表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
321で運命を!  作者: 嶬園明理
16/19

16 なにもできない

放課後。


「なあ征、灰色の髪の、ドレッドノートって名前の女の子知ってるか?」


俺は征に、鶴瀬さんのキーホルダーについて聞いてみた。

二次元全方位オタクこと征。聞いたら何か出てくるだろう。

そう思っていたが、斜め上くらいの情報が返ってきた。


「作品名(ゲーム名)はメイキング。天際の刻限に当て字でドレッドノート。公式名称は神倉佐穂。灰色の髪が特徴の運動神経抜群の女子高生だ。武器は稲妻銃を使う。作品内では天涯孤独の少女で、少し臆病な第二の主人公。語尾はっスで、主人公と対比するように複雑な家庭環境と悪の中にしか生きれない少女が正義を掴み取ろうとするような切り口のキャラクターだな。でも、彼女は……おっと、これ以上言うとネタバレになっちまうか」


「バケモンかお前」


歩くキャラクター辞書にでもなるつもりなのか?


「褒め言葉として受け取っとくぜ、相棒」


征はどこか上機嫌だ。


「やっぱり芯の通ったキャラっていいよな。仮にそれがどんな汚れを心の中に負ってても、どんな不条理な願いを抱えててもさ、それを見せない強さが、人間の美徳だと思うんだよ」


