はっ。マダム・ジュエルの話では、昼過ぎから顔色は悪かったようなのですが、先程急に倒れてしまったようでございます」

「今朝は体調悪そうな様子はなかったよな」

「ええ。確かに」

「とりあえずパティスリーに急ぐ。僕は転移で行くから」

「わかりました。追います」


手早く事情を聞いてから、一瞬でも早くたどり着くために転移の魔法を展開した。



*****



パティスリーからシシィを侯爵邸に連れ帰ったディータ。

青い顔をしたままくったりとディータの胸板に寄り掛かり、その腕の中に納まっているシシィ。その体はいつもよりも少し熱を帯びているようだ。


「ディータ様! 奥様はどうなされたのでございますか?!」


玄関まで迎えに出てきた執事が、普段と違う様子主夫妻に気遣わしげに声をかけてきた。

執事だけでなく、迎えに出てきたメイド長やシシィ付きの侍女たちも同様に、いつもとは違った主人たちの様子を心配そうに見守っている。


「さっきパティスリーで倒れたらしい。部屋で休ませるから侍医を呼んでくれ。メイド長はすぐに対処できるように傍に控えておいてくれ」


夫婦の寝室のある二階へと続く階段を慎重に上りながら、執事とメイド長にてきぱきと指示を与える。


「「かしこまりました」」


執事とメイド長は同時に答えると、執事は侍医を呼びに屋敷の奥へ、メイド長以下侍女たちはディータとシシィの世話をするためにディータの後を追った。




「気分はどお? 少しはましになった?」


侍女たちが整えてくれたベッドに横になったシシィに問いかける。先程よりは幾分かマシになったとはいえ、まだ顔色は血色のないまま。苦しそうに閉じられた瞼は、長い睫が小刻みに震えていた。ディータはそれを気遣わしげに見ながら、白い頬にかかるブロンズの髪を優しく除けてやる。

今まですっかり忘れていたが、シシィはまだ『アメジストの瞳にブロンズの髪』のリリィのままだった。

ブロンズの髪に今更ながらにハッとするディータ。


あー、変化を解くことも忘れるなんて、僕どれだけ必死なんだ?


ふ~っと深く息を吐き、おもむろにシシィの変化の魔法を解く。弱々しく開かれたシシィの瞳はアクアマリンに戻っていたが、いかんせん体調不良から輝きはいつもの様ではなかった。


「うん、少しは……マシかな。ごめんなさい。心配かけちゃった」


少しかすれた声で、シシィが応えた。


「もうすぐ侍医が来るから診てもらおうね」


血の気のないシシィの頬をそっと撫でながら、アクアマリンに微笑みかける。


「……ええ。でもディー。お仕事は途中じゃなかったの? こんな時間だし」

「それなら大丈夫。アンリに任せてきたからね」

「……」


コンコンコン


そこで入り口のドアがノックされ、侍医の到着が告げられたのだった。




診察の結果は懐妊。


しばらくは二人で喜びをかみしめていたのだが、両親への報告やシシィの実家であるタンザナイト伯爵家への報告もしなくてはならない。

仕方なくシシィを侍女たちに託し、ディータはまず、別館にいる両親の元に報告に行った。




「なんと! シシィが懐妊とな!」

「まぁ!! で、シシィちゃんの様子はどおなの?」


ガターン!!


それまで夫婦仲良くテーブルにつき、午後のお茶を楽しんでいた先代のアウイン侯爵夫妻は、ディータのもたらした報告に思わず立ち上がり、派手に椅子を倒していた。慌てて侍女たちが椅子を起こしている。


「今は少し落ち着いていますが、気分が悪いようなので寝かせています」


親の驚きを目の当たりにして、自分は幾分か冷静さを取り戻したディータ。


「そうか。今が大事な時だから安静にさせておかねばなるまいな」


侍女たちが戻してくれた椅子に再び腰を下ろしながら、先代はディータに言った。


「はい。しばらくはパティスリーも休ませます」

「そうね。それがいいわ。で、タンザナイト家にはもう報告を?」


こちらも再び腰かけなおした先代夫人。


「今から僕が行ってくるつもりです」

「わかった。行って来い」

「はい」


報告だけして別館を後にしたのだが。


「ああ、忙しくなるわね! お洋服もおもちゃも、うんとかわいいものを集めましょう!」

「そうだね。いっそ庭も改装しようか」

「まあ! 素敵ですわ~!」


後ろから気の早い話が聞こえてきた。




転移の魔法を使い、次はタンザナイト伯爵家に来たディータ。

ここでも先ほどのようなやり取りをしたのだったが、


「シシィに会いたいです!」


という伯爵夫人の一言で、伯爵と夫人が急遽アウイン家を襲撃……いや、訪問することになった。



*****



「……そうですか。それはめでたいことですね~! 大事ではなくてよかったですよ。レティといい、侯爵夫人といい、めでたいことが続いてうれしいですね~」


執務机の上で手を組み、ニコニコと穏やかに破顔するエメリルド。

ディータは昨日のことを室長に報告しているところだ。


「ええ。そうですね。まだ実感は湧かないんですけど」

「そりゃあそうでしょう。タンザナイト家にも既に報告を?」

「ハイ。昨日のうちに。向こうもすぐに飛んできましたよ。そのまま宴会突入です」

「うちもそうでしたよ」

「デスヨネー」




それから数日後。

エメリルドからシシィの懐妊を知らされた王妃レティエンヌから、


「これ飲んでお体をご自愛くださいませ☆」


というメッセージと共に『レティちゃん特製薬汁☆妊婦さんバージョン』が届けられたのには、ディータの背筋が凍りついたのだった。


今日もありがとうございました~(^^)


そんなに簡単に早退許されていいのか?!(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