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【完結】【野暮令嬢】と侮った皆様、覚悟はよろしいかしら?  作者: お伝
第二章

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物語の開始

ヴィッセル侯爵邸でのサロンの後、ハンナに案内されて応接室に入ると、出迎えたヘンリクの方から切り出された。


「私も新学期から貴族学園の数学教師になる事が決まったんだ。同僚としてよろしく頼むよ」


私はそう言ったヘンリクに笑顔で応じた。


「まあ、そうでしたのね。こちらこそよろしくお願いします」


二人に促され、お茶の用意されたソファーに座ると、私はヘンリクに思案顔で質問した。


「それにしても急なお話でしたのね。どういった経緯でお引き受けになりましたの?」


「元々は、私の二年先輩にあたる伯爵家の方が就任することになっていたんだが、王族の教育係として声が掛かったのでそちらに行く事になったんだ。そこで私の恩師が就任したところ、その方が体調を崩されて、急遽私に声が掛かったという経緯なんだ」


物語では、婚約者の居る若い数学教師がヒロインである男爵令嬢に篭絡され、すっかり骨抜きにされてしまう。そればかりか、彼はヒロインの自作自演の冤罪を信じて婚約者を断罪し、婚約破棄を突きつけるのだ。しかし、ヒロインが彼を選ぶことはなく、気づいた時には何もかも失うという悲惨な筋書きだった。

息子のエリアス王子から、キャロライン殿下の心配の種である物語を聞いた摂政のアルブレヒト殿下が、物語の流れを変えようと動いていたのだ。

それだけではなく、前途のある若者の未来を救う気持ちもあったのだと思う。物語の彼は、自業自得ではあるものの、かなり惨めな結末を迎える。

その可能性を事前に潰しておけば、彼の人生はきっと助かる。


「ハンナから物語の事を聞いていたからね。私なら既婚者だし、物語の人物像には当てはまらないと思って受けたんだ」


そう言って、ゆったりと足を組み、優雅な様子でお茶を飲んでいる。


『アナタにはいろいろと前科がありますが?』


魂の声でつっこみつつ、ハンナを見ると、ヘンリクの膝に手をそっと置いて可憐な笑顔でヘンリクを見上げている。それに応え、ヘンリクは膝の上のハンナの手に自分の手を重ねて微笑みかけている。

女心の講義が足りなかったかしら? ちょっと釘を刺しておこうかしらね。


「待望のお子ももうすぐお生まれになりますし、お二人とも仲睦まじくていらして安心しましたわ。ところで、以前サインした婚姻届けを覚えていらっしゃるかしら? あの婚姻届けは、ウェーバー公爵家の伝統手法で私が特別に作成したものなのです。最後の古代呪文以外に、以前私と交わした契約書と同じく、婚姻の誓いを違えた時には呪いが発動するのですが、この様子でしたら何の心配もございませんわね」


そう言って微笑みを浮かべてカップを持ち上げ、お茶の香りを楽しむように音もなく喫した。笑顔のまま固まって私を見ているヘンリクを見つめていたハンナが、私に問いかけるような視線を向けた。


「ハンナ様は、私とヴィッセル侯爵閣下が結婚式の日に白い結婚の契約を交わした事はご存知でしょう? その契約書には契約を違えた場合の呪いが掛けられていたのです。【契約を違えようと行動を起こしたと同時に、もげて、落ちる】というものです。今回も同じですね」


ヘンリクの下腹部にしっかりを視線を落とした私に、ハンナは口元に手を当てて「まあ!」と声を上げると、ヘンリクに甘えるように体を寄せ、蕩けそうな笑顔を向けた。


「でもそんな事、私たちには何の問題もありませんわ。ねえ、ヘンリク」


ハンナのその言葉に、ハッとしたように顔を向けたヘンリクは、ハンナのお腹に優しく手を当てて笑顔できっぱりと言い切った。


「もちろんだ! こんなに愛しい妻と、その妻が命がけで産んでくれる我が子を裏切るなど、私には考えられない」


その言葉に「嬉しいわ!」と言いながら、ハンナは潤んだ大きな瞳で感激したようにヘンリクを見つめている。


流石【恋のカリスマ】。【常春の君】のあしらいは任せておいて、私は学園で彼に不穏な振る舞いがあったら近くで囁く事にしよう。


『もげますよ』


きっと一言で効果は大きい。

不謹慎だが、言ってみたくてちょっとうずうずしてきた。

それにしても、やはり世の中には知らない方が幸せな事は沢山あるのだ。



そんな和やかなお茶会の中、エリアス王子とキャロライン殿下の来訪の先触れが齎された。

今日は特別講義の最終日なのだ。

ハンナはいつ出産が始まってもおかしくない時期だし、私も研究棟に与えられた部屋の改装が終り、研究室としての設えを始めなくてはならず、お二人は入学前の準備で忙しくなる。ヘンリクの数学教師就任も伝え、物語に描かれている、ヒロインとエリアス王子の出会いや交流を回避するべく、今までの作戦を再確認した。


もう一つ警戒すべきは、婚約者候補に名乗りを挙げた、ドラーク侯爵家のレオノーラ嬢がどの様な動きをするかということだ。同じクラスになるであろう三人の動向は、生徒を通して各家に伝えられる。常に気を抜けない状況を強いられる二人にとって、三年間の試練は長い。


『何とか乗り越えて結ばれて欲しいわね』


今日も仲睦まじい二人を見ながら漏れた心の声に、ダニエルが優しい顔で頷いていた。



そして貴族学園入学式の前日、ハンナが無事に出産を終えたと連絡があった。

母子ともに健康だと聞いてほっと胸をなでおろし、連絡をもたらした使者にお祝いの手紙を託した。

使者から渡されたカードには、大急ぎで書いたのであろう、嬉しさに溢れる【常春の君】らしい文言が躍るように並んでいた。


「私にそっくりの男の子が生まれたんだ! これからたくさん肖像画を描かせて贈るよ!」


子供の誕生はとても喜ばしい。しかし……。


『肖像画、どうやって断ろうかしら』





◆◆◆

そして迎えた入学式。

春の心地よい日差しの中、式はつつがなく終わった。


物語でヒロインと王太子の最初の出会いである学園の正門は避け、一度私の研究室に入ってから式場に向かったので、第一関門の(1.運命の出会い)は避けられた。


入学式では、案内された壇上の教師席で、ヘンリクがしれっと隣に座ろうとしたので、念願だった「もげますよ」と囁いてみた。

すると、一瞬顔色を悪くしたヘンリクは、しょんぼりした様子で、助手として私の隣に座っているダニエルの隣へ移動した。


『効果覿面だわ!』


私の魂の歓喜の声に、ちらりと私に視線を向けて口元緩めたダニエルが、ヘンリクに子の誕生の祝いの言葉をかけている。その言葉で元気を取り戻したようだ。

ナイスフォローだわ。



そんなやり取りの中、私は式場の最前列に座っているエリアス王子とその両隣りに座るキャロライン殿下とレオノーラに目を向けた。


今の所、レオノーラは表立った動きをしていないが、この物語に本来存在しない私たちの登場で、どの様に筋書きが変わっていくだろうか。


式の最中、ずっとそんな事を考えながら三人を見つめていた。



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