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321で運命を!  作者: 嶬園明理
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7 君までの距離

眩しい朝の日差しが歩道を照らしていた。

何も変わらないいつも通りの朝。

俺はいつも通り学校へ向かうバスに乗り。

いつも通りの、後ろの方の空いた席の窓側に詰めた。


国語の教科書のページを開いて、活用を覚える。

今日は終業式。これからは短い春休みだ。


でも、学校で春期講習をやるらしいから、俺はそれに参加することになるだろう。

なぜってそれは、そこに鶴瀬さんがいるかもしれないから。

まあ、いたとしても多分成績悪い俺と鶴瀬さんでは別のクラスに振り分けられそうだが。


別にそれでもいいんだ。

俺はいまだに未練がましく鶴瀬さんを目で追ってしまう。心の病気だ。

バスの先頭の方で立ち尽くす鶴瀬さんへ目をやる。


鶴瀬さんは相変わらず真剣な表情で、何かの教科書のようなものを持って勉強していた。

カバンが揺れる。かわいいキャラクターのキーホルダーが、今日もひとりで笑顔のまま寂しそうに揺れていた。


いつも同じバス。ただそれだけの関係だ。


「次は、新片山、新片山」


俺は止まりますのボタンを押す。

降りなきゃ。

バスが止まると、少し歩く。

大きな幹線道路から脇道の道路に入ると、商店街へ出る。

それを抜けたらすぐに学校だ。

目の前を行く鶴瀬さんを見て、思う。


少しでも話しかけられたら。

ダメだな。そんなことしたら、しつこいって嫌われるに決まってる。


俺は手元の単語帳へ目を落とした。

しょうもないなあ、俺は。

でも、そんなことを考えつつも、少しだけ嬉しかった。

鶴瀬さんがすぐそばにいる。ただそれだけなのに、なんだか、学校へ行くだけの道が鮮やかに色づいて見えた。



★ ★ ★

放課後。ホームルームが終わった俺はさっさと荷支度をして、征に会いに行こうと隣のクラスへ向かおうとしていた。

その途中で。


「……ない、ない、なんで」


鶴瀬さんの悲痛そうな声が聞こえて、立ち止まる。


「どうしたんですか、ズイちゃん」


穏やかそうな女子の声。確か、鶴瀬さんとよく一緒に遊んでいる姫橋さんだ。


「ペンダントにつけてた写真入れがないの。ほら、チェーンのここ、壊れちゃってるでしょ。多分、どこかで落としちゃった……のかも」


鶴瀬さんのペンダント。そういやいつも身につけている。

小さな四角いフレームつきのものだなとは知っていたけど、あれは写真入れだったんだな。


「あらあら。一緒に探しましょうか」


その後も鶴瀬さんと姫橋さんはしばらく探していたようだけど、結局、写真入れは見つからなかった。

俺もそれとなく自分の席のあたりを見回ってみたが、やはり何も見つからなかった。

探している最中、鶴瀬さんが俺に声をかけてくる。


「ごめん、今朝川くん、小さい銀色の四角いもの見てない?」


よほど焦っているようで、声が少しだけ上擦っている気がする。

必死なのが顔に出ていて、かわいそうで心がきゅっとなる。


「さあ、見てない」

「そうだよね。ありがと」


俺は支度をして屋上へと向かう。


「おい、征」

「なんだ?俺は今OnCodingの演習で忙しいんだが」


俺は先ほど見聞きした顛末を征に伝える。


「なるほど、それで、いいカッコしようって思ってんだな?」


はは、否定できねぇ。


「でも、力になりたいじゃん」

「じゃあ、探しに行くか?いいぜ、面白そうだし」


征……!お前ってやつはいざという時に頼りになる奴だぜ!


