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【野暮令嬢】と侮った皆様、覚悟はよろしいかしら?  作者: お伝


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【野暮令嬢】脱皮する

開け放った窓から初夏の爽やかな風と共に、馬車が数台到着した音が聞こえて来た。

座っていた机から立ち上がり、窓から下を覗くと、使用人たちが沢山の荷物を運び出している姿が見える。


修道院に迎えに来てくれた馬車の御者たちは二人とも気の良い人物だった。トムとヤンと名乗った二人は、愛想よく祝いの言葉を述べ、古びた櫃を疎んだりせずに丁寧に馬車に運び入れてくれた。


今日から二か月間、領地にある別荘でハネムーンの予定なんですよと言い、別荘のある場所は国内有数の景勝地で、海を一望できる素晴らしい場所なんだと、身振り手振りで説明してくれた。侯爵邸までの道すがら、笑顔の無い私の気を引き立てるように話してくれていたのだ。


しかし、私の荷物はここに置かれたまま運び出される気配はない。

どういうことかは推して測るべし。


『思った以上のハズレだったわ。遠慮しなくてよさそうね』



まあ、そんなことより、もう用はないのでさっさと出て行ってもらおう。


窓から見える旅行の準備と、自分の櫃を往復した私の視線に気付いたヘンリクが、目を泳がせてオロオロし始めたので、私は彼の真正面に移動してお手本のように優雅なカーテシーを執った。


「それでは、ヴィッセル侯爵閣下、ごきげんよう。良いハネムーンを」


 深く膝を折り頭を下げたまま微動だにしない私を、ヘンリクは言葉も掛けられずにただ呆然と見つめていた。

私の意図を酌んだ優秀な侍従に声を掛けられ、はっとした様子で何か言おうとしたらしいが、言葉にならなかったようだ。手のひらを握ったり開いたりしてしばらく逡巡した末に扉に向かった。

部屋を出る時もこちらを振り返って口を開いた様だが、完璧なカーテシーの姿勢を保ったまま小揺るぎすらしない私の姿に、結局は声を掛けられず、ようやく諦めて部屋の外へ出て行った。




姿勢を保ったまま部屋の扉が閉められた音を聞いて、ゆっくりと立ち上がった私は、ベールを取り、眼鏡を外して髪を解いた。


大きな黒ぶち眼鏡のぶ厚いレンズに隠されていた、ぱっちりと大きなターコイズブルーの瞳は宝石の様に輝き、暗い色の髪粉を乗せてひっつめていたハニーブロンドの豊かな髪は波を打って背中に流れ落ちた。髪に斑に残る髪粉と、肌に濃く乗せた化粧を一刻も早く取ってしまいたい。


部屋に控えていた使用人たちが驚きのあまり言葉もなく見守る中、私は櫃を開けて中から小箱を取り出した。この中には、マローネ商会長が結婚祝いとして各国から取り寄せてくれた、最高級の美容用品と化粧品が詰まっている。その中身を確認すると、側に控えていた侍女に手渡して言った。


「湯あみの準備と、軽食の用意をお願い出来るかしら? 朝から何も頂いていなくて、お腹がすいてしまったの」


 首をかしげ、にこりと微笑めば、目を丸くして私を見つめていた使用人たちが一斉に礼を執り、動き始めた。

 湯あみの準備が整うまで、侍女が淹れてくれた香り高く温かいお茶と、料理長が大急ぎで用意してくれた、おいしいサンドイッチと焼き菓子を堪能しながら、侍女やメイドたちと言葉を交わして全員の名前と顔を覚えていく。


筆頭侍女のクロエは、若いけれど目端と機転の利く優秀な人材のようだ。実家が美容品と服飾を扱う商会らしく目も肥えており、渡した美容品や化粧品を一つ一つ取り出しては、目を輝かせて他の侍女たちに説明していた。


お湯の準備が整ったと声を掛けられ、案内された湯殿は広々としており、マッサージ台の準備も万端で、それぞれの場所にメイドたちが待機していた。私はゆっくり湯につかって厚い化粧を落として髪を洗ってもらい、バラの香油で念入りに施されたマッサージのお陰で、仕上がりの肌も髪も、それはもうぴかぴかつやつやだ。

しかも、部屋に戻るとリラックス効果のある甘すぎない薫りの香が焚かれていて、もう至れり尽くせりだ。


湯上りの冷たい飲み物まで用意されており、感激しながら頂いていると、執事長からヘンリクが領地に向けて出発したと聞かされた。帰りは予定通り二ヶ月後との事。

でも、もう私には関係のないことだ。


「そう、分かったわ。ありがとう」


報告にそう返事を返し、今日一日緊張の連続だった私は、少し早めに休ませてもらうことにした。

【野暮令嬢】から無事に脱皮を完了した私は、やっと本来の自分として過ごせるのだ。

明日からの生活に想いを馳せ、わくわくしながらふかふかの寝台に身を沈めた。




◆◆◆

ヴィッセル侯爵家の使用人たちは、ベールを取ったヴィクトリアが眼鏡を外し、髪を解いた姿を目にした時も驚いたが、湯あみから戻って身なりを整えた姿には皆が目を瞠り、驚愕した。


健康的な艶のある肌に、波打つ豊かなハニーブロンド、髪と同じ色の長いまつ毛に縁どられたターコイズブルーの瞳は生き生きと宝石の様に輝いている。

その美しい容姿だけではなく、立ち居振る舞いから、使用人への対応まで、ヴィクトリアは仕えるに値する完璧な貴婦人だ。それが使用人たち一同の感想だった。


しかし主人はこの方を妻として扱わないなどと言い放ち、白い結婚の契約を交わしてしまったのだ。しかも口では侯爵夫人としての最低限の生活を保障すると言いながら、結局は手狭な客間に押し込めたままだ。


客間に入ってからの一連のやり取りの後、眼鏡を外して髪を解いたヴィクトリアの姿を見た執事長は、急いで主人を追いかけ、もう一度部屋に戻るよう何度も説得したのだ。しかしヘンリクは聞く耳を持たず、新妻を邸に残したまま不貞旅行に出かけてしまった。


もう取り返しは着かない。そう悟った皆は一様に肩を落としたのだった。


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