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321で運命を!  作者: 嶬園明理
18/20

18 夢

テレビをつけていた。


「残念、今日の最下位は乙女座のあなた!今日はついてないことが起きるでしょう!でもめげずに頑張って!ラッキーカラーは白、ラッキーアイテムは五円玉です!」

「……ははは」


別に興味もなかった。

そんなこと、わざわざ言われなくても分かっている。





★ ★ ★

俺とクルミはそれぞれの自転車に跨っていた。


なんか知らないけど、クルミが商店街のイベントに行きたいという連絡が昨日の夜中に来た。

さすがマメな俺はメールを逐一確認しているため、見逃さなかった。

正直、ちょっとスルーしようかとも思ったけど、スルーしなかったのも俺の美徳だな。


クルミは真っ白のフードのついたスウェットパーカーみたいなのに、五円玉を首から赤い紐でぶら下げている。なんだそれ。おまじない?


先を行くクルミはパーカーが風にふくらんで抵抗になってちょっと漕ぎづらそうだ。


「ごめんね、急に連絡しちゃって」

「お前はいつも急だから、気にしてねーよ」

「あーそ。気を揉んで損した」


こいつ……。

それとこれは話が別なんだよ、別。

俺はクルミの後を追う。


にしても、いつのまにか自転車を漕げるようになったんだな。

ヘルメットをつけているクルミは、この間から想像がつかないくらいにすいすい自転車を漕いで行く。

ああ、なんか感動。


「でも、なんで急に商店街なんだよ、いつも行ってるだろ?」

「私の好きな小説家の人が、サイン会やってるのよ」

「そういやお前、文芸部入ってたよな」

「あんたも他人事じゃないわよ、たまには顔出したら?」


気が向いたらな。


「ていうか、なんでいきなり文芸部だったんだよ」


その質問に、彼女は自転車の上で身動きを取るのをやめた。

自転車のラチェットの音が響く。

少しだけの空白の時間のあと、白状するように彼女は言った。


「……私、小説家になるのが夢なの」


……あり得るか。ロマンチストだし。

でも、他にもいろいろあるだろうに。


「なんで小説家?」

「本が好きなの。それだけ」


それだけの気持ちで、小説家を目指せるのだろうか?

俺にはよくわからない世界だ。


「似合わないでしょ。笑ってくれていいのよ」


笑ったら怒るくせに、クルミはそう言った。

どうやら似合わない自覚があるらしい。


「お前にできるのか?」


よく知らないけど、小説家っていうのは一握りの難しい世界じゃないのだろうか。

特に職業で、それで食っていくとなればことさらに。

単純なあこがれだけでなれる職業ではないと思う。


「……まあ、難しいと思うわ」


クルミは自嘲するように言う。

自分の実力くらいわかっているのだろう。

俺が口を出すまでもないみたいだった。


「でもね」

「好きなのよ、やめられないの。意味がないことって、わかっているのにね」


振り返りもせずにそう言うクルミは、いつもとは少し違って、覇気がなかった。



商店街の一角。

ガラポンコーナーの隣の仮設ブースに、初老の男性が座っていた。


「あ、ありがとうございます!」


クルミは何度もお辞儀をして、嬉しそうに本を受け取る。

どうやらミステリー小説のようだ。

文庫カバーを剥がし、丁寧にサインをする小説家の方を、固唾を飲んで見守るクルミ。

いつもの数倍は緊張しているみたいで、腰が七十五度くらいできれいに曲がっている。

なんだか普段軽口を叩いているクルミとは違って、あまりにも張り詰めた顔をしてるから、ついそんなに大切なものなのかな、とか考えてしまう。


作家の人は笑顔だ。


「あの、握手とかしてもらっても、いいですか……!」

「構いませんよ」


作家さんは手を差し出す。

クルミは喜び勇んでその手を取った。


「今朝川!この手しばらく洗わないかも!」

「そりゃよかったな」


ところでなんで俺は呼び出されたんだろう。

俺いらなくないか?

