『第二の消失』
雪乃は空白の輪郭を赤鉛筆で正確にとらえた。
七々瀬は鉛筆の音に反射的に唇を開き、掠れた声を出した。
「そんな、同好会名簿にもないなんて……」
七々瀬の指先が、名簿の空欄を虚しくなぞった。
「昨日、確かに奇術部の公演を見たのに――?」
そう呟く、七々瀬の肌は青白く、薄い氷のように透けて見えた。自分の言葉に自分自身が戸惑い、その後の言葉を飲み込んだ。
「なるほど、人だけじゃなくて……部もないなんてね。消えた部活事件かしら」
「面白くなってきた……」
心の中だけで言うにとどめて、雪乃は動揺する七々瀬を優しく促すと、職員室を後にした。
「暁希はどうなったの?」
「私が見た公演、あれはなんだったの?他にも生徒がいたのに……」
「奇術部自体がないなんて――」
二人きりになると、七々瀬は雪乃を静かに問い詰めた。
「いいえ――」
雪乃ははっきりと言った。
「これは、逆なのでしょう」
「奇術部が『存在しない』ということが――名簿には確かに『存在していた』」
雪乃は返し忘れた赤鉛筆をくるり、と回した。
作られた空白をもう一度なぞるように。
雪乃の話を理解した様子もなく、七々瀬は力なく頷いた。これ以上の二人での捜査は無理そうだった。
「中等部時代、奇術部だった人達に聞き取りをしてみます。時間がかかりそうだから、心配はあるだろうけれど。今日は一度帰って」
雪乃は言った。
「そ、そう。わかった」
「今日は帰るね。きっと明日には全て解決して、また、暁希に会えるわよね?ね?」
七々瀬は、冷静さを必死に装っているようだった。
それが出来ていない事にも気づかない様子で。
手渡された連絡先を見ながら雪乃は
「大丈夫、明日には『世は全てこともなし』よ」
もう一度、はっきりと言い切った。
そして渋々ながら帰り支度を済ませた七々瀬を、昇降口まで送り届けるのだった。
秋も深まっていく夕暮れに、七々瀬の後ろ姿が名残惜しそうに何度も振り返った。七々瀬さんも可愛いところがあるのね。少し見直したわ。
雪乃は心の中で呟いた。
それにしても――
消えた少女と消えた奇術部。
まるで舞台の演目のようだと、雪乃は思った。
そして、シェイクスピアの言葉を思い出す。
芝居は人生の映し鏡。
美徳も罪も、世の姿をそっくりそのまま映し出す。
だとすれば、この舞台において自分と七々瀬さんに与えられた役は――
消失した舞台は、
再び静かに幕を上げようとしていた。




