12 進級
春期休暇を明け、まだ休み足りない様子の生徒たちが登校してくる。
そんな中で、俺と征は高校の壁に貼られたクラス替えポスターを黙って眺めていた。
「そっちにあったか?」
自分とお互いの名前を探す。
「おい、あったぞ、ここだ」
征に言われた方を見る。
ほんとだ。雲外征。
「また今年も別のクラスっぽいな、これは」
今年こそは同じクラスになれるかもしれないと期待していた俺は肩透かしを食らった気分だ。
「まあ、別にクラスが違っても、会いに行けばいいだろ?」
それもそうか。
「お前の名前もあったぜ」
残念ながら、俺と征はとうとう同じクラスになることはなかった。
神様は俺たちのことを混ぜるな危険とでも思っているのだろうか。
「お、でもお前、また一緒じゃね?」
そう言われて俺はまた目を通す。
「本当だ……!」
嬉しすぎて天にも舞い上がる気持ちを抑える。
今年も、鶴瀬さんと同じクラスだ……!
神よ、全てに感謝します。
「待て、クルミもお前と一緒だ……!」
「え?」
俺の盛り上がっていた気持ちは、急転直下で冷えていく。
「本当だ……」
いたずら好きの運命が、余計なことをしていったとしか思えない。
「ちょっと、全部聞こえてんだけど」
俺と征の間に、無理やりクルミが割り込んでくる。
いつのまに登校していたのか。
「本当にあんたと一緒なのね?」
俺の顔と、貼り付けられたクラス替えのポスターを交互に眺めるクルミ。
なんだよ、俺の顔になんかついてんのか?
そう思ったが、クルミはいきなり満面の笑みで笑い出して俺のことを叩いてきた。
「おっ、よろし、く!、今朝川!」
クルミは俺の肩を無遠慮にバシバシ叩く。痛い、痛いって。
なんでそんなにうれしそうなんだよ怖いな。
「よかったじゃない。私で幸運の帳尻が合って」
突っ込まんぞ、俺は。
クルミは存在をシカトし続ける俺を半目で睨んでくる。
「おい、無視すんなよ」
「今日は学校来てんだな」
「来ない方がいいなら来ないわよ」
「……勝手にすればいいんじゃねえの」
なんでいじめられた側の俺が気を遣ってんだか。
俺はわざとらしく不満そうな顔をしてみせる。
「何そのうざい顔」
「おっとすまねえ。わざとだ」
「ケッ」
クルミはどこか不満げに、しかしふざけた調子で言った。
「相変わらず仲がいいなぁ、お前ら」
征は目が腐ってしまったらしい。別に大して仲は良くない。
「ちょっと、違うでしょ」
クルミがそう言う。
危うくハモるところだったが、俺は無駄に賢しく事前に予知して押し黙る。
「っていうか今朝川、私とメッセ交換してよ」
「やだよ。なんでお前と」
「……別にいいけど。文芸部に入れても上嶋とのカクシツとか色々まだあるし。用事があるときは鬼電するわよ」
それは困るな。
「しょうがねえから、やるよ。俺のアドレス」
俺は適当な紙をちぎってアドレスをメモして渡す。
「やったーアドレスってお前Eメールかよ、しかも学校のやつじゃん」
お手本のような反応。もはや呆れるを通り越して面白いよ、君。
「不満か?」
クルミは何も言わずに渡した紙を眺める。
「まあ、これでもいいか……確認のメール送るから、後で見といてよ」
それだけ言い残すと、渋々といった様子でクルミは足早に教室へ向かっていった。
「……」
征が俺に物言わぬ視線を送る。なんだよ。
「あのさ」
「分かってるよ。でも俺には、まだ無かったことにできない」
別にいいだろ。俺くらい。
あいつが他の誰とどこで何をしようと気にしねえよ。
だから、俺の少しの弱さくらい、許してくれよ。
★ ★ ★
俺が教室に着き、自分の席に座ると、隣から俺に話しかけてくる人がいた。
「また隣だね、よろしく」
「あ、よ、よろしく……」
俺はバカみたいなツキを持っているらしい。
気になるあの娘とずっと隣の席って、運命ってレベルじゃねーよ。
俺は自分の目を疑った。
何度も何度も擦って、確認する。
でも、そこにいるのはやっぱり鶴瀬さんだった。
「ズイちゃん、今年もよろしくね」
「うん!よろしく」
「瑞花ちゃん、私も!」
「あ、よろしくね」
鶴瀬さんの周りにどんどん人だかりができていく。
軽く避難した方が良さそうだ。
俺は荷物だけ置いて自分の座席を離れ、遠巻きに鶴瀬さんを横目で眺めながら、その場を後にした。
こういう時は屋上だ。もしかしたら征もいるかもしれない。
そう思って屋上に出たが、誰もいなかった。
せっかくだしと、金網のそばへ寄って眼下を眺めてみる。
果てしなく青い世界が広がっている。
……平和だ。
そう思いながら、俺はマスター世界史帳を開く。
へえー、俺の今の状況は栄光ある孤立って言うんだな、ためになるなあ。
風が爽やかだ。春の陽気が気持ちいい日。
なんだかこれから始まる一年間は、少しはマシな日々になるかも知れない予感がする。
