『消失と出現』
シスターが消失し、志崎暁希が現れていた。
雪乃は目を大きく開き、崩れ落ちそうな七々瀬をそっと抱きとめた。
「暁希……」
七々瀬の唇が小さく震え、その声は喉の奥で掠れた。
懸命に何かを押し殺しているのだろう。震える指先が胸の奥の感情を、かすかに示していた。
そんな七々瀬をゆっくりと座らせると、二人に向かって雪乃は語り始めた。七々瀬はかろうじて、言葉を受け止めようと努めていた。
「トリックはあなたが解いたの?」
暁希は雪乃に問いかけた。
今は、シスターの姿を脱ぎ捨てて、清心館の学生に戻っていた。暁希は髪を指でなぞりつつ、身なりを整えていた。
「この舞台での私は、探偵役……探偵は謎を解くのが仕事ですから」
「暁希さんの脚本を台無しにするような、とんだ三文芝居でしたけれど」
雪乃は小さく吐息を漏らした。その息が微かに白く浮かんだ。
「動機は……私が話したほうが……いいんだろうな」
「そりゃそうか」
暁希は軽く肩をすくめて笑みを見せた。
泣き笑いする道化のように。
「この話はね、七々瀬がほんのちょっとでも私の事を――」
「せめて、交友関係だけでも把握していれば、すぐに解決していたわ」
「寄宿の二人にも、七々瀬から直接訊かれたら真相を伝えるように頼んでいたの」
「もちろんシスターもね」
「暁希はどこって」
「ただそれだけ訊いてくれていたら」
暁希はまだ役が抜けきっていない、舞台女優のような身振りと声で続けた。
「事の発端は、中等部のころの演劇部と奇術部」
「廃部の原因、七々瀬はきっと、知らなかったよね」
「どんな子達が、どんな思いを持っていたか考えたことある?」
礼拝堂の通路を行くあてもなく、さまよい歩きながら話を紡いでいった。迷子の子供のようだった。
「さっき雪乃さんが言っていた、茜と詩織」
「どんな子かも七々瀬はわからないんじゃないかな」
「崇拝も、軽蔑もあなたは興味がない。見る必要がないから」
「七々瀬はね、知らないの。一人一人、それぞれの思いがあるって事を」
「でもね、あなたに復讐がしたいとか、そんなことじゃない」
「私はね。そんなあなたのことが、どうしようもなく好きになっちゃったの」
暁希は舞台の仮面を脱ぎ捨てて、言った。
「好きになっちゃった……」
言葉の中に静かに織り込みながら、暁希は七々瀬への想いを口にした。
「それが今回の事件の動機」
「あなたにとって私は『見えない人』だった」
「ただ、あなただけに見て欲しかったのに」
「そんなことを考えてたらね」
「だったら私が見えなくなったら、世界から消えてしまったら」
「七々瀬はどう思うんだろう?どうなるんだろう、って思ったの」
朝靄が立ち込めるような、静謐な憂いを湛えた声だった。
「それで今回、いろいろな人を巻き込んでこんな事を起こしてしまった」
「ごめん……なさい」
眼鏡の奥で瞳が水面のように揺らいでいた。




