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321で運命を!  作者: 嶬園明理
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4 取り戻せないもの

そうこうしているうちに、いつのまにかその家の前に辿り着いていた。


「ここか」


征が指差したその家は、思っていたよりも普通で、なんの変哲もない小さな庭付きの一軒家だった。


「うわ。蔦がすげえな」


征が声を上げる。

庭を見ると、雑草が生え放題だ。ずっと手入れされていないのか。

単純に住んでるやつがずぼらなのか。


「こんにちはーー……って、開いてる?」


征はインターホンを押すと同時に扉に手をかけた。

扉はすんなりと開く。

鍵を閉めてねえのか。なんか不用心なやつだな。

そう思っていると、玄関の廊下の向こうからドタドタと走る音が聞こえてきた。

俺と征は顔を見合わせる。


「鍋だ……」

「鍋だな……」


そこには、雛飼くるみという少女の姿があった。

なぜか彼女は今、頭に料理用の鍋を被って、フライパン片手に現れた。


「……なんか用?」

「なぜ鍋を?」

「そりゃ、強盗から頭を守るために決まってるでしょ」


ヘルメットとかないのか?


「なぜフライパンを?」

「そりゃ、強盗に反撃するために決まってるでしょ。あんたたちこそ、何しに来たの」


強盗に入られたくないなら、鍵くらいかけとくべきだと思うんだが。

というか征が固まっている。こいつ、知り合い以外の女子相手だとまるでダメなんだよな。俺もだけど、俺はかろうじて喋れるけど、こいつは完全にフリーズしちまうんだった。


「あ、あのさ。お見舞いに……」

「言っとくけど、あんたにやる金なんて一切ないわよ。頭の傷は残念だったみたいだけど、全く後悔も、反省も、してないから」


なんなんだこいつ。性格終わってんだろ。


「だから、そうじゃねえって。話を聞けよ」

「また今度来てよ。そうしたら、少しは考えてあげる」


とりつくしまもないし、征は息してないし。


「早く出てって」


しょうがねえ。また出直すか。というかもういいか。


「おい。征。行くぞ」


征の肩を小突く。

しかし、征は動かなかった。


「どうしたんだよ」


突然、征が口を開いた。


「なあ、雛飼。お前、まだ死にたいって思ってるのか?」

「……はぁ?」

「今朝、珍しくなぜか登校してきたお前のカバンから、このレシートが落ちてきたのを拾ったんだ。ロープと軍手って、お前、何に使うんだよ」

「……あんた、私のストーカーかなんか?」

「今はそんな話じゃないだろ。上がってもいいか?」


分からないが、征が頑張っているのだけは伝わってくる。

俺も一応、言えることは言っておくか。


「つまり、これがお前の持ち物であることは認めるんだな?やましいことがないなら、部屋の中、見せてくれよ」

「……上がったら叩き潰すわよ」


これだけ怪しいことがあるか?

しかし、睨み合いは平行線になりそうだ。


「別に私が何しようと勝手でしょ。ほら。帰ってよ」

「入るか入らないか。ここは、平等にコイントスで決めよう」


俺はポケットから10円玉を……。


「何抜かしてんのよ。あんたが特殊体質なのは知ってんだから。乗らないけど」


……ちっ。ばれてら。


「それに何が平等なの。あんたを入れる気ないんだけど」

「じゃあ、ロープは。ロープは何に使うんだよ」


雛飼は黙り込んだ。


「ほら。言えないんじゃねえか」


謎に観念したみたいに、ドクルミは言った。


「……ロープは、今年の運動会の大縄跳びの練習に使おうと思ってたの。1人で引っかかるのが恥ずかしいから。それだけ」

「それ、本当かよ」

「うっさいなあ!あたしだって悪いと思ってんの!毎年毎年引っかかって……冷めた目で見られてんの、知ってんだから!」

「そんな作り話……」

「いや。作り話じゃない。こいつのせいで去年の体育祭、俺たち青組は大縄跳びで沈んだんだ」


……マジかよ。

俺が征のほうを見ると、征は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「……ちなみに、一昨年は白組だった。右に同じだ」