また知らないゲームの話をしてる。


「三次元にもいるかもしれないぞ、そんな人が」


俺は征に振ってみるが。


「仮にいたとして、俺と釣り合うと思うか?」


相変わらず、誰かと付き合ったりするつもりはないみたいだ。

イケメンな征は、俺とは違って告白された経験も豊富だ。

頭もいいし、こいつはこいつで俺とは別世界にいるんだよな。

なんでもできそうなのに、自分の世界に閉じこもりきりでもったいないなあと思う。

軽快な電子音が響く。

……まあ、いいか。

そう思えるのだから不思議だ。



★ ★ ★

俺の目の前には、スーツに身を包んだ2、30代くらいの男性が座っていた。

その人物は露骨にため息をついて、机に資料を並べる。

生徒指導室の小さな白い仕切りで区切られたスペース。


「今朝川、お前、やばいぞ」


担任の宇治川先生は、手元の俺の模試の成績表と通信簿を示しながら言った。

やばい。

そう言われても、いまいちピンとこなかった。


「授業中スマホばかり見てるけど、一体何をやってるんだ」


ゲームだ。だが、馬鹿正直に答える場面ではないということくらいわかる。

何をやっているのかというのは、俺の人生観に対する問いなのだろう。

危機感がない。そう言われているのだ。


「これは言っちゃダメなやつだが、今回の模試の偏差値、全教科で50切ってるやつ、多分うちのクラスでお前だけだぞ」


宇治川祓うじがわ はらえ先生は優しい先生だ。

生徒からは略してハラセンと呼ばれている。


「赤点三つ。現代文と数学Bがダメだな。あと現代社会か。赤点回避してるのも決していい成績じゃないし、授業中にスマホずっと触ってるのは、先生としてどうかと思うぞ」


宇治川先生は少し黙ったあと、少し声のトーンを下げて聞いてきた。


「……他に何かやりたいことがあるのか?」


華の高校生活。何かひとつくらいやりたいこともあるのかもしれない。

そんな思慮深い提案だったのかもしれない。

だけど。


「……ないです」


申し訳なさそうに答える。

自分がどうしようもない人間だということを思い知らされている気がする。

でも、いざ勉強するとなった瞬間に、何にも手がつかなくなる。

意味がないような気がして、なんでこんなことをするのかわからなくなる。

全部自分の問題だ。


「入学の時の席次は悪くないだろ」


そう言われても、昔にどう勉強したかなんて覚えていない。


「期末で巻き返さないと補習だからな」

「はい……」


返す言葉も見つからない。

俺は黙って俯いていた。


「何か、悩みでもあるのか?」

「別に、悩みってほどじゃないんですけど」


俺は少しだけ迷った。

こんなふざけたことを言っていいのだろうか。

バカにはされない。そんなことはわかっていたけど。

でも、俺は腹を括って言うことに決めた。


「……青春っていうのが、わからなくて」

「は?」


ハラセンは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして止まる。

厄介なやつだと思われただろう。

俺は授業中にスマホをいじっているくせに、一丁前に青春なんて要求するのだから。


「俺みたいな窓際族が、変な話ですよね」

「いやいや、ちょっと驚いただけだ。確かにお前は大人しいほうだからな」


それでも先生はそんな様子などおくびにも出さなかった。


「青春ってのはつまりあれか?もっと高校生活を謳歌したいってことだよな?」


こんなことを言い出したのに、俺は俯くしかできなかった。

そんな俺を見かねたのか。


「だったらちょうどいい相手がいるだろ。隣の席の鶴瀬とかとは話さないのか?」


その名前が出てくると思わず、俺は危うく吹き出すところだった。

ちょうど良くない、全然釣り合ってない。


「無理ですよ。俺、女の子と話したことないし」

「先生も高校の頃は共学だったけど、女子と話したことなんてないぞ」


「わかるよ。でも、こういうのって、大人になればなるほど失敗できなくなるからな。今のうちに動けたら、動いておいたほうがいい、と言っても、説教くさいか」


先生は頭を掻いて笑った。

そんなこと言われても、俺には。


「こういうのは勇気がいるよな。わかるよ。どんな小さな決断でも、前に進む時に必要なのはいつだって動く理由だ」


先生は物分かりげにそう言う。

俺はいまだにピンときてない。


「見つかるといいな、お前が動く理由が」

「そうですね……」


見つからないと思いますけど。

喉まで出かけたその言葉を押し留める。

ただの親切に、わざわざ毒を吐く必要なんてないんだから。

でも、自分がどんな人間かは、自分が一番わかっているつもりだ。




★ ★ ★

ある日。

ホームルームが終わり、放課後になった教室で。


「これ……」


俺は落ちている一枚のプリントを拾った。

それは進路希望調査票だった。

明日提出のやつだ。


名前の欄に、きれいな文字で鶴瀬さんの名前が書いてある以外は、全て未記入のままだった。

拾って鶴瀬さんの机の上に置く。


帰るか。

そう思ったけど。

鶴瀬さんはいつもすぐには下校しないイメージがあった。

今日は机の横にカバンはないけど。

まだ学校の中にいるなら、伝えて行ったほうがいいか?

