黒ミサ 短編4
打ち取った敵の頭蓋骨に金を塗り、酒杯とする行為は各地の征服者の間では一般的な文化活動であったらしく歴史的の文献を見るにそのような記述に当たらないことの方が珍しいくらいのものである。だからといって人を殺してその頭蓋骨をおちょこの代わりにしていいわけではないが、しかしどうして権力者という連中はこうも暴力的嗜好が強いのであろうか。そもそも心性が暴力的でない支配者など存在しないのは前提として明らかであるが、私だったら美少女を集めて酒池肉林の饗宴を行うだけで満足できるだろう。したがって私が権力者として君臨するほうが世界の平和にとって貢献していることになり、すべての権力は私にその全権を委譲すべきだ。
そんなことをホームルームの時間に演舌し始めたバカがいた。私の幼馴染だ。私はいわゆるぴちぴちの女子高生というやつだが、虫も殺せぬお嬢様というわけではないから、そのバカをぶん殴って黙らせるくらいの社会奉仕はすることができた。床に押し付けられたそのバカは唇をメガネが外れたのび太の目状態にしながらこう釈明した。
「だって、だって、喋ってるうちになんかテンションあがっちゃったんだもん!」
足の下で豚がわめいていたが無視した。
私たちは私立白百合学園に通う花の女生徒だ。自分で花の、とか言ってる辺り容姿については百人並みであることを察してほしい。というか自分で自分の事をかわいいというやつがいたら私のところにまで来なさい。
さて、このモノローグであるが、まだ幼馴染を踏みつけたまま行っている。傍から見ると私は同級生を踏みつけながら遠くをみて物思いに浸る危ない人であるが私の足の下にあるのはゴミでしかないので別に問題はない。ぐりぐりとねじってみると「うぎゅっ!」という音声情報が私の脳裏に入力された。
まだ踏みたりないけどホームルームをこれ以上中断するわけにはいかない。私は舌打ちを一つして足をどけた。
「チッ、調子乗んなよ、グズが」
吐き捨てた言葉は教室の温度を二度くらい下げた気がするがそんなことは気にしない。
教師がおずおずとホームルームを再開したのを無視しながら、私は頬杖をついた。昨日鏡で角度を研究したから間違いない、私は今、最高に輝いている。グッと親指を立てたくなる気分だ。
ホームルームが終了し、教師が教室を出ると、私たちは二人きりになった。そうそう、ちゃんと説明していなかったが私たちは教室に二人きりでいる。
訳ありな私と幼馴染の特別教室だ。十分訳ありなのかもしれないが私にとってはこれらは日常であり、あの教師にとっては単なる仕事でしかない。
教師を前にして僅かに緊張していた私の体がすこし自由を得た。
幼馴染である避〈さける〉は、教室の戸がしめられるとすぐにこう言った。
「ねえ、銀短〈ぎんたん〉って中二病だよね。それも重度の」
避を鎮圧しながら私は言い返した。一語ごとに体重を加えながら。
「私の中二病は、あんたから、移ったんでしょ!!」
そうなのだ。……事の発端は入学式。
女子高である白百合学園の入学式には黒塗りのベンツやらロールケーキやらが乗りつけ、奥様方は絢爛豪華な衣服に身を包むなどというみっともないことをせず、シンプルなデザインでありながら気品や迫力すら醸し出す洋服を身につけている。お父様達は会話に教養が要求される階級であることを如実に示す高級スーツ姿だ。学園の門の両脇に植えられた桜並木は穏やかな陽に照らされて私を祝福しているようだ。
そんな、平和であることを義務付けられている日に、異変は起きた。
壇上に登った新入生が、いきなりわけのわからないことを言い出したのだ。それが避のバカであることは言うまでもないが、災難は私にまで及ぶ。
当初は普通の30人学級に配属された私たち二人は、その中で頭角を現すことになるのだ。つまり、避の異常な発言に対する私の過剰な突っ込みが、クラスメイト達を唖然とさせ、教師を驚かせ、PTAに嘆かせる運びとなり、特別学級が編成される。私にとってそれは教室が広くなって快適になる意味しか持たなかったが、両親にとっては一大事だったらしい。そういえば私は白百合に入学するまでは神童と呼ばれ学問に比類なき才能を発揮する完璧美少女だった気がするが、避とあそぶようになってからこの方シャーペンを握ったことすらない。
そして、極めつけは、名前の変更である。