「征……お前記憶力だけは確かだよな」


あきれた。二の句もつげない。


「なんだよ。心配したじゃねえか、なあ征」

「すまん。俺、お前はそんなこと気にしないやつだと思ってた」


征。お前珍しく喋ったと思ったらなんてこと言うんだ。


「うっせーよ!分かったらはよ出ていけやゴミども」


雛飼は俺たちを手であしらう。


「待てよ。お前はまだ征の質問に答えてねえだろ」

「なんだよそれ」

「お前は、死なないんだよな?」

「当たり前でしょ」

「……だそうだ。行くか」


征はまだ苦い顔をしたまま、頷いた。


「あ、そうだ。これ、先生から手土産。それとお前、学校行けよ」


俺は先生からもらったプリント類を手渡す。


「……そう言えば、あたし、まだあんたから謝罪の言葉を聞いてねえじゃん」


謝罪の言葉?


「俺、お前になんかしたか?」

「昨日の責任……って、言っても、仕方ないか。さっさと行けや」


なんて理不尽な。


「もう、死のうとするのはやめろよ」


ドクルミは返事をすることなく扉を閉める。


「なんだよ、あいつ」


せっかく人が心配して来てやってんのに。


「でもお前、怖がってなかったな」


征が隣で俺の肩を叩く。


「まあ、俺の存在が心理的に大きかったんだろ?」

「バカ言え。普通に怖かったって」


フリーズしやがって、いざという時に役に立たないんだから。

でも。


「なんかあいつ、昔より丸くなった?」

「まあ、今日は少し穏やかめだったよな。中学の頃は放送できない用語の嵐だったし。時間とともに、あいつなりに進んでるってことなのかねえ」

「それが、いい方向だといいけどな」


俺と征は顔を見合わせた。


「このあと、ゲーセンでも寄ってく?」

「いいなそれ。行こうぜ」


俺たちはまだ知らない。

今日の俺たちの行動は、少しだけ意味があったことを。



★ ★ ★

雛飼くるみは、17歳の少女である。

高校生。それも、高校2年生が、もうそろそろ終わる。

そんな彼女には。


「あーーもう、うざいんだよ!」


彼女は手元の携帯を眺め込み、そして地面に叩きつけ、そんな言葉を吐いた。


「ほんと、楽になりたいよ。ほんと」


木の椅子の上には、頑丈そうなロープが置いてあった。


「楽しくないじゃん。生きてたって」


彼女は、床に倒れ込んだ。

フローリングの上は、冷たく、硬い。


「ほんと、なんのために生きてんだか」


携帯には、少しの連絡先。

いくらかのバイト先と思われる、それ。


「いくら稼いでも、あんなに借金があるんじゃしょうがない。面白くねえよ、マジで」


じゃあ、なんで。

彼女は、床に散らばった自分の髪を拾い上げる。


「……今朝川くん」


そのまま、床を転がる。


「本当なんで、あんなことしちゃったんだろ。ああ……」

「人生は、甘くないって」

「知ってるよ。そんなこと」


そのまま、自室の壁をしげしげと眺めた。


「流石に、冷や汗が流れたな」


そこには、壁一面に、ある少年の写真が貼られていた。


「どうせ家には私しかいないからと思ってたけど、こんなもん見られた日には、さすがに死ぬしかないか」


少女はぽつりとこぼす。


「心臓……止まりそ」


静かな部屋に、時計の針の進む音だけが響く。

毛先を指先に遊ばせ、しばらくして、少女は少しだけ言葉を紡いだ。


「でも、学校にいると、辛いんだよ」

「あたし、ゴミなんだよ。廃棄物だから。皆から嫌われてるのも、悪い噂ばっかなのも、こんなに腐った心で、君に近づこうとしたから。これはその罰みたいなものなんだ」

「本当は、死にたかったのに」

少女は生徒手帳を胸ポケットから取り出して、それに挟まっている写真を眺める。

「また、学校に行けば会えるのかなあ」


中学校のころの運動会。

二人三脚のペアになった2人。

少年が、転けそうな少女の腕を引っ張っていた。


「ほんと、私、ダメなやつだなぁ」


少女は大切そうに写真を手帳に戻して、目を閉じた。


「明日、考えよう」

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