表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歌声戦隊セイレンジャー  作者: 沙φ亜竜
第1話 歌声は地球を救う
1/36

-1-

「こんにちは。さくらちゃん、具合はどう?」

「あっ、ひまわりちゃん。うん、バッチリ。大丈夫よ」


 あたしの言葉に、さくらちゃんがチャーミングな笑顔を見せてくれる。

 おとなしいさくらちゃんの声は、いつ聞いても消え入りそうなほど小さい。

 だけど、今日の気分はかなりよさそうだ。


 五歳ほどあたしのほうが年上だけど、小さい頃から面倒を見たり一緒に遊んだりしていたから、さくらちゃんの気持ちはよくわかっている。

 さくらちゃんの明るい笑顔を見ていると、あたしの気持ちまでも晴れ渡っていくように思えた。


「今日は元気だね。なにかいいことでもあった?」


 あたしは優しく語りかける。


 さくらちゃんと話すときは、優しいお姉さんでいたい。

 あたしは昔からずっと、そうやってさくらちゃんと接し続けてきた。

 もちろん偽りの自分ではない。自然とそうなれるのだ。


「うふ、今日の占い、最高の運勢だったの!」


 心から嬉しそうに笑うさくらちゃん。朝のニュース番組でやっている占いを見たのだろう。

 病室にずっとこもりっきりのさくらちゃんにとって、テレビは数少ない楽しみのひとつなのだ。


「あら、そうなの~! よかったじゃない!」

「うん!」


 大げさに喜びの声を上げると、さくらちゃんも負けじと歓喜の笑みをこぼす。

 もう二十歳になるというのに年齢よりもずっと幼く見えるのは、ピュアな性格によるものなのかもしれない。


 ガサリ。手もとで紙がこすれて音を立てる。

 あっ、そうだった。お花、飾らないと。


「お花持ってきたから、飾るわね」

「うん、ありがとう~。綺麗なお花~!」


 あたしは一旦病室を出て、花瓶に水を入れると、花束をほどいてその中に挿す。

 そしてさくらちゃんのベッドの横にある棚の上に、黄色い綺麗な花を挿した花瓶をコトリと置いた。

 心を穏やかにさせてくれるような微かな香りが、ふわっと漂う。


「これでよし、っと」


 軽く頷き、あたしは静かにしているさくらちゃんのほうへと視線を向ける。

 眠ってしまったのだろうか。さくらちゃんは目をつぶっていた。


 ――ついさっきまで笑ってたのに、もう夢の世界に行っちゃったのね。


 あたしはくすっと微笑み、窓のそばまで歩み寄ると、カーテンを少し開けて外を眺めた。


 澄み渡る青空。日差しが顔に当たると、その暖かさが感じられる。

 でも、閉めきっているからわからないけど、外の風は涼しい。というより、寒いくらいのはずだ。

 実際あたしはついさっきまで、木枯らし吹く冬空の下、人通りも少ない道を歩いて震えながらこの病院まで来たのだから。


 と、不意に歌声が流れてきた。



『街角に春一番が 吹き過ぎてゆくと

 ふと瞳をふせる 私の淡い恋歌』



 さくらちゃんの、歌声だった。

 あたしは振り向いて彼女のほうを見る。

 微かな声でメロディーを奏でながら、さくらちゃんの長い黒髪が静かに揺れていた。


「さくらちゃん、起きたの?」


 あたしは、返事が期待できないことを感じながらも、話しかけてみた。

 返事は――やっぱり、なかった。

 さくらちゃんは、ただただ歌い続ける。



『ささやかな言葉に 素直な気持ちを込めて

 風に乗せて飛ばした 桜舞う青い空』



 さくらちゃんはいつの間にかベッドに上半身だけ起こし、背中を枕に乗せるようにしながら歌っていた。

 その瞳は、どこを見つめているのかわからないといった様子の、虚ろな曇った瞳だった。


 こうなってしまったら、たとえ耳もとにまで寄って呼びかけたとしても、決して声が届くことはない。

 殻に閉じこもってしまったさくらちゃん。

 その状態を、あたしはこれまでにも何度か目にしていた。



『いつも見つめていたよ すぐそばにいたよ

 だけど話しかけることも できずにうつむいた』



 今さくらちゃんが歌っているのは、昔からよく一緒に歌っていた歌だ。

 さくらちゃんはこの歌が大好きだった。


 他にもたくさんの歌を、あたしたちは一緒に口ずさんでいた。

 楽しかった、あの日々……。

 永遠に続くと信じて疑わなかった。



『さざ波に揺らめく 漂う桜の花びら

 私の想いを乗せて 届けあなたのもとへ』



 それが変わったのは、五年くらい前からだ。

 といっても、そのときの変化は、驚くほど著しいものではあったけど、そう悪い変化というわけではなかった。

 苦しかったり、つらかったりもしたけど、むしろ、充実した日々を送り始めたとも言える、そんな変化だった。


 ただ、悪い変化はさらにそのあと、今から三年前に突然、あたしたちに牙をむいて襲いかかってきた。


 あたし自身は、今でもこうして普通に生活している。

 だから、不幸になったとは思っていない。

 思わないようにしているだけかもしれないけど、少なくとも自分では平穏な日々だと考えている。


 一方、彼女は――さくらちゃんは、違っていた。

 さくらちゃんはあたしほど、強くはなかったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