一年間でできることなんて、実際にはたかが知れていると思うけど。
でも、俺の心の中では、まだ鶴瀬さんの顔がチラついていた。
……バカだな、俺は。そんなことを考えても仕方ないのに。
そのときだった。
ガチャンと、屋上のドアが開く。
誰だろう。
顔を上げると、少しだけ予想外の人物がそこにはいた。
「あ、今朝川」
げっ。
俺はその少女を見咎める。
「なんだ、クルミかよ」
「なんだとは何よ」
俺はシカトを決め込んで、手元の世界史帳に目を落とす。
「ねえ、あんた、こんなところまで来て勉強してるわけ?」
「いいだろ、うるさいな」
プライバシーとかないのか。
俺の方に寄ってきて手元を覗き込んでくるクルミを、俺は手で追い払う。
「ほらほら、あっち行った」
「じゃあ、私はこっち」
そうして、クルミは金網の方へ歩いていく。
まさかお前。
俺は顔を上げる。
だが、クルミは俺と離れたところに座った。
……なんだ。変に心配して損した。
再び俺は手元に視線を戻す。
「ねえ、聞いたわよ」
クルミは金網を見据えていた。
「あんた、鶴瀬さんに告白して、振られたんでしょ」
征……あいつ余計なことを吹き込んだな。
「それがどうした。もう終わったことだろ」
言ってて悲しくなる。
俺はどうやら、それでもまだ引きずっているらしい。
本当にバカバカしい話だけど。
「ざまあないわね、本当に」
「冷やかしなら帰ってくれ……」
今の俺はセンシティブなんだよ。
辛い言葉を自分の中で何度も繰り返してネガティブになってんの。
クルミが俺に歩み寄る。
俺は座ったまま少しだけ後退りするが、壁にぶつかってしまう。
「本当に惨めで、哀れで、元気のないあんたを見てると吐き気がしてくるわ」
クルミは俺の両肩に手を置く。
置くというよりは、半ば掴みかかるような勢いだったが。
「私はあんたの諦めの悪さだけは認めてるんだから、さっさと立ち直りなさい」
「でも、コイントスしちゃってさ。もう、叶わないんだよ」
コイントスの話。
クルミなら分かってくれるだろう。同じ中学だったから。
でも。
「ねえ、本当にあんたのコイントスが、全部なの?」
クルミは訳の分からないことを言う。
当たり前だ。俺にとって、この儀式は外れたことのない指標だ。
「なんでそうなるのかとか、考えたことある?」
……なんでって。
「それは、運命の神様が俺に教えてくれてるんだろ」
クルミは目を瞬かせる。
そうして、意味がわからないとでも言うように、首を傾げた。
「あ、あはははっ!」
クルミの高笑いが、高い空に響き渡る。
「あんた、前から変だと思ってたけど、そんなにぶっ飛んでるって思わなかったわ」
うるさいなあどうせ俺はロマンチストだよ。
っていうかそれどういう意味だよ。
「いいわね、それ。運命の神様が見てくれてるなら、あんたは確かに最強じゃない。諦める理由なんて、どこにもないけど」
「あのなぁ、俺は真面目な話を……」
「どこにそんな馬鹿正直に恋愛をしようとする奴がいるのよ」
……は?
「好きなら諦めんな!」
クルミは俺に顔を近づける。額がぶつかりそうだ。
彼女の目が大きく見える。このまま吸い込まれてしまうのではないかと不安になるくらいに。
「あんたが自分を変に悔いたり、自分を砕いたりする必要なんてないのよ。それは行き過ぎなの。いつもみたいに、変わらないあんたが一番、そうよね?」
「いつもみたいって……俺、お前と仲良かったっけ?」
「どうでもいいでしょ、そんなこと」
「なんだよそれ……」
俺にはその不器用なくらいの優しさが伝わった。
こいつは俺を励ましにきてくれたのか。
「いやにリアリティのある言葉だな」
「私の実体験よ。私みたいになってほしくないから」
その正直すぎる言葉が、どこか胸の深くを突き刺す。
俺は、どうしたいのか。
クルミにそう聞かれている。
そんな気がした。
「私は別にいいけど。あんたが綺麗事並べてる間に、青春は終わるけど、それでもいいのね?」
クルミは俺をまっすぐに見据える。
俺は。
ページを捲る。
それでも、少しでも追いつきたい。
俺には海外なんて無理な気はする、ついて行きたいというのも憚られるけどな。
でも、今は純粋にただ、前に進みたいと思う。
そっか。
告白に失敗した時、俺は終わったと思っていた。
でも、まだ全部終わったわけじゃないんだな。
あと一年。
あと一年だ。
「……俺は、俺のままでいいんだよな」
俺は涙を流す。
自分の中で、何かが腑に落ちた。
好きという気持ちだけ、今はおいておこう。
もう一度、鶴瀬さんと友達になるんだ。
だから、今度は。
やっと前に進める気がする。
決めた。
やれることはやろう。
コイントスは裏だったから、もう叶わないとは思うけど。
叶わないなら、叶わないなりの結末だってあるはずだから。
だって、隣に入れるだけで、俺は嬉しいんだから。