「ちょうどストレス溜めてたとこだしな、いっちょ、やってやるよ!女の子の落とし物なんてベタな展開、32回は経験してるしな!」


征は言わなければいいのに、データでかたどられた空想の次元の話を引き合いに出す。

「で、どっから探す?」

「まずは教室の前から、俺の通学路かな」

「つまり全部かよ。律儀っつうか、バカ正直っつうか。まあでもそれしかねえか」


教室の前まで歩いて行くと、鶴瀬さんはもういなかった。

部活にでも行ったのかもしれない。カバンは机の上のままだ。


「教室の中はなさそうだぞ」


次に廊下を、次に下駄箱を探す。

かなりの間探していたが、砂利とホコリとお菓子の被包みたいな銀紙くらいしか見つからなかった。


「腰が痛えな。変な体勢ばっか取ってるせいで」


二人で昇降口を出る。

校門を抜けた先には、オレンジ色の光が斜めに射していた。

春の夕暮れは、なんだか時間が止まって見える。

行き交う学生たちは、俺たちのことを奇異の目で見ていた。

はは、笑ってくれ。

まずは校舎の周り。花壇の近く、体育倉庫の裏。

征が棒で地面を突きながら、


「これ、探偵みたいだな」


とか言う。


「探偵がこんなことするか知らないけど」


俺は黙って屈み込み、砂を払っては何度も顔をしかめた。

土と落ち葉と、チョークの欠片。ペンダントの銀色もない。

だんだん暗くなって行くなか、俺たちは商店街の方へ歩いて行く。

沈みかけの太陽の光が鋭く地面を照らす。

商店街に出ると、街灯がぽつりぽつりと灯り始めていた。

ひとつひとつ確認していく。通りを歩く人たちはみんな帰路を急いでいる。


「……本当に、ここ通ってたのか?」「多分……あ、ここ。さっき朝通ったとき、鶴瀬さん、ここで鞄直してた気がする」


街路樹の根元に、小さな光がかすかに反射していた。でも近づくと、それはただのガラスの欠片だった。


「……違うか」「もう少し先行こうぜ」


二人でまた歩く。やがて、バス停の前で征が立ち止まった。


「ここでおしまいだろ。残念だったな」


肩を落とす。そりゃ、あるわけないか。

日が暮れ、どうしようもなくなり、その日は帰った。



★ ★ ★

春期講習期間。

クラス合同、席は自由だったから、俺と征は机を並べていた。


「なあ、ベクトルマジで分かんねえんだけど。なんでこれとこれかけたらこうなんの?」

「ああ、まず平面は理解してるか?」


征はどの教科も不得意な俺と違って、数学という明確な強みがある。

征に教わると明確に解ける問題が増えていく。少し楽しい。

鶴瀬さんとはあまり顔を合わせることはなくなってしまったが、これでいいのだろう。

ただ、ペンダントだけはずっと探しているみたいだった。

俺たちは通学路からバス、駅前、隣町までのあらゆる場所を探したが、結局どの日も見つかることはなかった。


「なあ、今度、海辺の方にも行ってみないか。川から流れてる可能性もあるし」


大阪の海は悲しい色やね。

まあここは大阪じゃないんだけど。


「そうだな、一度見に行ってみるか」




放課後。

俺たちは海岸へ来ていた。

湾岸沿いのイオンで少し休憩しながら、入り組んだ運河を歩く。

春の陽気が心地いい。


「お前、鶴瀬さんのことになると、すごいよな」

「やっぱり、まずいかな」


人の無くしものを探している時点で少しやり過ぎな気はするが。

征は少し考えてから言った。


「まあ、今のところは大丈夫じゃね?あの人なら」


俺より征の方が判断できるのは謎だが、昔から征の直感はよく当たる。


「そっか」


それだけでもどこか救われたような気持ちになる。

学校の側から流れて来ている川が注いでいるここは、少しだけ探す価値があるかもしれない。

手分けして川沿いと下流を隅々まで調べていく。

目を通せる限りで見渡したが、およそきれいとは言えない水に阻まれてよく見えない。

川面を見つめながら、征は靴のつま先で小石を蹴った。パシャン、と濁った水面がわずかに揺れる。春とはいえ風は冷たく、袖口に入り込むたびに体温を奪っていく。


「これ、やっぱ無理じゃね? 流されたとしても、もうどこかの網に引っかかってるだろ」

征がため息をついた。

「……そうかもな」

俺は川に目を凝らす。濁流の中で、銀色のなにかが反射したような気がした。

気のせいかもしれない。

でも、俺にはどうしてもその希望を捨てることができない。


「征、ちょっと俺、寒中水泳の気分かも」


俺は靴と靴下を脱ぐ。

何かを察した征が俺を止める。


「おい危ねえって!」

征の声がしたが、もう体が勝手に動いていた。

柵を越えて水中へと飛び込む。膝まで水に浸かって、冷たさに息を呑んだ。

「バカ! 何やってんだよ!」

征が慌てて手を伸ばす。俺は腕を突っ込み、泥まみれになりながらも、指先で硬い何かに触れた。

それは……残念ながら願っていたものではなく、銀色の古びたジッポライターだった。


「……骨折り損だな」

「まあ、そりゃそうか」

「お前、そのズボン、冷えるだろ」

「ああ、めっちゃ寒い」

「しょうがねえヤツだな。膝までの高さでも勢いによっては溺れるんだからな」


そう言いながら、征はハンカチで濡れた足下を拭ってくれる。


「今日はもう終わりにするか。流石にこれじゃ風邪引くだろ」

「頼むよ征、もうちょっとだけ」

「もうちょっとってお前な」

「いいだろ頼むよ。どうせ川の周りを見て行くんだから、濡れるのは一日にまとめたほうが」

「まだ飛び込む気でいたのか」


呆れた顔の征。

「別に、拾ったら好きになってもらえるわけでもないのにな」「分かってるよ。でも――」

俺は濡れた手を見つめながら言った。

「それでも、見つけたいんだ」


征はしばらく黙っていたけど、やがてふっと息を吐いた。

「ま、そういうとこ、お前らしいよ」

「褒めてる?」

「半分な」

「残り半分は?」

「バカって意味」

「はいはい。そういうのいいから」


最後には折れて、学校のすぐそばまでは行くことになった。

だが結局この日も、あと何度か飛び込んだが、誰かが捨てたゴミと空き缶しか見つけられなかった。

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