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あたしはいつの間にか、気を失ってしまっていたようだ。
気がつくとベッドのような場所に寝かされていた。
どうやら張りつけにされているようで、どんなにもがこうとも、身動きすらできない状態だった。
連れ去られてからどれくらいの時間が経っているかは、まったくわからない。
ただ、殺風景な少し薄汚れたこの部屋に、あたしは拘束されている状態なのだということだけはわかった。
そしてあたしはその場所で、言葉にするのもはばかれるような、様々なひどい仕打ちを受けることになる。
細かく語るのは、勘弁してもらいたい。
それほどのことを……されたのだ。
あとから知ったことなのだけど、どうやらこの場所は、政府が所有する秘密の施設だったらしい。
あたしはそこで、様々な「実験」をされた。
白衣を着た研究員といった様子の、マスクと白い手袋をつけた女性たちによって、あたしの体は隅から隅まで調べられた。
なにやらいろいろな機械を使って、データを収集しているようだった。
見る限り、研究員はみんな女性。
その辺りは一応、配慮してくれたということなのだろう。
それでも、実験の様子なんかは、おそらく録画されているものと思われる。
その映像を見る研究者が、はたして本当に女性だけなのかどうか、あたしにはわからない。
考えないようにしてはいたけど、きっと……。
ともかく、あたしはそんな場所で、実験体としての生活を余儀なくされた。
実験は連日行われた。
実験が終わると、あたしは用意されていた部屋に入れられた。その部屋はそれなりの広さがあり、冷暖房も完備していた。
テレビやラジオはないものの、少々高級なマンションの一室といった雰囲気で、居心地はそれほど悪くなかった。
とはいえ、もちろん拘束されている身。部屋には外からカギがかけられ、出られない。
出られるのは、次の実験の時間ということになる。
部屋にはトイレやバスルームも備えつけられていた。
それらの場所に監視カメラがないとは限らない。今になって考えると、そういった可能性も浮かんでくる。
仮にそこまではしなかったとしても、あれだけのひどい「実験」をされていたのだ、部屋の中にだったら、監視カメラくらいあっても不思議ではなかっただろう。
でもその当時、そこまで考えなかったのは、ある意味では幸せだったのかもしれない。
もし考え始めてしまったら、あたしも精神がおかしくなっていたに違いない。
――さくらちゃんの、ように……。
☆☆☆☆☆
実験体としての日々は、三年ほど続いた。
長かった悲惨な生活は、正義の味方をやっていたときと同じように、唐突に終わりを告げる。
政府のお偉いさんとやらがやってきて、深々と頭を下げながら今までのことを謝罪、あたしは解放されたのだ。
以前住んでいたアパートには戻れなかった。契約が切れていたからだ。
その代わり、閑静な住宅街に建つマンションの一室を与えられ、そこで生活することになった。
また、生活に必要な資金も用意してもらえた。
豪勢な生活ができるほど、とまではいかないけど、普通の女性がひとり暮らしする上では、とくに不自由のないくらいの生活保障金を毎月、銀行の口座に振り込んでもらえるようになった。
口止め料というやつだろうか。
大学は中退扱いとなっているようだった。
今さら戻ることもできない。
与えられたマンションの部屋で、ぼーっと過ごす毎日が始まった。
拘束されていたときとは違い、カギは自分で管理している。だから自由に外出することもできた。
部屋に隠しカメラが仕掛けられたりはしていないと思うけど、監視はされているのだろう。
散歩に出たりすると、サングラスをかけた黒いスーツの男性がちらほらと見受けられるのを、あたしは感じていた。
ある日の散歩中、あたしは見知った顔を見つける。
もともとあまり人と交流を持っていなかったあたし。
与えられたマンションは大学からはそれほど遠くなかったけど、以前借りていたアパートからは距離があったし、近くには誰も知っている人はいないだろうと思っていた。
だからこそ、とても驚いたのだけど。
ともかくあたしは、その人に声をかけた。
それは、さくらちゃんのお母さんだった。
そしてあたしは、さくらちゃんが入院していることを知る。
さくらちゃんのお母さんは、やはり政府の者と名乗る人から詳しい話を聞かされ、行方不明になっていたさくらちゃんの入院する病院へと向かったらしい。
さくらちゃんは少々体力が衰え、激しく動き回るのは難しいものの、普通に喋ったり笑ったりもできるし、これといっておかしな部分なんてないように思われた。
ただ、精神的に強いショックを受けてしまったみたいで、たまに思考が空の彼方へ飛ぶかのように、周りのことがなにも目に入らず、なにも聞こえない状態になってしまうという。
そうなったさくらちゃんは、ひたすら歌い続けていた。
きっとあたしと同じように、さくらちゃんも拘束され、「実験」されていたのだろう。
あたしはどうにか自我を失わずに済んだけど、おとなしくて繊細なさくらちゃんには、そんな状況で正常な意識を保つことなんてできなかったのだ。
そのせいで精神的に壊れてしまった。
それを重く見た政府の者だと名乗った彼らは、さくらちゃんを、そしてあたしを解放した。
おそらくは、そういうことだったのだと考えられる。
林檎や海斗くん、大樹くんも、同じように拘束されたに違いない。
だけど、その三人が今どうなっているのか、あたしは知らない。
あたしやさくらちゃんが解放されたのだから、林檎も女性だし、解放された可能性もあるけど、彼女は歌声戦隊セイレンジャーのリーダーとして認識されていた。
林檎が「レッド」だったからだ。
赤はリーダー。それは正義の味方の常識なのだ。
そう考えると、林檎はまだ拘束されている可能性が高いのかもしれない。
それに、女性であるあたしですら、あんなにひどいことをされていたのだ、海斗くんや大樹くんが、はたしてどんな仕打ちを受けているのか……。
考えただけでも、ぞっとした。
――大樹くんの優しい笑顔に、もう一度会いたいな……。
そんな、あたしのほのかな願いが叶えられることのないまま、偽りの平和な時間は、ただただ静かに流れていった。




