5 赤いカブトに
2月が終わり、3月に入った。
しかしながら、今までと特に変わることもなく、俺たちの日常は流れていっている。
ある日の昼休み。
俺はいつも通り、征と一緒に昼食を取っていた。
俺は学校の近くの弁当屋さんの高菜明太弁当で、征は学校の近くのコンビニのサンドイッチだった。カツサンドだ。
「なあ征。鶴瀬さん、どこの学校に進学すると思う?」
「俺が知ると思うか?」
「進路の紙あるだろ。あれ、全部、鶴瀬さんと同じって書いたらダメかな」
「お前ってたまにIQ5くらいになるよな。ダメに決まってんだろ」
「……鶴瀬さんの家、多分金持ちだよな」
「一度両親に会ったことはあるんだけど、間違いなく金持ちだな。だけど、モンスターペアレンツって感じだったぞ」
両親とも化け物ってこと?
「え?どんな感じだったの?」
「なんだか頭が固くて厳しそうな親父さんと、教育熱心そうなお母さんだった」
なんだよそれ。ちょっと鶴瀬さんのあの性格に闇を感じてしまうだろ。
ていうかその親にしてあの娘が生まれるのは奇跡なのでは。
「まあ、一人娘だろうしな。お前も相応の覚悟しといたほうがいいかもな。まあ、コイントスの結果が言うにはどうあがいても無理だけどさ」
「駆け落ちするか……この最強のコイントスの能力を使って」
「どうだか。探偵とか興信所とかあるしな。探されて見つかったら、おしまいだぞ」
「なんだか、本人に会いたくなってきたな」
「お前はいつだってそうだろ」
そうだけど。お前には叙情というものがないのか。
征は薄情そうな笑みを浮かべて、俺に聞く。
「結局、お前の希望進路はどこなんだよ」
「ぶっちゃけさ。勉強も何もしてない俺が、どっか行こうったって限界あるよな」
「……そりゃ、そうじゃね。勉強しろよ」
「鶴瀬さんはどこいくのかな」
「何回も言わせるなって。本人に聞けよ」
「さっきから正論で攻撃しやがって。痛えんだよ」
「まあまあ、本当のことを言われて怒るなって」
征はケラケラと笑った。
「俺は……真剣なんだよ。あの人のことを考えると、頭も働かないし、食欲も無くなるし、よく眠れないんだよ」
「うわ。で、振られたのか。グロいな。良くなりようがないじゃん、その状態」
購買で買った紙パックのジュースを頬張りながら、こちらを横目で見てくる征。
「お前ほんと、運ないよな」
「運がないとか言うな。本当に好きなんだよ」
「……俺は、現実なんて見続けても、しんどいだけだと思うぞ。たまにはアニメでも観て、現実を忘れようぜ」
「すでに試したけど、アニメの内容が頭に入って来ない」
「へえ。ちなみになんのアニメだ?」
「……『夏あの』」
「はぁ!?あのオタク全人代的超名作アニメのことを言ってるんだよな?お前には早坂ちとせちゃんの言葉が何ひとつ響かなかったわけ?マジかよ。さっさと病院行ってくれ」
こいつ。ほんとひでえ。友達じゃねえのかよ。
「脈のない相手を振り向かせるにはどうしたらいいかな」
「普通の相手なら、常識の範囲内でアタックを繰り返すしかねえだろ。まあ、お前はコイントスが全てだから諦めるほうが手っ取り早いと思うけどな」
「さっきから薄情なやつだな。俺みたいな男の子は結局のところは可愛くて優しい女の子が好きになるんだよ。ちょっとくらい感情に寄り添えよ」
「あのさあ。お前が言ってんのは、散った桜にもう一度咲けって言ってるみたいなことなの。答えはひとつ。どう考えても無理なわけ。慰めて欲しいならカラオケでも遊園地でも付き合ってやるから、良い加減切り替えていこうぜ。な?」
「……それだ」
「はぁ?」
「なあ、征。俺は鶴瀬さんと遊園地に行くぞ」
「は?どうやって。ていうかお前、鶴瀬さんの連絡先も持ってないだろ」
「まあ、そこは任せておけって。俺も、漢だ」
征は首を傾げる。
ここは正攻法だよ、正攻法。
★ ★ ★
まだ昼休み。
教室に戻ると、鶴瀬さんは昼食を終えて、同級生の女子と話していた。
うわ。俺の席に上御前さんが座ってる。終わった。
俺あの人苦手なんだよな。めっちゃエネルギッシュで熱い人だから、良い人なんだけどちょっとタイプが合わない。
「なあ鶴瀬。私は君とも戦いたいぞ」
「そうだね。機会があれば、僕も……あ」
鶴瀬さんと目が合う。