……いや、キモいな。ないない。

俺はそのまま帰ることにした。


が。


「よろしくお願いします!」


そんなことは杞憂で、彼女は今日も校門のところで挨拶をしていた。

他にも候補者の人が二、三人くらい集まっている。

一応話しておこうと思い、俺は鶴瀬さんに近づいた、その時だった。

目の前の二人組の女子生徒が聞こえるような声で漏らす。


「毎日うるさいよねー」


刺すような言葉。

候補者たちの動きが少しだけ止まる。


「でも、今日は人少ないね」


もう一人の女子生徒もそう言う。

しょうもない奴らだ。

こんなところで言ったって、なんの意味もないだろうに。


「ね、でもどうせ当選しても、公約なんて実現しないのに、口だけだよね」


でも、それと同時に俺は鶴瀬さんに同情する。

こんな奴らの前で毎日頑張ったって、何にもならないじゃないか。


「ってか、生徒会って無意味じゃない?」


女子生徒は追撃の手を止めない。

俺だったら数回は心が折れている。


「確かに、どうせなんもしないのにね」


……ほら。

やっぱり、冷笑される。

出る杭は打たれる。

頑張って矢面に立って、その結果がこんなことなら、あんまりだ。

仮に会長になれるとしても、俺はやらない。


だけど、俺と鶴瀬さんは決定的に違った。

鶴瀬さんは女子生徒の横に歩いていき、そして。


「そんなことないよ」


少しだけ強気にそう言った。


「目立たないけど、大切な仕事だよ」


俺は彼女から目が離せない。

なんで。

なんでそこまで、正面からぶつかれるのだろう。


「みんなにもっと理解してもらえるように頑張るから、よかったら投票してください!」


自分が砕けてしまうかもしれないと、思わないのだろうか。

鶴瀬さんはいつものリーフレットを女子生徒の方へ差し出すが、受け取られることはない。

強いというか、とにかく、彼女が同じ人間とは思えなかった。


軽いカルチャーショック。

俺は少し呆然とした後、用事を思い出し鶴瀬さんに歩み寄る。


「あのさ」

「あ、今朝川君!どうしたの?」


彼女はいつも嬉しそうだ。

もしかして、傷つくとかないんだろうか?

才能があるから、失敗なんてしたことないんだろうか。


「進路希望の紙、落ちてたから、机の上に置いといたから」


鶴瀬さんは顔に疑問符を浮かべて、少し手に持ったカバンを漁る。


「……ない。ほんとだ。ありがとう!あとで取りに行くよ」


この人は、やっぱり特別なんだな。

俺はそう理解した。

俺は踵を返す。


「待って!はいこれ」


鶴瀬さんは俺にもリーフレットを渡してくる。

前に貰ったよな、と思い、苦笑する。

忘れられてんのかな。


「少し新しくしたんだ」


どうやら忘れていたわけではないらしい。

言われて見ると、確かに鶴瀬さんのタスキが鉢巻きになってたり、いろいろ細かく変わっている。

凝ってるんだな、意外と。


「君もだよ、今朝川くん」


見透かされているようで、少しドキッとする。

誰に投票するかなんて、誰にも言ってないのにな。


「あ、でもね」


鶴瀬さんは少しだけ言葉を途切れさせる。


「同情はしないで。君の心からの一票をください」

「ああ、考えとくよ」


確かに、特別なこの人なら、悪くはないのかもしれない。

少しだけそう思った。




★ ★ ★

自然と、彼女のことを目で追ってしまうようになってから、少し時間が経った頃。

放課後、俺は教室で自分の机と向き合っていた。

が、隣の机が騒がしい。

否応なく声が耳に入ってくる。


「鶴瀬さん、次の委員会のことなんだけどさ」

「鶴瀬さん、バレー部の予算申請でちょっと擦り合わせがあって」

「鶴瀬さん、今日ちょっといい?テスト範囲のことで気になることが……」


相変わらず彼女の周りには人がいっぱいだ。

俺は適当にペンでも回して、ため息をついた。

いつもとんでもないな、この人は。

人間としての『格』が違う。

対して、俺は。


『悪い、今朝川、俺、今日のサッカー部でどうしても外せない用事があってさ!』

『今朝川くん、ごめん!僕もちょっと、先約があって、どうしても行かなきゃなんだ』


曠方むなかた賜部しぶおみに課題のプリントを押し付けられて、目下ペン回し中だ。

別にいじめとかではない。グループワークだったものを俺だけがやっているだけだ。

曠方はサッカー部と、賜部はなんか文化系の部活で忙しいらしい。

そんなことを抜かしていたが俺は知ってる。

奴らは彼女と帰ったことを。

チッ、陽キャラどもめ、末永くお幸せにな。


どんな結果になっても文句は言わせないという条件で請け負ったはいいものの、あんまり上手くいかずに悪戦苦闘中。

俺の帰宅部連続直帰下校記録が途切れたな。

そんなくだらないことを考えながら、少しずつ書き進めていく。

三分の一くらい書き進めた頃に、ふと思う。


「彼女……か」


高校に入れば自然とできるかななんて考えていた自分が恨めしい。

結局、友達は男だけ。顔見知りも少なく、そういえば現実ってこんなんだったわって思い出した。

ていうか、女子と仲良くなろうにも、誰と仲良くなればいいのかも、どうやって話せばいいのかもわからないし。

そもそもそんな不純な感情で話すのってどうなんだよ、なあ。

ていうか、こんな俺と話してくれる女の子なんていなくね?

