Un kidnapping?
Un kidnapping:誘拐
シシィが誘拐された!? って、『王都の魔女』って誰??
ここはアンバー王国の王都ディアモンド。
春が来て、街中に清々しい空気が満ち満ちている。
そこかしこで、新しく社会に出たばかりの若い者たちが、早く新しい生活に慣れようと頑張っていた。
ディータ達の所属する執務官室には、今年は新人が入らなかったので、いつも通りの落ち着いた雰囲気ではあったけれど。
いつも通り、シシィをパティスリーに送り届けてから出仕し、そして今日も、いつも通り定時退室を目指して猛然と仕事をこなすディータ。
「いつも通り、気合が違うね~ディータは」
隣のデスクから、同僚で、シシィの兄(つまりは義兄)のアンリが揶揄している。
「当たり前だろ。仕事ができる男は違うっつーの」
しゃべりながらも手は休めないディータ。てきぱきと処理済の書類の山がどんどん積まれていく。
まあこの調子ならいつも通り定時退室できるな、と目途がついた午後も休憩の時間。
「はい、ちょっと休憩をどうぞ~」
と、去年こちらに配属されてきたディータの従兄弟のプラッドが、お茶を配ってまわっていた。今年、新人が来なかったせいで、プラッドは今年も一番下っ端で、したがってお茶汲みも彼の仕事のままであった。
「あ、ディー兄さんになんか手紙が来てましたよ?」
お茶の入ったカップと共に、白い封筒を手渡された。
「は? 僕に? 誰から?」
渡された、『アウイン侯爵様』とだけ表書きされた、何の変哲もない封筒を裏表とひっくり返しながらプラッドに問えば、
「わからないんです。その封筒をくわえた青い鳥がふわりと飛んできて、僕の運んでいたワゴンの上に落としていったんだよ。そのままどこかへ飛んでいっちゃったし?」
小首を傾げながら答えるプラッド。
それを横目に、ペーパーナイフで丁寧に封を開け、中の便箋を取り出す。
ざっと読んで……固まった。
『シシィは預かった ばーい王都の魔女☆』
王都ディアモンドに、『魔女』と言われる存在はそんなに多くはない。だが、自称魔女などを含めると結構な数になるはず。
まずは直接的な手掛かりになるこの封筒と手紙を透視する。
「……」
しかし、視れども視れども何もつかめない。
よほど厳重に痕跡を消しているようだ。
ここまでの魔法を使いこなせるというのは、相当の魔力の持ち主……
したがって、自称魔女のような下級なものの仕業でないのは自明。
筆跡は、お手本のようなカリグラフィー。まるで癖がない。
使われているインクも、ごく一般で使われているモノ。これだけでは庶民の仕業か、はたまた貴族特権階級の仕業か、判断つきかねる。
しかし、ほんのつい先ほどまで、シシィが誘拐されてしまうような不穏な動きも報告されてはいなかった。
「どうした?」
先程から難しい表情のまま腕組みをし、ピクリとも動かないディータを不審に思ったアンリが声をかけてきた。
「あ? ああ。これ」
ひらり、と先程の手紙をアンリに渡す。受け取ったアンリは一読後、
「はあっ?! どういうことだ?」
声を潜めながら眉をしかめた。
「いや、僕にもわからない。ちょっと探してくる。アンリ、僕の仕事の残りは任せた。しばらくは伏せておいてくれ。 室長! 外回り行ってきます! そのまま直帰でお願いします!」
上着を手に取りながら、向こうにいる室長のエメリルドに声をかけるディータ。
「は~い。お疲れ様です」
そんなディータやアンリの様子を知ってか知らずか、エメリルドは穏やかに微笑みながら応えたのだった。
王城を出て、その足でパティスリーに向かう。
店に入る前に警備兵を呼び、
「シシィがいなくなったみたいなんだが、なぜお前たちから報告が来てない?」
眉間に皺をたっぷり寄せ、低い声で警備兵を問いただす。
が、ディータのそんな剣呑な雰囲気とは対照的に、二人の警備兵はキョトンといった表情で、
「いえ? 奥様でしたらパティスリー内におられるはずでございますが? 今日は一歩も出てきておいでではありません」
首を傾げて答える。
「……どういうことだ」
警備兵の証言に訝しむディータ。腕を組み顎に手を当て考えてみたが、ここで考えても埒が明かぬと、パティスリーの扉を開いた。
パティスリーに入り、マダムを呼ぶ。
「マダム! シシィは今どこにいるんですか? シシィが連れ去られたようなんだけれど、 警備兵はパティスリーを出ていないというんだ……」
周りの客のことを考えて、小声でマダムに問う。
「あら、まあ? リリィとルビーだったら、先程どちらかのお貴族様のお使いが来られてお届けに行ってるわよ?」
頬に手を当て、少し困惑気味に話すマダム・ジュエル。
「それは、どちらの貴族で?」
くいっと片眉を上げて問いただすディータ。
「さぁ……? お迎えが来てて、一緒に行く形だったから。私ももっと会用心しとけばよかったわね」
ごめんなさい、と謝るマダムに、
「まあ、警備兵も目くらましされているようなので、マダムのせいではありませんから。じゃあ、僕はまた探しに行ってきます。マダムはここで何かの連絡があったら教えてください!」
それだけ言い置いて、ディータはまた店の外へと踵を返して出て行った。
噴水大広場で、一応シシィの魔力を探す。
シシィ自体が放つ魔力が微量なので、これはあまり期待できないのだが、念のため。
しかしやはり、シシィの魔力は感じ取れなかった。
結界の中に隠されている、か。
結界と言えば、以前シシィが家出をした時にパティスリーに結界を張った魔女がいた。
かなり上級魔法を使いこなす魔女で、王都でも有名どころではあった。『王都の魔女』と名乗っても恥ずかしくない実力の持ち主。しかし、現実の彼女はかなり人のいいお婆さんで、ゆめゆめシシィを誘拐するような人物ではない。
それでも一応調べてみようと、ディータはその魔女の家に足を運んだ。
結論から言えば、その魔女の仕業ではなかった。
彼女の家に行くと、どうやら彼女はぎっくり腰で、しばらく寝たきりになっているらしかったから。
他に強力な魔女……隠れて存在しているのか?
