『空白が示すもの』
消えた志崎暁希の痕跡だけが、彼女の存在を示していた。
「さて、みなさん!人体消失は成功しました!いかがでしたでしょうか‼︎」
司会は大げさに驚きながら、続けた。
「先ほどの可憐な女生徒は、再び戻って来れるのでしょうか――」
もったいぶった司会に合わせて、アシスタントの部員が再びリングを持ち上げた。静かな所作で指先からそっと手を離した。
空虚な音を響かせてリングが落ちた。
「おっと、アクシデントのようです。もう一度試してみましょう」
舞台袖へ、合図を送ると観客に語り掛けた。
「もう一度、ご覧ください!」
軽快なドラムロールが緊張を高めた。
部員の指先がリングを離した。
――カラン。
部員たちは舞台袖に視線を送り、目を泳がせた。
「おや、どうしたことでしょうか?……もう一度!」
再度リングが持ち上げられ、リングに縫い付けられた布が、微かな空気の流れで揺れた。
今度のドラムは弱い。観客の拍手も迷いを隠せない。
――カラン、カラン……
一度目よりも乾いた残響が残った。
観客席に微かなざわめきが広がる。
七々瀬は背中に冷たい感覚を覚え、指を無意識に握りしめた。
部員が焦燥を隠せず三度目のリングを持ち上げた。
客席は静まり返り、舞台だけが孤立していた。
ドラムロールは、もはや沈黙に近い震えに変わっていた。
その瞬間――リングの布が空気を抱いて、軌跡を描きながら漂った。七々瀬の喉が、かすかな悲鳴を飲み込んだ。
「……暁希?」
その名が闇に溶け、残ったのはただ消失を告げるリング。




