『空の花瓶と光さす庭』
「……えっと、どこまで話しましたっけ?」
朝の出来事を、ひとつひとつ思い出しながら、わたしは口を開いた。
「あ、そうだ。おばあちゃんの家に上がることになって。玄関を開けたら、いつもきれいなのに、今日はけっこう散らかってて……」
「それなのに花瓶だけが、全て空で……」
窓から見える満開の薔薇と対照的に荒れた室内。空の花瓶がもたらす違和感が急に思い出された。
「変、ですかね……あれ?」
教室を後にする時のケイとのやり取りが、暗い影の様に脳裏をよぎった。
「何が変だと思ったの?」
わたしの言葉に、先輩の瞳がきらりと輝いた。
「先輩が推理ゲームなんて言うから……そういう気分になってるだけかもですけど」
冗談めいた文句を口にする。
「お庭で薔薇を摘んでいたから、わたしに花束をくれたんですよね?学校中の花瓶全部に生けても、余るくらいの量ですよ?」
「友達からは妖怪『目隠れバラ女』なんて言われちゃう始末で」
わたしは片目を完全に前髪で隠してみせた。
先輩はよほど面白かったのか、声にこそ出さないが、笑いを堪えた肩が震えている。
「そんな大きな花束をくれるなら、その時、花瓶にも生けますよね……?」
先輩の笑顔が静かに消えていった。
「家中の花瓶が空なのは、今回が初めて?」
その表情に胸を打たれたわたしは記憶をたどりながら答える。
「そうですね……初めてです。花瓶も一つや二つじゃなくて……玄関やリビング、キッチンにも、たくさんあるんですよ」
「それが全部、空だったんです」
わたしは視線を落とし、記憶を辿ってから言った。
「庭にお花がない季節でも切り花がきれいでしたよ。本当は買った花よりお庭の子が一番なんだけど、そんな話を何度も聞かされました」
思わず、身振り手振りを交えて話続けてしまった。
そっと手をスカートの上に揃える。
「なのに今日は花瓶が全て空で、不思議だなって。昨日までに花瓶を片付けて、新しい花を生けなかった……でも、なぜそんなことを?」
先輩はわたしの言葉を引き取った。
「人に持っていく分はあるのに、お家には飾らない理由……」
雪乃先輩は窓の外を見つめる。
「例えば、何日かお家を空ける予定があったから?」
先輩は思ったより普通のことを穏やかに言った。わたしは頷いたが知らず知らず、名探偵としての意見を求めていた自分に気づく。事件なんてないと言ったのは、自分だったのに。
家の中に、薔薇を置きたくない理由があるとしたら、何故だろうか?答えのない答えを探しながら、窓の外で影が揺れるのを感じた。
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