8 抱える孤独は甘えの味
翌朝。
学校へ行くバスに鶴瀬さんを見かけた。
でも、少しだけ鶴瀬さんの様子を見て、なんだか違和感を覚える。
眠そうに目を擦りながら、教科書を持ってはいるものの、首がゆっくりと前に倒れては起きてを繰り返している。
寝不足だろうか。
その理由は、学校に行ってから明らかになった。
「もう探すのやめたら?」
下駄箱で履き替えていると、そんな声が聞こえた。
廊下の先で姫橋さんが鶴瀬さんに話しかけているようだった。
「……できないよ。大切なものなんだ」
「でも、寝てないでしょう?」
「そんなこと……ないよ」
鶴瀬さんはどこかうわの空で返事をする。
多分、頭がよく回っていないんじゃないかと思う。
鶴瀬さんは俺と違って部活とか交友関係とか色々あるし、探すとしたら睡眠時間を削っているのかもしれない。
俺は急いで教室へ行き、征にコンタクトを取る。
「なあ征、あとどこか行ってない場所あったっけ」
しかし征は俯きがちにこう言った。
「ない。あらかた調べ尽くした。あとは、俺たちの知らない鶴瀬さんの通学路か、海に流出してるとか。そんな可能性しかない」
「そんな……本当に?」
「誰かに拾われた可能性もあるな。うちの生徒なら、何か知ってるかもしれない。明理にも話、してみるか」
明理。俺と征のもう一人の共通の知り合いだ。どっちかというと征の方が仲が良くて、征がまともに話せる数少ない女子でもある。
「聞き込みは俺よりお前の方が人脈広いからな、頼んでもいいか?」
「しょうがねえなあ。俺も暇じゃないけど、お前の頼みってんなら受けてやるよ」
★ ★ ★
夕方。
俺は高速の高架下を歩いていた。
相変わらず探し続けていたが、収穫はないままだ。
征は今日は妹の付き添いか何かで来れないらしいので、一人で探していた。
今日はそれらしい収穫もない。何もできない自分が情けなくなってくる。
捜索中に携帯の振動を感じて、俺はポケットからそれを取り出した。
着信は非通知かと思いきや、思いっきり電話番号が書いてあった。
なんだろう。インターネットの勧誘とか?
俺はもしそうだったら即切断するつもりで電話に出た。
「あ、あのさ」
電話の向こうにいたのは、俺にとっては意外な人物だった。
「……クルミ?」
一瞬、声が変わっていてわからなかった。
「あ、うん、そう、だよ」
どうやって俺の電話番号を?
正直、あまり会話したい相手じゃない。
でも、向こうだってそうのはずだ。
どうして今連絡してくるのだろう。
「あのさ、征から聞いたんだけど、探し物してるって」
あいつ……女子と一人で話せたのかよ。
「銀色の写真入れって、聞いたんだけど」
銀色……やっぱり、間違いなく鶴瀬さんのやつのことだ。
「何か知ってるのか?」
「私見たかも知れない」
……本当に?
「どこで見たんだ?」
「……あのさ、今から言う場所に来れる?」
俺はその場所に向かう。
そこはちょっとした繁華街だった。
駅前の広場でクルミが数人の女の子と一緒に話していた。
あ、あの中に声をかけるのか。
中学の時の苦いトラウマが蘇る。
確か、俺をいじめてたやつもこんな感じだった。
そう思いながらも、俺はずっと寝れていない鶴瀬さんを思って話しかける。
「クルミ」
集団の中でも金髪のクルミはよく目立っていた。
「あ、け、今朝川っ」
クルミは俺に向かって手を振る。
「なになに、クルミの彼氏ぃ?」
クルミのそばにいたネイルの尖ったくせ毛の女子が愉快そうに口を挟む。
「ちげえよ。あんまり迷惑かけんな」
クルミはどこか怒ったような調子でそれを止めた。
「それで、ペンダントは?」
俺は急いで本題を切り出す。
「昨日なんだけどさ。放課後に駅前の本屋行ったんだよ。そしたら、挙動不審なやつがいて、なんか握りしめてるなあと思ってたんだけど……いや、記憶違いかも知れなくて、そんな」
「なんでもいいんだ。教えてくれ。で、誰かってのはわからないのか?」
「たぶん、うちの学校の人。制服だったし……でも、顔はよく見えなかった」
「それ、どんな感じの人だった?」
「えっと……細くて背が高くて、眼鏡。あと、なんか独り言言ってた」
「独り言?」
「『これは我が発見せし秘宝なり』とか……」
……うん?