だとしたら、それはそれで不穏分子となりかねない。
ディータは検索の魔術を展開して、魔力を保有するの者を素早く探しだした。
検索しだしてしばらく。
何人かの人物が浮かび上がってきた。
「まさか……な?」
王宮付きの魔導師。国王シャルル。宰相アンバー公爵。執務官室長エメリルド。騎士団長サファイル。……そして、王妃レティエンヌ。
その中で『魔女』という称号にふさわしいのは、王妃のみ。
『シシィは預かった ばーい王都の魔女☆』なんていうふざけた脅迫状(?)を書きそうなのも、王妃のみ。
そもそもこんなことを考えそうなのも、王妃のみ。
そして普段から強力な結界に護られているのは、王城。あの結界なら、シシィくらいの魔力は漏れてこないのも当然。
すべてのベクトルが王妃レティエンヌに向かっているような気がした。
「レティ様……。あの方ならやりかねん」
移動魔法を展開。すぐさま王城に引き返したディータだった。
「エメリルド様!! 陛下は今どちらにおいでで?」
執務官室に戻るや否や、室長にシャルルの居所を聞く。執務を終えた後のシャルルは、常にべったりと王妃にくっついているから。
「おや、どうしました? 陛下ならばレティたちと庭でお茶をしているはずですよ?」
手にした資料から目を上げながら、エメリルドはシャルルの居場所を教えてくれた。
「レティ様たち(・・)?」
「ええ、今日は王都のパティスリーから菓子をお取り寄せしたって言ってましたよ? あれ? そう言えばアウイン殿の奥方も一緒のはずでしょう?」
エメリルドは事もなげに言ってのけた。
「~~~~~!!!」
またもや踵を返し、庭園に向かうディータだった。
ディータが庭園の入り口についた時、
「これが王都で大流行のマカロンね! やっぱり美味しいわ!」
「そうでございましょう? だんなさんの傑作でございますもの!」
きゃっきゃと楽しげに語らう女性陣の声が聞こえてきた。
シシィ!!
その声に、大いに心当たりのあるディータは、自然足早になる。
「レティ様!! 犯人は貴女でしたか!!」
シシィの顔がはっきりと見えたところで、ディータは声をかけた。
「ディー?!」
「ディーさん!!」
「おう、ディータ。どうした? こんなところに突然現れて」
シシィ・ルビー・シャルルが思い思いに声をかける。全員驚きの表情で。
その中で、一人だけ。
「あらあ、もう見つかっちゃったのぉ?」
と、いつもの超絶カワイイ微笑ではなく、真っ黒なニヤリ笑いをしているレティ。
してやられた感が否めないが、
「もう見つかったの? じゃありません!! 何ですか、このいたずらは!!」
とりあえずシシィを見つけた安堵から、彼女を横抱きにして気力の充電を図った。
そしておもむろに、それまで手に握りつぶしていた手紙をレティに突き付ける。
それを、レティの横にいたシャルルが受け取り、周りに聞こえるように声に出して一読する。
『シシィは預かった ばーい王都の魔女☆』
「「「「……」」」」
それを聞いて無言になる周囲。
シシィの肩を抱いたままのディータの手を、シシィが「おつかれ」とばかりにぽんぽんと叩いてくれた。が、それくらいではどうにも収まらないこの疲労感。
家に帰ったらたっぷりシシィを充電しなくては! と決意するディータであった。
『逃げる令嬢~』番外編:Livraison de maison de nourritures cuitesのディータ視点でした(^^)
今日もありがとうございました!