「上御前さん。そろそろ次の授業が始まるみたいだから、クラスに戻ったほうがいいと思うよ」
「おっと、いけない。ありがとう鶴瀬。じゃあまた部活で」
その一言を皮切りに、鶴瀬さんの周りにいた女子も席に戻って行く。
ともかく、俺の席が空いた。
「あの……」
お礼を言うために口を開きかけたが、声は鶴瀬さんにかき消された。
「ごめんね。席、取っちゃって」
申し訳なさそうに左手を立てて、笑いながら謝る鶴瀬さんを見て、俺は硬直した。
か、かわいい。
鶴瀬さん。些細なことでも女の子耐性ゼロの非モテの民は死ねるんだぞ。
「あ、うん。べ、別に気にしてないよ」
俺は早口で捲し立てるようにそう言った。
あ、うんって、なんだよ。
自分の発言が気持ち悪くて死にたい。
……でも、俺はこの人に振られてるんだよな。
俺は、数いる男の子の中でもちょっと挙動不審なオタク程度にしか思われてないんだろうな。
……消えてなくなりたい。
絶望的な衝動に駆られ、思考が止まりそうになる。
ふと。
視線を感じてそちらを見ると、廊下に征がいた。
あまりにも無表情で、ただこちらを向いている。どういう感情だよそれ。
そうだ。
俺は漢だ。
振られてるけど。そりゃ、いきなり告白なんてされて断らない人間なんていないだろ。
それは恋愛の相手として無理ってだけの話。
ちょっとだけ、話しかけるだけ。
それなら迷惑はかけない。
「あ、あのさ。鶴瀬さん」
教科書を探していたその体が起き上がる。
「ん?なに?」
鶴瀬さんは、驚くそぶりもなかった。
昨日俺を振ったばかりだというのに、全く気にしていないということだろうなあ。
あーこれ、結構心にくる。俺繊細すぎだな。
それでも俺は必死に頭の中で検索していた鶴瀬さんメモを漁って、答えを見つけ出す。
「あのさ。鶴瀬さんって、部活ない日とかいつも図書館で勉強してるからさ。すごいなと思って」
「ああ。小さい頃からずっとやってるから、けっこう長時間いるね」
鶴瀬さんは苦笑する。
しかし俺は気づいたが、どことなく会話がぎこちない。
相当警戒されてる気がする。なんとなくだけど。
「あのさ。俺、勉強する習慣がなくて。その、ペースメーカーにして、一緒に勉強してもいい?」
「ごめんね。僕、忙しいから。できれば他の人に頼んで欲しいな」
ダメだ。これ以上行ったら流石に嫌われる。
というか、もう嫌われているかも。
「あ、いや、そうだよね。ありがとう」
俺は肩を落として、自分の机に戻る。
そうだ。征は。
廊下を見ると、征はやっぱり特に表情もなく立っていた。
それ、どういう感情だよ。
そう思って見ていたら、征は少しだけ窓の向こう側で親指を立てて、それから廊下を歩いて行った。
お前はよくやったよ。
そう言われた気がした。
……あいつ、根はいい奴なんだよな。
今日はもうやめておくけど、明日また話しかけてみよう。
ーーー
ーーー
ーーー
ーーー
ーーー
翌日。
俺は二限の授業の終わりに話しかけた。
「あの、鶴瀬さんって頭いいよね。得意教科とか、苦手教科とかある?」
そろそろ説明する。俺の考えた正攻法。
それは、話しかけ続けて友達になるという、関係値作りとして最も普遍的な手段だ。
関係値作りには簡単に答えられるような質問が好ましいらしいということをネットで調べて、相手の個人情報に深く踏み込まない当たり障りがなくて高校生の答えやすいこと。
これでもそう、必死に考えたのだが。
「ねえねえ鶴瀬さん。今度の球技大会だけど、私と組んで欲しいんだけど」
俺の声は、突然として振ってきた女子の声にかき消された。
「ごめんね。今回こそは上御前さんたちに勝ちたいからもうペアは決めてあるんだ」
俺は萎縮してしまって、その日、話しかけることができなかった。
ーーー
ーーー
ーーー
3日目。
今度は5限の終わりだ。
午後の授業を終えて眠そうな鶴瀬さんに話しかける。
「あのさ。鶴瀬さん、バレー得意らしいけど、好きなの?」
ちゃんと言えたはずだ。
「うん。そうだよー」
今日の鶴瀬さんはどこか生返事だった。
それから眠そうに口許に手を当てて、あくびをひとつする。
それだけか。
そりゃそうか。
「あのさ」
ふと、鶴瀬さんの声が上から降ってきた。
な、なんだろ。
