『悪戯なチョコレート』
重い前髪の下から、密やかに鋭い視線が突き刺さる。
口を開いた瞬間から、敵意としか言いようのない刺すような空気が伝わってくる。
「こちら……加藤――」
茉莉花の紹介を、押しのけるように話し始めた。
「茜とは親友だったのに、支倉さんのせいで、部はバラバラになっちゃった」
茜が去った方向を、名残惜しそうに見ながら言った。
「最近やっと前みたいに話せるようになってきたけど……まだ仲直りできない子達もいるの。あの子――支倉七々瀬のせいで」
無駄話を避けるように、一気に話を終えた。
さきほどまでとは真逆の評価。
雪乃の考えこむ顔を見て、
「そうなんです、七々瀬さんってこういうふうに人によって評価が分かれるの。不思議なんですけど」
茉莉花が耳打ちした。
「もともと私たちの奇術部はね。ショー的なものよりは創作トリックを作って研究していく部活だったの。みんなでいろいろ考えてね。和気藹々《わきあいあい》とやってたんだ――」
「それをあの子が全部ダメにしたの」
「茜みたいに、心酔しちゃった子も多かったけどね。それまでずっと仲が良かったのに、私たちの居場所を真っ二つに割ったの」
「暁希さんは?」
雪乃はさりげなく、尋ねるべきことだけを会話の隙間に差し込んでゆく。
「あの子も支倉さんに唆されてしまったのよ。茜から聞いた?あの子は元々演劇部で、そっちでもきっと、支倉は何かやらかしたのよ」
七々瀬さんも随分な言われようね、雪乃はそんな事を考える。
「奇術部が廃部になってから、半年くらいで演劇部もなくなっちゃった」
「演劇部が最近復活したと言う噂を聞いたことは?」
「いえ、知らないわ」
「そうですか、ありがとうございます」
名前を名乗ることもせずに立ち上がって自室へと引き上げていった。可愛いうさぎのスリッパが妙に印象に残った。茉莉花があの人は加藤詩織さんだと教えてくれた。
これからどうするか雪乃が考えていた矢先に、二年生二人に声をかけられた。
「私たちは暁希と結構仲がいいんだけど」
「あの子に何かあったの?ちょっと聞こえてきちゃって」
「ごめんね」
「盗み聞きする気はなかったんだけど」
その声の中には、どこか揶揄うような響きがあった。薄く笑う表情を見て、なんだか気に入らないな、雪乃はそう思った。
「雪乃さん、いまさら中等部の頃の話を聞いて回っているんだって?」
「何を聞きたいの?」
「そうですね……実は何を聞きたいのか、まだ自分でもはっきりしないんです」
「けれど、暁希さんの消失については……」
「もう全て、わかっていますよ?」
二人の上級生が動揺した。
「なので……よかったら世間話をしませんか?」
雪乃はチョコレートを、行儀悪く口に放り込むと、意地悪な微笑みで切り返した。
幕間が終わろうとしていた。




