3 the adorable 青い破滅
恋愛って、自分の足りないものを、誰かに補ってもらうことだと思う。
「だからさ、そうやってひとつひとつ思い出を作っていってさ」
「そんなことより、お前頭本当に大丈夫なんだよな?」
真っ白な包帯を巻いて登校してきた俺に、征は不安そうに眉をひそめた。
「お前……そんなに思い詰めてたなんて。ごめんな、気付いてやれなくて」
どうやら、ちょっと話が錯綜しているらしい。
「だからもうそんなこと考えるなよ。俺、お前としかフィギュアのこと語れないんだから」
「だーかーら、俺じゃねえって言ってんだろ。ドクルミだよドクルミ、あいつが飛び降りようとしてたのを、俺が無理やり押し留めたの!」
「あれ?そうなんだっけ」
俺は小さくため息をついた。
今朝も、バスの中で。
『あのさ、今朝川くん』
そんな声がして、振り返るとそこには、あの人がいた。
『ひえっ、ふ、あ、あの、鶴瀬さん!?』
完全にやってしまった。超動揺して変な声が出た。絶対に気持ち悪いと思われたと思う。
俺は今一度、その姿を全身余すことなく眺める。
身長、何cmなんだろ。頑なに秘密にしているらしいけど、160を割っていることは知っている。
栗色の長髪がバスの揺れと同時にたなびく。
俺は制服のこだわりとかなかったけど、でもやっぱりリボンとスカートのかわいい学校に決めてよかったな。
やっぱり、かわいい。好きかも。いや、好きだわ。
俺がぼーっとしていると、鶴瀬さんは不意に口を開いた。
『頭のケガ、痛いよね。大丈夫……じゃないよね』
『平気平気。体だけ丈夫なのが取り柄みたいなところはあるしさ』
俺は強がる。本当はまあまあ痛むけど、そんなことを言っても仕方ない。
『うん。その、さ、やっぱり、ごめんね。昨日のこと、聞いたよ。ビルの屋上から、今朝川くん、飛び降りたって』
『あ、そうなんだ……え?』
『そんなつもりじゃなかった。でも、僕が不用意だったから、今朝川くんを傷つけちゃったんだよね。本当に、ごめん』
鶴瀬さんのせいじゃないのに……こんな俺に謝りに来てくれるなんて……あなたは清らかな人だ……。
『いや、でもそれは誤解で……』
『ううん。隠さなくていい。誰かを好きになることって、素敵なことだと思うから。僕は、嬉しかった……から。別に恥ずかしがる必要なんてないよ。いつも通りの今朝川くん、かっこいいと思う』
なんだか恥ずかしくなってきた。やめようやめようこんな話。
『そんなことより俺の今朝の朝食は……』
『ほんとにごめんね』
鶴瀬さんが謝る。
俺は一緒にいれるだけで、それだけで幸せだった。
「なに薄笑い浮かべてんだよ。気持ち悪いな。悪いもんでも食ったか」
あれ、俺笑ってた?
「悪い悪い、考えごとしてた」
まあ、コイントスでは裏だったんだけどな。
まあでも占ったのはうまくいくかだけだ。うまくいかなくてもそういうことはあるかもしれない。
普通に友達でもいい。なんなら、罪悪感からくるただの埋め合わせだとしても構わない。ちょっとでも距離が今までより縮まったなら、それは進歩ではないだろうか。
「なあ、ところでさ、その怪我って、ドクルミにやられたわけ?」
「ん。ああ。そういやそういうことになるな」
あいつにも少しは感謝してやるか。おかげで鶴瀬さんとの仲が縮まったわけだし。
「……じゃあ、治療費ってドクルミが出すのか?」
「親に、階段から転げ落ちて頭をぶつけたって言ったけど」
「はぁ!?警察呼んでねえの?」
「あ、ああ。ドクルミ、俺が助けたあとすぐに逃げちまったから」
「……お前って、お人好しなんだか、バカなんだか。両方か」
「いいだろ別に。精密検査もしたし。俺が無事でよかった」
「……まあ、しょうがねえ。でも、次何かあったら絶対警察呼べよ。お前が怪我する前にさ」
「そうだな。気をつけるよ」
そのとき、屋上の扉が開いた。
「あ、いたいた、今朝川くんと、雲外……くん」
出てきたのは、男子生徒だった。
「委員長じゃん」
という俺の声と、
「おお、まさやん」
という征の声が重なる。
友月政瑛。クラス委員長にして性格良し、成績良し、顔良し、運動も大体できる上、当然のように生徒会にいる極めて優秀なやつ。
「まさやんって……まあいっか。2人とも、先生が何か呼んでたぞ」
友月はうちのクラスのクラス委員でもあるが、征とは少なからぬ因縁があるらしい。
「じゃ、じゃあな」
最後まで征から視線を外さないまま、後退りするようにして屋上を後にした。
「なあ征。あいつに何したんだ?すごい警戒されてたんだけど」
俺は興味本位で聞いてみた。
「……さあ?よくわかんね」
雲外は平和そうに大きくあくびをした。
「そんなことより、先生からってなんだろうな。俺たちは優等生なのになぁ」
「まあ、今のところ人畜無害なのは確かだな」
「とりあえず、行ってみるか」
★ ★ ★
職員室。
静かな部屋に、印刷機の音だけが響いていた。
そして、そこに集まった俺と征と、征の担任の先生。
「単刀直入に言うわね。雛飼さんの様子を見てきて欲しいの」
誰だ???
