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『わたしたちは、今を生きている』


七々瀬の目から大粒の涙がこぼれる。感情があふれているようだった。


それは、暁希が初めて見る七々瀬の心だったのかもしれない。


七々瀬自身も知らない、氷の奥に揺れる透明な焔のような感情だった。震える手で頬をぬぐっても、涙はブラウスを濡らしてゆく。


「わ、私、あなたがいなくなって……どうしていいかわからなくなって」


七々瀬は震える指先で口元を覆った。


「あなたが消えた時、胸が張り裂けそうで――」


彼女は両手を胸元にきつく押し当てた。


「こんなの、初めてなの……暁希が初めてなの……」


言葉と共に涙がこぼれ、指の間を伝った。


「もしかしたら、これが『恋』なのかな……?」

「私、あなたのことが……暁希のことが好きなのかな?」

「ねえ、教えて?これが好きってことなの?」


震える声が途切れがちに響いていた。


「あなたが居なくなって、もう会えないかもって思ったら――」

「不安で、怖くてたまらなくて……」

「今も、そう思っただけで心が壊れそうなの……」


七々瀬の肩が震え、涙がとめどなく零れ落ちた。


「わからないの、こんなの知らないの……」


「たくさん本を読んで、恋の話も読んだけど、わからないの……」


七々瀬の声は、途切れ途切れに透明な朝へと溶けていく。力なく、暁希の肩にもたれかかる。


暁希は七々瀬の髪を柔らかく撫でると。腕の中でそっと抱き締めた。


「誰か……この気持ちがなんなのか――」

「教えてよ……」


七々瀬は泣きじゃくりながら、続けた。


「わたし、わたしのせいで、あなたと仲の良かった人が、大切な場所が――そんなことになってるなんて、全然知らなくて……」


「謝って許されるとは思ってない。でも、ごめんなさい」


ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返しながら謝り続ける七々瀬。


「七々瀬は悪くないよ、私がやりすぎちゃっただけ」


「ね、私のことを嫌いになっても、構わないから、ね、もう泣かないで」


暁希は七々瀬の背中を優しく撫でながら、自身も涙を流していた。


「私がね、生徒会に入った時のこと覚えてる?」

「ううん、覚えてなくてもいいの」


暁希はもう、その天才的な演技も何もかも、全て脱ぎ去っていた。


「演劇部の事でね、恨み言を言おうと思っていたの」


「でもね、生徒会室であなたを見たの。あなたが一心不乱に書類に向かう姿を見たの」


「私が、部屋に入っても全然気づかなくて」


「やっと顔をあげたと思ったら、見ての通り書類が多くて大変なんだ」


「早速手伝ってもらえると、ありがたいんだけれどって」

「笑いながら、そう言ったのよ」


「夕暮れの中、あなたの髪がカーテンと一緒に揺れていて」


「あの時の光を、七々瀬の笑顔を――永遠の思い出にしようって」


「ああ、なんて綺麗なんだろうって」

「その時、私、一目惚れってあるんだって……」


暁希は震える声で続けた。


「私、あなたのことをいっぺんで好きになってしまったの」


「いろんな舞台を観て、演劇の勉強をしてたけど、恋心なんて――そうだよ、私も七々瀬と一緒。恋なんて全然わからなかったのに」


「暗記して何回も、何回も演じたシェイクスピアの台詞より――」


雪乃はその姿を見て、未来の大女優を思い浮かべてから、首を振った――これは演技ではなく、暁希自身が初めて見せた本物の感情だと。


「暁希が……来てくれた時のこと、ちゃんと覚えてるの。私が、顔を上げたら、あなたがいて」

「随分待たせちゃった、そう思ったのに。あなたは笑ってくれて、それで――」


二人は涙を流し続けていた。


声が嗚咽に変わり、二人はただ泣き続けることしかできなかった。

ふたりの叫びは、重なりながら礼拝堂を満たしてゆく。

七々瀬の叫びが、礼拝堂の壁を震わせた。


「消えないでよ、お願いだから、いなくならないで!」


暁希は、抑えていた全ての感情が、胸の奥から激しくあふれ出した。


「七々瀬、私はここにいるよ……あなたに見てほしかった、ただそれだけなのに……!」



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『清心館の天使』日ノ宮雪乃の肖像

『わたし』如月萌花の肖像

『疑似三つ子』三人の肖像

『美術部の二つ星』二人の肖像

をご覧くださいませ。

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