14 二度目の
もう新学期が始まったというのに、俺と征の関係性は何も変わらなかった。
屋上で、俺はゲームする征に話しかける。
「なあ征、どうしたら鶴瀬さんに告白できるのかな」
「お前……懲りないなぁ。あんだけこっぴどくやられておいて」
「違う違う。友達になってください、だよ」
「……お前って、バカなんだか、正直なんだかわかんねえよ」
ゲーム機から平和そうなbgmが流れている。
おそらく日常パートでもやっているのだろう。
いつもお前は何してんだ。
「なんのゲームだよ」
「逆説的征服ストレンジャー。逆スト」
知らないゲームだった。
面白いのか?ずっとゲームやってるけど、一体何の基準でゲーム選んでるんだ、こいつは。
「逆スト?聞いたことないな」
「まあマイナーだし。選択肢ミスるとすぐ死ぬし、ルート分岐は理不尽だし、オタク向け」
「なんでそんなのやってんだよ……」
征は口を開いて、何かを言いかけてから、少し考えて、言った。
「お前と違って、俺は現実に期待してないからな」
そう言って征は肩をすくめる。屋上の柵にもたれながら、ゲーム機の音量を少しだけ下げる征。
よくわからない。
「で、本気で友達になってくださいなんて告白する気か?」
「……うん。なんか、あの時より話しやすくなった気がするし」
最近は鶴瀬さんに話しかけられることも増えた。
笑顔を向けられることも、少しならある。
でも。
「お前が勝手にそう思ってるだけじゃねえの?」
「……それは、そう」
多分、そうだ。
征はため息をついたあと、ちらりとこちらを見る。
それは馬鹿にすると言うよりは、心配するような調子で。
「でもまあ……一回振られたあとで友達になってくださいは、逆にハードル高いぞ」
「なんでだよ」
「そりゃ……お前の未練が丸わかりだからだよ。鶴瀬さんも気を遣うだろ」
胸がちくりとする。確かに、その通りかもしれない。
ダメだな、俺は。好きな気持ちはおいておくって決めたのに。
でも。
「せっかく気合い入れて友達になりたい旨を綴った手紙を綴ってきたのに」
俺はカバンから手紙を取り出して征に見せる。
「はいアウト。重たすぎだっつの。お前は気持ちが先行しすぎなんだよ。これは没収です」
征に手紙を取り上げられる。まあ、出すつもりもなかったしいいけど。
白い便箋が征に奪われる。
「中見てもいいよな?」
「別に大したこと書いてねえよ」
征は俺の手紙を開封し、数秒で読み切った。
「んー、乙女チック。丁寧だな。相手がアレだし、告白する前だったら良かったかもしれん」
早いな。
あと、鶴瀬さんが優しさの塊であることをアレと言うな。
「でも今はダメでーす」
征は手紙をポケットに仕舞う。
「重い。しつこい。気色悪い。大人しく勉強でもしとけ」
救いとかないのか?
悲しみの視線を向ける俺に、征は言う。
「……お前のこと、全部貶すわけじゃない。お前にもいいところはあるよ。だから、それが伝わるまで待った方がいい。受け入れるかどうか決めるのは、鶴瀬さんなんだから」
征は少し言いすぎたと思ったのか、ないよりマシなフォローを入れた。
「お前はいいよな、ルックスも良くて、身長も高くて、頭もいいんだから」
「……それでも、できないことはあるもんだぜ、相棒」
嘘つけ。お前にできないことなんてないだろ。
勉強してるとことか見たことないのに成績いいし。
あるとしたら、何だろうな。
征は俺の肩を叩く。
なんだよ、どういうこと?
「俺からしたら、コイントスで全部決められるお前の方が羨ましいよ」
「決められてねえよ!」
裏が出たのに鶴瀬さんを追いかけているんだから。
征がゲームから目を離し、俺の肩を叩く。
「まあ、友達はいつか、自然になれるだろ」
俺は焦って仕方なかったけど、征の言うことが多分正しいことも分かっていた。
「……待つか」
鶴瀬さんとの関係は、完全に断絶したわけではないものの、まだ距離がある。
征は俺に3本の指を立てて言う。
「まあ、三ヶ月。せめて体育祭くらいまでには、話せるようになれればいいな」
体育祭って、あと三ヶ月か。
できるだろうか、俺に。
「できると思うか?」
「お前一人なら、成功確率は5 %ってとこかな」
そうか。
俺は、征を見る。
俺にはお前がいるから。
「それなら、お前となら?」
征は含んだような笑みをこぼした。
「良くて、三割」
現実的だな。
「あの人と話せる可能性が三割もあるなら、頑張るぞ」
「頑張らなくていい。ただ、良好な関係を築いてくれ。お前が自爆する確率が七割だ」
征は釘を刺すように俺に忠告した。
「そんなに?」
そう思った。
空はどこまでも青く澄み渡っている。
オワコンな俺でも、鶴瀬さんと話せる日が来るのだろうか?
