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「えっと……あなたはいったい……?」
「うふふ、初めまして。わたくしは御影石ジュラと申します。あなたを助けに来ましたの」
そう言い放った女性は、長いコートを身にまとい、帽子とマフラーで顔を覆っていた。
わずかに目だけは見えていたけど、それが余計に怪しさを際立たせているようにも思える。
顔は見えないけど、長くてボリュームのある栗色の髪の毛が揺らめく様子はとても優雅で、美人そうな雰囲気をかもし出している。
なんとなく、育ちのよさがうかがえる、そんな印象ではあった。
話し方や声質も優しげで、あたしを助けに来たとも言っている。
だからといって、安心できるというものでもない。
見るからに怪しい格好をした女性が目の前に立ちはだかっているのだ。通常ならば恐怖に震え上がる場面だろう。
でも、白亜さんで怪しさに対する免疫ができていたからなのか、あたしは自分でも驚くほど冷静に対応していた。
ある意味これは、白亜さんのおかげと言ってもいいのかもしれない。
「助けに来たって……いったいどういうことですか?」
あたしが今、おかしな出来事を受けて身の危険を感じているというのを、この人は知っているのだろうか?
その辺りを聞き出せたらと考え、試しに質問してみた。
「あなたは今、危険な状態にあります。おそらくそれは、あなた自身も感じているんじゃないかしら?」
答えは素直だった。
素直であるが故に、あたしが知りえない情報を、なにひとつとして与えてはくれなかった。
「……あなたはいったい、何者なんですか?」
作戦変更。質問の矛先を変えてみる。
「それは……今は言えません。ただ、あなたを守る立場にある、とある組織とだけ、申し上げておきます」
少し言葉を詰まらせたものの、ジュラと名乗った女性はそう答えた。
「あなたがこのマンションにいるのは、とても危険なことなんです。わたくしと一緒に来てくださいませんか?」
続けられたその言葉にあたしは、あんたもかい! と思わずツッコミを入れそうになる。
もちろん分別のつく大人だから、実際にそんなツッコミを入れたりはしなかったけど。
「嫌です。素性を明かさない人についていくことなんて、できません。帰ってください」
あたしはきっぱりと、拒否の声を返した。
「そうですか……。でも、そのうちきっと、わたくしたちの力が必要になります。覚えておいてくださいね」
どこかで聞いたような言葉を吐き捨てると、ジュラさんは身をひるがえしてあたしの横を通り過ぎようとする。
と、ジュラさんが羽織っているコートの隙間から、胸の辺りに留められた輝きが目に映った。
あたしはその一瞬の光景を、無視するわけにはいかなかった。
慌てて呼び止める。
「待って!」
「……はい? どうかしましたか?」
ジュラさんは首をかしげ、あたしの瞳を見つめ返す。
すぐ横で振り返ったジュラさんの長い髪が微かな風を起こし、あたしのそばをふわりとかすめゆく。
微かな甘い香りが、鼻孔をくすぐる。
女性であるあたしでさえも、そのいい香りに、思わず頬を染めてしまうくらいだった。
と、そんなことよりも。
「あなた! その胸のバッヂは、なに!?」
「え? ……あっ、これは、その……」
あたしの怒鳴りつけるかのような問いかけに、ジュラさんは微かにめくれていたコートを羽織り直す。
「それって、戦隊もののバッヂですよね?」
「え~っと、これはその……」
明らかな動揺を浮かべるジュラさん。
あたしがさらにたたみかけようとする前に、言い訳がましい言葉を返してきた。
「わ……わたくし、こういう戦隊ものが大好きなんです! ええ、そうですわ、いい歳して恥ずかしいとか、思われているんでしょう? ですが、好きなものは好きなんです。あなたにとやかく言われる筋合いは、ありませんわ!」
開き直って声を荒げるジュラさんではあったものの、その額には玉のような汗がありありと浮かんでいた。
それはどう考えても、戦隊ものが好きだということを知られて恥ずかしがっている、という様子ではないように思えた。
そしてあたしは、その理由になんとなく思い当たるふしがあった。
さっきジュラさんの胸に着けられていたのが見えた、あのバッヂは……。
あたしはジュラさんが手で押さえていたコートをつかむと、バッと一気にめくる。
抵抗しようとはしたものの、あたしのあまりの剣幕に驚いたからなのか、その抵抗は力ないものだった。
コートの中があらわになる。
当然ながら、普通に服は着ていた。
温かそうなタートルネックのセーターは、淡い桃色でとても上品な感じ。
このジュラという人のぱっと見の雰囲気にはよく似合っていると言える。
だけど、セーターの胸の辺りに目を向けてみると、上品なその服装とはおよそ不釣合いな、ちょっと大きめのバッヂが着けられていた。
背面に取りつけられたピンによって留められている、そのバッヂ……。
これは絶対に、大樹くんが大切にしていて肌身離さず着けていたバッヂだ!
あたしはそう確信していた。
そのバッヂは、テレビ放映していた戦隊ものの関連グッズで、市販されている商品ではあった。
それでも、大樹くんのことが気に入っていたあたしは、ずっと見ていたのだ。見間違えるはずがない。
子供の頃から持っていたという大樹くんのバッヂには、汚れやサビがいたるところにあるということにも気づいていた。
その配置までもが、完璧に一緒。
同じバッヂをたまたま持っていただけ、なんて言い訳は通用しない。
確実に大樹くんの持っていたバッヂだと、あたしには証言できる。
あたしは頭に血が上って、どういう言い方をしたかまでは詳しく覚えていないものの、そのことをジュラさんに突きつけた。
ジュラさんは、さすがに怯えたような視線であたしを見つめ返しているようだった。
「そのバッヂ、大樹くんのでしょ!? いったいどういうことなの!? 説明してよ!」
「な……なんのことですか? わたくしには、わかりませんわ」
あたしの剣幕に圧されながらも、ジュラさんはどうにか言葉を返してくる。
ともあれ、その声にはあたしの勢いを止めるような強さはなかった。
完全に力を失ったジュラさんに向けて、
「嘘っ!」
あたしの魂の叫びとも言えるほどの大声が、静かなマンションの通路にこだました。
「くっ……、失礼します……!」
「あ……!」
ジュラさんは、素早く身をひるがえすと、この場から逃げ出した。
あたしは追いかけようか迷ったけど、結局、遠ざかっていく背中を黙って見送ることにした。
とりあえず、部屋に戻ろう。一旦心を落ち着けて、ゆっくり考えてみよう。
ジュラと名乗った女性を追いかけるよりも、それが先決だと、そう結論づけたのだ。
与えられている自分の部屋のカギを開け、素早く身を滑り込ませると、あたしは内側からカギをかけ、チェーンもかけて部屋の中にあるベッドの上に寝っ転がった。
……さっきのあのバッヂは、絶対に大樹くんのものに間違いない。
大樹くんもあたしたちと同じように政府の研究施設から解放されはしたけど、そのあと、あのジュラと名乗った女性の組織に襲われてしまったってこと……!?
襲われてしまった。
その考えが、あたしの思考をさらに進ませる。
もしかしたら、大樹くんはもう……。
あたしは、怖い想像へと陥っていくことに耐えられず、バサリと大きな音を立てて布団を頭からかぶる。
そしてそのまま、なにも考えないようにしながら眠りに就くのだった。