「ひゃ、はい」
あまりにも咄嗟のことで、思い切り舌を噛んでしまった。
鶴瀬さんは、どこか冷たい目で俺を見透かして、言った。
「僕は、別に君のこと、好きじゃないんだ。悪いけど、君の期待には応えられないよ」
……知ってる。
だって、振られたし。
コイントスは裏だったし。
そうだよな。
このまま続けても、俺が苦しいだけかもしれない。
「友達も……だめかな」
そうは思うものの、簡単に諦められるほど俺は大人じゃなかった。
「……ごめん。君を、信用できないから」
終わった。
ありがとうございました。
「そっか。迷惑かけて、ごめん」
もう、何も頭に言葉が浮かんでこない。
死にたい。
終わったよこれ。
俺はもう何も言えなかった。
★ ★ ★
放課後の屋上。
俺は征のゲームを横から覗き込んでいた。
ハードはよくわからないコードが二本ついた征の自作ゲーム機だ。でも、基本性能は普通のpcと同じで、pc用の恋愛ゲームができるらしい。細かいことは知らない。
ゲームの中で、主人公がかっこいいことを言っているところだった。
征は迷いなく選択肢を選んでいく。
『俺にはもう君しか見えない』
という選択肢に、思わず現実とのギャップを考えてしまう。
こいつ、ゲームだとこんなに饒舌なのか。
画面を覗き込む俺に、征は一瞥もくれずに言った。
「大丈夫か?もう3日目だが、お前の正攻法とやらは順調なのか?」
「聞くな」
俺は征に黙ってもらおうと思ったが、無駄だった。
「やっぱダメなんじゃねーか」
呆れたように征は声を上げる。
「お前は鶴瀬さんを諦めればいいの。そして、ストリートでコイントスして好意を抱いてくれる可能性のある可愛くて優しい子とやらを探せばいいじゃねえか」
「……俺は、恋愛がしたいわけじゃねーんだよ。鶴瀬さんのそばにいたいんだ」
「この歳でそれは重いぜお前。青春っていうのはな、もっとライトなもんなの。あとから、思い出にできるくらいにはさ」
そんな合理的に割り切れるかよ。
「はあ」
ゲーム内では、ヒロインの女の子が頬を赤く染めて、恥ずかしそうにしていた。
しんどいって。そんなもん見せんでくれ。
「早く告白しろよ」
「まあ待てって。ここは俺の腕の見せ所だから」
現実じゃ見せる腕もないくせに。
……まあ、そうだよな。
俺たちみたいな非モテの民は、ほとんど一生こんな感じで生きていくのかもしれない。
結局のところ、この画面の向こうの現実は、ほとんど幻想でしかないんだ。
砂上の楼閣という言葉が、なぜか頭をよぎった。
「……図書館、寄ってくよ。また明日な」
「おう。じゃあな」
俺は屋上に征を残して、図書館へ向かった。
なぜ、勉強にも読書にも興味がないのに図書館に行くのか?
それは、ひとえに鶴瀬さんがいるからだ。
きもいストーカー並みのムーブ。俺は終わってんな。
しかし今日は、図書館には鶴瀬さんはいなかった。
部活あるんだろうか。
流石に部活の日程まで掴むことは俺にはできなかった。
やったら本格的に犯罪臭がしてくるし。
しょうがなく、俺は数学の教科書を開く。
今回のテスト範囲は微積分だった。高校2年生の最後といえばそんなもんじゃないだろうか。
わけのわからないdとかいう記号が出てきて絶賛困惑中。
まあ、テストの中身自体はある程度単調なので期末自体はどうにかなりそうだ。
点数がまだ返ってきていないのが不安だが、おそらく可も不可もない感じかな。
そう思って勉強していたが。
……ダメだ。
普通に、頭に入ってこない。
頭の中で、鶴瀬さんの笑った顔が繰り返し再生される。頭おかしくなったのか、俺。
もっとイケメンで、人柄と頭が良かったらなあ。あと運動。
そう思った時だった。
「たのもー!」
図書館に、誰かの大声が響き渡った。
その人物は、今扉を開いたところだった。
うるさいなあと内心思いつつも、好奇心から横目でそれを覗く。
「……雛飼?」
そこにいたのは、どこか見知った少女だった。
図書館で大声出すなよ。
「おい、今朝川ァ!あんたに用があんぞ!」
……知らないふりをしよう。
そう思い、ダンマリを決め込もうとする俺のそばに、そいつは近づいてきた。
そいつは俺の肩に手を置いて、こう言った。
「おい。表出ような」