そんな疑問をよそに、作家の人が聞いてくる。


「ところで、お二人は恋人さんなのですか?」

「私がこいつと?ないない、ないですって」


俺は苦笑しながら言う。


「ただの腐れ縁です」


そう言うとクルミは少しだけ口を開けて、なんだかちょっと嬉しそうだった。

どういう心情な訳だ?

というか、感情がダダ漏れだぞ。こいつ。


「そうですか」


キュッ、と、サインペンの音が聞こえる。

インクの匂いまで漂ってきそうだ。

キレイなサインがクルミの本に刻み込まれる。


「腐っていても縁は縁。大切にしてください。特に、若いうちは」


そう言うと、男性は微笑んだ。

クルミは少しだけ複雑な表情をする。

彼女なりに、自分について思うところがあるのだろう。

その人がクルミの本を手渡す。


「はい、頑張ります」


頑張ります……か。

俺はその言葉に少しだけ違和感を覚える。

彼女は一体、どこへ向かっているのだろう。


「よかったな」

「うん……」


クルミは受け取った本を大切そうにカバンにしまう。

俺は商店街を自転車を押して歩く。

クルミは焦ったように走って、俺に歩調を合わせてくる。


「あのさ、今朝川」


歯切れが悪い。

何か、言いたいことでもあるんだろうか。


「なんだよ」


クルミは俯く。

急に黙るなよ。一体何だってんだ。


「……なんでも、ない」


ようやくその言葉を使うのが精一杯なクルミの気持ちは、俺にはよくわからない。

そういえば。

クルミの噂は聞くけど。

俺はこいつの過去らしい過去を、何も知らないな。

梅雨らしい湿った風が吹き抜ける。

厚い雲の向こう側に、少しだけ冷たい雨の気配を感じた。





★ ★ ★

携帯を確認すると、メールが届いていた。

件名は、『選考結果のお知らせ』。

私はそのメールを開いて、ため息をついた。


〈厳正なる選考の結果、Hinaさまの作品『飛べない少女』は、選外とさせていただきましたことをこちらに通知いたします。なお、選考に関するご質問についてはお答えしかねますため、予めご了承ください〉