俺の脳裏にある知り合いの顔が浮かぶ。
いやいや、まさかそんな。
だってそんな。
まさか学校に三人しかいない知り合いの、征と明理を除いた残り一人のことなんて。
「まだ本屋は空いてると思うけど、今日もいるかはわかんな」
「案内してくれ、今すぐに」
書店、痛いやつ、同じ高校。
奇妙なくらいに一致する符号に、俺は頭を抱えたくなった。
「えっ!?今からって、ちょっと、わかったから引っ張んないで!」
そうして、俺はクルミの案内のもと、件の書店へと走った。
その書店は、主に中古の本を扱っている大規模店舗だった。
「ここ……あの人、だと思う」
クルミが指差す先に、しかしてその人物はいた。
う、うわぁ。マジかよ……。俺は思わず額を押さえた。
そこにいたのは、俺の最後の知り合いで痛い天才、文芸部の上嶋だった。
上嶋とは一年の頃余りものとして体育でペアを組んでいた仲だ。それなりによく話した。
細身で高身長、眼鏡。日本史が好きで、意外と成績はいい。はっきり言うと俺よりはるか上。
っていうか、そうじゃない。
「よぉ、上嶋」
「これはこれは今朝川氏。そちらの女性はどなたですかな?」
上嶋は読んでるラノベからこちらに横目で視線を移しながら言った。
「腐れ縁みたいな何か」
「アンタねぇ……」
なぜかまんざらでもなさそうなクルミを一旦置いておいて、核心に切り込む。
「なあ、最近なんか拾わなかったか?例えば、四角い銀色の……」
俺がそこまで言ったところで、上嶋は喜び勇んで俺の話を遮ってきた。
「やはり感じるのですな。これも〈ファタルの導き〉と言ったところか」
クルミがぽかんとしている横で、何か達観した様子の上嶋は胸ポケットから銀色の写真入れを取り出した。見たことがある。まぎれもない、鶴瀬さんのものだ。
「ちょっと!それ!」
「ふふふ、見るがよい。この造形、この鈍くも麗しい輝き。まさに小生の探し求めし“カオスの欠片”である!」
はっきり言って厨二病なのだ。彼は。
しかし、言ってやらなければならない。
「それは俺の……知り合いのだから、返してくれないか」
俺は手を伸ばすが、上嶋はなぜかそれを避ける。
「むっ! ぬぅ……しかし、小生が拾った! 拾得物には発見者の権利があるのだ!」
「でもそれ、落とした持ち主がずっと探してるから、返してくれよ」
しかし、相当気に入ったようでなかなか譲る気配を見せなかった。
「しかし、いくら今朝川氏と言えども、この秘宝をタダでくれてやるわけにはいかん、交換条件だ」
どうしてそうなる?とは思ったものの、ことが収まるなら条件次第ではのむこともやぶさかではない。
「いちおう聞くけど、どんな条件なんだ?」
「ふふふ、聞いて驚け。小生の求める代償は――」
上嶋は胸ポケットからペンを取り出し、くるりと回した。
そして紙も取り出して、空中で何かを書き始める。
どうなってんだよそれ。物理法則に反してるだろ。
「次回、文芸部の部誌に! 今朝川氏の恋愛小説を寄稿してもらう!」
「……は?」
思わず間抜けな声が出た。
「お前、何言って……」
「なに、簡単なこと。かねてより小生は、青春の生臭き葛藤と恋の軋轢を筆に乗せたいと思っていた。しかし小生には――実体験が、ない!」
胸を張るな。
「そういうわけで! この“カオスの欠片”と引き換えに、君の超絶リアルな青春を、原稿用紙十枚分で提供してもらおうではないか!」
「断る!」
「ならば渡さん!」
まるで子供の喧嘩だった。
隙を見て写真入れをぶんどろうとしたが、上嶋は無駄な運動神経を発揮し、手は虚しく空を切る。その銀の光に、鶴瀬さんの寝不足の顔が脳裏をよぎった。
――仕方ない。
「……わかった。書く。書くから、それ返してくれ」
「本当かね!? いやはや、文明の灯はこうして紡がれるのだ!では、誓約書にサインしたまえ」
上嶋が嬉々として写真入れを差し出す。その瞬間、胸の奥で何かがほどけるような気がした。
「ありがとな」
俺はそれを慎重に手に取った。きっと、鶴瀬さんにとって特別なものなんだろう。
「……ほんとに、それでいいの?」
隣のクルミが呆れたように言う。
「まさか、恋愛小説なんて書けんの?」
「書けるわけないだろ」
「じゃあ、どうすんの」
「……誰かに、参考にさせてもらうしかないな」
そう言って、俺はクルミを見た。
「はぁ!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ、それどういう意味!?」
「恋愛小説だろ? 協力してくれよ。お前ほどの世渡り上手なら、一つや二つあるだろ」
「ふ、ふざけんな! なんで私が……!」
言いながら、クルミは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。その横顔を見て、なぜか少し笑いそうになる。
「……まあ、困ったら、ね。少しだけなら」
彼女が小さくつぶやいたのを、俺は聞き逃さなかった。
変だな。ただの冗談のつもりだったのに。
外に出ると、風が少し冷たくなっていた。ペンダントを握りしめる。はやく渡さなければ。
多分、今夜も探しているだろうから。