私は自らを銀短〈ぎんたん〉と名付け、彼女は〈避〉となった。元の名前など覚えていない。それは、すでに消滅したのだ。
両親が「亜里抄、帰ってきて!!!」と泣きながら懇願してきたことがあるが何の事だかわからない。
私はもう、こっち側の世界の住人なのだ。
特別学級の扱いは構成人員数2ということから明らかであるが、避が学ぶ権利をあの狂った調子で主張しまくった結果、わたしたちは「普通の生徒」として扱われることになった。登下校の時間もずらす必要がないし、他の教室に入ることもできる。ただ、授業だけは隔離された。教師の講義がどんなものであれ、避が興味を持つトピックを口に出したとたん、避による暴走と私の鎮圧が始まる。授業の流れなんてぶち壊しになるし、口に出してはいけないかもしれない言葉がある時点で、教師はのびのびと授業することができなくなるからだ。
正直、よくもまあ退学処分にならなかったと思う。白百合は対外的にはお嬢様学校で通っているから退学者を出したくないのかもしれない。
まったく、幸運なことだと思う。
私たちは気違い仲間を増やすため、学園で暗躍することにした。
休み時間に普通学級の生徒と接触、狂気を感染させ(中二病に染める)、第二の誕生を経験させる(新たな名前を付けさせる)ことで同類はどんどん増えていった。
特別学級の人数は13を数えるようになり、私たちは【十三日の金曜日】を名乗った。ここから人数を増やすと格好がつかなくなるので新規勧誘はやめざるを得なかった。
さて、そういうわけで13人の魔女による学園統一戦争が始まった。
私たちは征服戦争に意欲的だったが、同時に恐ろしいほど慎重だった。故に毎日作戦会議を開き綿密な作戦を練ることをおこたらず、非常に高度な議論が展開されるため結論が出ないこともしばしばだった。お茶菓子を片手に、もう一方の手には缶ジュースをもって鋭利なる理論展開を行う13名の少女たちの饗宴は、侵略の野望に燃え盛った。背すじをピンと伸ばし、きっと眉を吊り上げた凛々しい顔はとても16歳の少女の面差しには見えなかったが、それもそのはず、彼女たちはそれぞれが13のうちの1である魔女なのだ。
その日、議題に挙がったのが使い魔に関する議論だった。学園統一という最終目標は明確だったが、まずは足元から固める必要があった。「あ、ジュースのおまけにマスコットついてるー」「ホントだー、にんじんちゃんだって」「私のキャロットちゃんだー」「白人参さんって奴がでたよ!」寡黙なる使い魔を手中に収めた彼女たちは魔女カバンにそれらを縛り付けた。私は朝鮮ニンジンちゃんだった。13人の選ばれし魔女たちは己の知恵を最大限に絞り古の文献を調べる努力を怠らず、魔道図書館に入り浸ることもしばしばだった。「この問題分かる人~」「それ今日の授業でやったよー」「答えは2だ!」「嘘教えちゃだめ!」私の成績もかなり回復した。
そして黒ミサの日がやってきた。
黒ミサには夜が必要だ。夜、それはよからぬ者が蠢く時間。魔女が外を歩く時間。「うう、夜の学校ってこわいよぅ」「こわくないっ」「足がふるえてるよー」「いいのかなー、これって不法侵入ってやつじゃないの?」「そんなことないっ」
ぷはー。もうね、飲んじゃったからいうけどね、黒ミサとかかんけーないから!ただの宴会だから!ただ普通の宴会と違うのは夜の学校に忍び込んじゃってるところだけだから!あはは!お酒おいしー!
私が理性を取り戻すと夜の教室に広がっていたのは屍の山だった。黒ミサは失敗し、魔女たちは召喚した悪魔に殺されてしまったようだ。「酒は飲んでも」「呑まれるな」「頭痛い」「水を一杯」
唯一生き残った私は仲間の人数を数えた。12人が銘々の黒衣に身を包んで床や机に思い思いの格好で居る。13人の魔女は、どうやら1人欠けたようだった。しかしよく考えると自分を数えるのを忘れただけのようで、教室には全員がそろっているらしかった。
凄惨なる逆流の泉がそこかしこに点在し、教室内はさながら地獄の様相を呈している。私はそんな中にあって一人、悪魔と対峙している。この強大なる悪魔に立ち向かえるのはもう私だけ。 私がやらなくてはみんな悪魔に喰い殺され死んでしまう。私は一縷の希望を込めて呼びかけた。みんな、力を貸して!そして奇跡が起き13の魔女たちは団結して悪魔を封印した。
ルビで遊びました