淡い期待と、いつも変わらない征の姿だけが希望だった。
★ ★ ★
それからの一ヶ月。
俺は勉強をしながら、鶴瀬さんとできるだけ関係を維持することだけを考えた。
特別話すわけでもない、仲良くするわけでもない、ただ、席が隣なだけ。
そう割り切ることにして、変わらず鶴瀬さんと少しだけ距離を置いたまま。
そんな日常が過ぎていく。
同じバスに乗って学校に向かい、ずっとその背中を追いかけながら登校し、話しかけることなく授業が終わり、図書館の違う席で勉強して、学校が終わる時間に帰る。
一見して平和だが、中間試験との戦いや小テスト、課題に忙殺されて割と忙しい。
征もなんだか学外活動が忙しいみたいで、あまり会わない期間ができていた。
人間、意外と慣れれば平気なもので、毎日の居残り勉強も大して辛くなくなる。
成績は目に見えては上がらない。付け焼き刃なんてなんてそんなもんだ。
もう積極的には行けない。でも。
気をつけていても、ぼーっとしているとつい声を耳で追ってしまう。
バカだなと思う。くだらないと思う。
なんだかそれはそれで辛くなって、ずっと自問自答を繰り返していた。
ある日の放課後だった。
五月の終わり。曇り空が少しだけ浮かない気持ちにさせる。
俺は図書館での自習を終えて、とりあえず教室に戻ろうとした時。
校舎裏の方から、誰かの話す声がした。
「鶴瀬さん」
男子の声だ。
俺はそれを聞いて、心臓を悪魔に握られたように体の隅々が冷えていくのを感じた。
告白か?告白だろう。
男子生徒は誰だろう。聞いたことのない声だ。少なくともクラスメイトではない。
心臓が早鐘を打つ。
「僕と付き合ってよ」
こんな場所にいたくないのに、いるべきじゃないのに、その声から耳を離せない。
自分が心底卑怯な人間のような気がしてくる。
しかし。
「ごめんなさい」
聞いたことのある声。落ち着く声。
それは鶴瀬さんの声だった。
「君の気持ちには応えられないんだ。僕は君のことが好きじゃないから」
安堵と同時に罪悪感が混ざる。
俺は何をしているんだろう。
俺はもう、終わっているのに。
鶴瀬さんとの関係をこれ以上悪くしたくはなかった。
離れなければならない。
俺はその場から離れるために、校舎へ歩き出そうとする。
「え、なんで?」
俺は再び足を止める。
どうやら、男子生徒はそれでもまだ食い下がるようだった。
「いいじゃん。何が不満なの?」
靴音がする。
砂を踏み締めるような乾いた音。
それが何度か続いて、ドシャッと何かが砂の上に落ちるような音がした。
「ちょっと、何するの!?」
「お前、調子乗るなよ、ちょっと外見がいいくらいでさ、僕に恥をかかせやがって」
「やめて!痛い、痛いよ!」
ダメだ。
俺には見て見ぬふりなんてできなかった。
俺は校舎裏へと走った。
……せめて、事情は知らないふりをしよう。
駆けつけた校舎裏では、二人の生徒がもつれ合っていた。
片方は鶴瀬さん。
もう片方は、見たことのない、体操服を着た黒髪の男子生徒だった。
切れ長の目と、高い鼻、短く丁寧に切り揃えられた髪。
なんだか気後れしてしまいそうなくらい格好のついたその容姿に、少しだけ動揺する。
今の俺が、口を出せることなんだろうか。
でも。
そいつは、座り込んで動けない鶴瀬さんの、胸元のペンダントと髪を乱雑に掴んでいる。
それが見えた瞬間、口が勝手に動く。
「おい!何やってるんだ、お前!」
「くっ、誰だよお前……!」
誰?
「うるせぇ!失せな!その人はお前が気安く触っていい人間じゃないんだよ!」
言いながら考える。
俺は、鶴瀬さんのなんなんだろう。
「こっちから願い下げだよ、このアバズレ女!」
男はさすがに二対一だと不利だと思ったのか、捨て台詞を残して走って逃げていった。
男子生徒に地べたに押し付けられていた鶴瀬さん。
髪がくしゃくしゃだ。
「ごめんね。今朝川くん。変なところ、見せちゃったね」
なんで俺に謝るんだろう。
別に鶴瀬さんは何も悪くないのに。
俺は何もされていないのに。
なんだか距離を取られたみたいで少し悲しい。
でも、きっとそれは彼女が大切にしている線なのだ。
俺はそれを踏み越えないようにしなきゃならない。
鶴瀬さんに手を差し出すと、彼女は手を取ってくれた。
そのまま立ち上がり、髪を直しながら笑う。
「ありがとう」
いつもと変わらない彼女を見て思う。
鶴瀬さんは、相変わらず強い人だな。
そう、だから俺は。
あの日と同じ、その特別さに憧れたんだ。
俺は征の言っていたことを思い出す。
大事なのは良好な関係を維持すること。仲良くなることじゃない。
「うん。何事もなくて、よかった」
俺は踵を返す。
俺は、ただのクラスメイトだ。
でもいつか、この人の友達と言える日が来たなら。
そんな日が来たなら、いいと思う。