「雛飼さん?」
それって、誰だっけ。
困惑する俺に、征が補足する。
「ドクルミ……じゃなかった、雛飼くるみさんだろ?」
うっかり先生の前でとんでもない蔑称を漏らしかけ、急いで言い直す征。
「そう。雛飼くるみさん。彼女、今日は来たけど、ここのところずっと学校を休んでいて、学校側としても手を焼いているのよ」
それ、ストレートに生徒に言っていいんだろうか。まあいいか。
「話は……わかりましたけど。なんで俺なんですか?」
先生は目の奥で俺を見据えて言う。
「あなたたち、くるみさんと中学校からずっと一緒だったんでしょう?それと、ここだけの話、職員室にも届いているのよ。例の話」
「例の話?」
なんだか嫌な予感がするぞ。
「その……今朝川くんと、雛飼さんが、ビルの屋上から一緒に心中しようとしたっていう、話よ」
言って、先生は少し頬を赤くしたような気がする。
ついでに、
「私がせめてあと十歳若ければ、そういう情熱的なアプローチもよかったかもなあ」
とか聞こえたような。
しかし、そらみたことか。
「ちょっと待ってくださいよ!俺はあいつと心中なんて死んでも……」
「まあまあ」
征が笑顔で俺を制止する。どうした、お前。
「その話はちょっと盛ってますけど、俺たちが中学のころ、あいつに世話になってたことは間違いないです。様子を見に行けばいいんですか?」
征は、『任せておけって』と言わんばかりに俺に目配せをする。
俺は渋々黙り込む。
「行ってくれるのね?ありがとう。ほんと助かっちゃう。えっとね……」
その後、俺たちは先生にドクルミに渡すお土産と住所の書かれた紙をもらい、お見舞いに行くこととなった。
「なんでだよ」
道中、俺はお土産の入った紙袋の紐で手遊びをしながら征に聞いた。
心なしか、征の足がいつもより急いでいる気がする。
「ん〜。なんつうかなぁ。腐っても、クラスメイトっていうか」
「お前、優しいんだな」
「そんなんじゃねえよ。ただ、なんとなくあいつの気持ちが分からなくもないんだ。俺はこんなんだろ?ずっと、1人ぼっちだったからさ」
1人ぼっちか。
「……でも、あいつには俺たちと違って友達がたくさんいるだろ」
「友達ってさ。沢山いても、誰も自分の事をわかってくれなきゃ、つらいのはきっと変わらないと思うぞ」
美少女フィギュアのこととかだろうか?
「俺はあいつらのいじめを傍観してただけだ。だから、それについてとやかく言う資格はねえけど、でも、あいつもお前とおんなじで、1人だったんだと思うぞ」
「そんなこと、今更言われてもな」
体に染み付いてしまってるんだよな、負け犬根性が。
「なあ。あいつん家、行くの、やめねえ?」
昨日あんな啖呵切っておいてあれだが、怖いものは怖い。
征は、申し訳なさそうに笑った。
「そうだな。これはあの時、何もできなかった俺のエゴみたいなもんでもある。別に行きたくなかったら、やめるのもお前の自由だ」
俺はポケットのコインを握る。
運を天に任せてもよかった。だけど。
「行けばいいんだろ。それだけでお前に恩を売れるんなら行くしかねえ」
「わかってるぜ。ありがとうな」
俺はまだ胸に残る痛みを抱えながら、その道を歩き出した。