「まあ、どうせそんなことだろうと思ってたけどね」


つまらないことだと思う。

でも、何度離れても。

何度諦めても、またここへ戻ってきてしまう。

私の夢は、変わらないままだ。




★ ★ ★

夢を見た。

そこは小さな屋上だった。

俺はその制服の少女と正面から向き合っていた。

暗闇が支配している、静かな場所。


「おい、クルミ……?」

「ごめんね、今朝川……」


クルミは悲しそうに俺を眺めていた。


「あんたにしたこと、今でもずっと後悔してるの」


触れれば壊れそうなクルミは、震える声でそう言った。

まるで自分が異端であることを理解した悲しい理性の叫びのようだった。

なんとなく、クルミが俺の手の届かないところへ行こうとしているのが分かる。


「落ち着けよ」

「うん、私、落ち着いてる」


クルミは寂しそうだった。


「ごめんね。ずっと、ごめんね」


クルミは上擦った声でそう言う。


「分かった、分かったから、もう、いいんだ」


クルミは俺の方を見る。


「でも、あなたは私のこと、許せはしないでしょ?」


その目は、俺ではなく俺の中の何かを見つめている。

なんとなくそんな直感がして、俺は心の底から怖くなった。


「じゃあ、さよなら、今朝川」


彼女は鉄柵に寄りかかり、ゆっくりと向こう側へ落ちていく。


「ま、待て!」


俺はクルミへと駆け寄る。

が、しかし、その手はクルミの体に触れることはなく空を切った。

落ちていくクルミが、ゆっくりと小さくなっていく。



鈍い音がした気がして、俺は目を覚ました。


「……」


頭を押さえる。意味がわからない。なんで、こんな夢を見るのだろう。

でも、もし俺のせいであいつがそれを選んだら、どうしよう。

胸の中が恐怖と不安でいっぱいだった。

いや、俺のせいじゃない、あいつの自業自得だよ。

そう思うものの、俺の頭はそれをうまく解釈できずにいた。





★ ★ ★

夢を見た次の日、俺は怖くなってクルミに話しかけていた。


「おい、クルミ」

「なに?」


教室のクルミは、いつもと何も変わらなかった。

相変わらず金髪で、ちょっと疲れた目をしてるけど、思い詰めているようには見えない。


「さっきコンビニで買ったんだけど、チョココロネ食べる?」


俺はコンビニで売っていたチョココロネで買収作戦だ。

こいつの趣味嗜好くらい知っている。甘いものには目がないのだ。特にこれは切り札級。

ちなみに購買でも買える。

受け取りやすさを考えて次点でチロルチョコミルク味だったが、幼い頃のアドバンテージにワンチャンを賭けた。


「え!いいの?」


クルミは笑顔でチョココロネに手を伸ばすが、受け取る寸前で急に手が止まり、視線が胡散臭いものでも見るようなものに変わった。


「……よく考えたら、なんであんたがくれるわけ?」


チッ。まあ、流石にダメか。

この後最近辛いこととかないか聞こうとしたのに。

どうしようか戸惑っていると。


「まあ、別にくれるならもらうけど」


そう言ってクルミは俺の手からチョココロネを奪い取っていく。


「あんたに毒を盛る勇気なんてあると思えないしね」


クルミは受け取ったそれををカバンにしまう。


「で?何かお願いでもあるわけ?」


クルミは受け取りはしたが、まだ半信半疑といった様子だった。

もうしょうがないか。ここは素直に打ち明けよう。


「いや、最近さ。お前に元気がないんじゃないかと思って」

「どうしてそう思うの?」

「そう言われたら、むずいんだけど……」


クルミは、「は?」という目をし、首を傾げる。


「別に、普通だけど」

「いや、前にあんなことがあってさ、俺もちょっと神経質になってるだけだから」

「……ああね」


気まずい。

だからこんな話題にしたくなかったのに。


「気のせいならいいんだ」


クルミの顔を覗き込む。


「生きづらくない?」


クルミは笑った。

なんだよ、人が本気で心配してるっていうのに。


「あんたね、気を遣いすぎよ。私なんかに優しくしても、なんも出ないっつうの」


なんだよ、せっかく人が心配してやったのに。


「いいよ、じゃあ。心配して損した」

「ありがと、思春期くん!」


ノンデリか?

そのとき、少しだけクルミの笑顔が寂しそうに見えた。


「あんたには言えないこともあるでしょ、ほら、帰った帰った」


言えないこと。


「言えないことってなんだよ、例えば?」


噛みついてくると思わなかったのか、それともまた別の何かなのか。

クルミは押し黙る。


「私は……」


歯切れが悪いクルミ。

だが、何かを思い出したように。


「ねえ、嫌じゃないの、私と話すの」


そう聞いてくる。


「まあまあな」


今の正直な気持ちだ。こいつには変に遠慮せずに伝えたほうがいいだろう。


「ほら、答えたんだから教えろよ」

「……嫌」


こいつ。


「おい、俺だけ教えるなんて卑怯だろ」


そう言う俺の目の前で、クルミは席を立つ。

なんだよ。


「なんか、帰りたくなっちゃった」


……え?

想定外の反応に、俺は戸惑う。


「でもまだ授業あるだろ」

「今日は早退で」


早退って……お前。


「出席やばいんじゃないのか?」

「……」


クルミは俺を一瞥して、言う。


「いい人ぶるのも、ほどほどにしときなさいよ」


どういう意味だよ。


「おい、まだ話は……」


クルミは立ち止まらない。

俺の言葉など聞かなかった。

だからただ、俺はその後ろ姿を見送るしかなかった。

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