……こんなんだから、彼女できないんだろうな。

恋愛って、俺が思ってるほど綺麗事じゃないだろうし。



なぜかはわからないが、鶴瀬さんの顔が脳裏をよぎる。

席の方を横目で見てみる。

しかしそれなりに時間が経っていたのもあって、もうそこに彼女はいなかった。

あの人は……どうかな。

けっこう人気あるだろうな。バリバリの一軍女子だし。

俺みたいなのが関わっちゃいけないタイプ。ぶっちゃけ似合わない。

あの人は特別だもんな。


そんなことを片手間に考えながら手を進めれば、自然と課題が進んでいた。

半分以上終わっていたので、課題に集中することにする。

そして、課題が終わる頃には、午後五時を回っていた。


「やーっと終わった」


解放感アンド達成感。

これで今度の発表もバッチリだろう。

荷物を鞄に仕舞い、夕暮れ時の廊下を歩いて帰る。


「……さい」


ふと、放送室の方から何か聞こえた気がした。

もう遅いのに一体何をやっているのだろう。

好奇心から、俺は足を止める。


「あんたさ、二年のくせに、どうして立候補したの?」

「そうよ。ポスター、剥がしておいたから」


鶴瀬さんが二人の先輩に詰められている声がする。

うわ。こういうのって本当にあるんだ。


でも、どうせ鶴瀬さんはいつものバイタリティで、どうにかするのだろう。

そう思って、その場を後にしようとした。


「どうして、こんなことをするんですか……」


鶴瀬さんの様子が。

……なんだか、いつもと少しだけ違う気がした。


「どうしてって、そりゃ」

「あなたには聞いてない!」


鶴瀬さんは声を張り上げる。


「僕はあなたと正面から戦いたかったのに。それもダメなら、言ってくれれば、僕は……」



放送室の中は見えない。

だが、喋っている二人の取り巻きの他にもう一人いるのだろう。

そして、その内容から、恐らくその人物は。


「私はね……」


「何としても勝たなきゃならないの。会長のそばにいたいから!あなたなんてどうでもいいから、私があの人のそばにいるべきなの!」



「でも、僕はあなたの味方として、そばで一緒に生徒会を支えてきたじゃないですか……」



「申し訳ないけど、あなたを仲間だと思ったことなんて一度もない」


外にいる俺にもはっきり聞こえるくらいの通る声。

鶴瀬さんは何も言わなかった。

こんな時。

俺はどうすればいいのだろうか。

出ていって鼻を明かすとか、俺はそんなガラじゃないし。

鶴瀬さんは押し黙っていた。


「いきましょうか」


そんな声がして、俺は慌てて近くの教室に隠れる。

自分が情けない。

足音が廊下に響く。

三人が去っていく。

俺には何もできなかった。


「ずっと僕は、あなたの背中を追いかけてきたのに」


鶴瀬さんはそうこぼす。

消え入りそうなくらい小さな呟きに、彼女の深い絶望が刻まれていた。

聞いているだけで胸が締め付けられるように苦しくなる。


「……ねえ」


問いかけるような声に、自分の存在がバレているのではないかと少し驚く。

だがどうやらそれは鶴瀬さんが彼女自身に向けた言葉のようだった。


「僕は、何が足りないのかな」


鶴瀬さんは特別な人間だと思っていた。

どんなことが起きても、無傷で、笑顔。

そんなことができる人だと思っていた。

でも、普通に考えたらそんなわけない。

隠しているだけだ。それが彼女なりの処世術だから。


この人にあるのは、才能ではない。


出ていきたかった。

彼女の孤独を放っておくのは、よくない気がする。

でも。

……自分では、ダメなことくらいわかってる。

今の俺が出ていっても、彼女の隠すそれに触れることすら叶わないだろう。



ただ待ち続ける。

俺には、やがて静かに歩いていく鶴瀬さんの足音を聞くことしかできなかった。

卑怯な俺は、ただ逃げることだけを選んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