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『幕は開かれた』


開幕まで、三十秒。


教室の扉が閉じられた。逃げ場などないように。

古い校舎が作り出す音は、監獄を思わせる鈍く低い響き。


ホワイトノイズに続いて、オリーブの首飾りが流れ始めた。マジックショーといえば、これ、という曲だ。

話をしていた生徒たちは、パンフレットを閉じ、前方に目を向けた。こういうベタなのがいいのよね。と七々瀬は頷きながら舞台に集中した。


暗幕の後ろから部長らしき生徒が現れた。


「レディース・エンド・ジェントルメン」


女生徒ばかりの観客に向けて、お決まりの挨拶。


「可憐な乙女の園で、過激なマジックは少し刺激が強すぎるかもしれません――」


「ですが、ご安心を。事前に校内規程に沿った安全チェックは完璧に済ませております!」


「危険はまったくありません!」


観客にウインクを送るような仕草で、司会は茶目っ気を見せた。客席からまばらな拍手が飛んだ。


「まずは二年による剣を呑むマジックからどうぞ!」


全くよどみなく口上をべると司会を進行していった。続けて黒マントを羽織はおった、雰囲気たっぷりな女生徒が現れると、マントの下から小道具のサーベルを取り出す。


この公演はどこまでも定型のマジックショーに従っていくようだ。女生徒は刃を指で弾いたり、紙を切り裂いたりして、その硬さの確認をした。ドラムロールがたっぷり三十秒ほど続き、観客の期待を高めた。


それから、おもむろに顔を上げて剣を口にすべり込ませていく。七々瀬は興奮しながらその技に見入った。


その後も、トランプに書かれた絵が実際に出てくるマジック。続いて上半身と下半身が別々になるもの――

これは斜めから見るとすぐバレてしまうもので、笑いを誘った。そんな女子校の奇術部とは思えない、華麗

な技の数々。


観客の歓声が静かな熱気を帯びていた。


七々瀬にとっては、タネがわかるものばかりなのが、ほんの少しだけ残念だったけれど。

十五分ほどのショーの後、再び部長が現れた。

舞台脇には出演を終えた部員が並んでいる。


「最後の大技には観客の皆さんにもご協力いただきます!」


さて……我は!と思うものは!部長は周りを見渡す。

誰も手をあげない。


「おっと、この栄誉ある、演目に参加したいお客様はいらっしゃらない?」


「では、僭越ながら私が――!」


ドラムロールが止まると同時に暁希を指差した。


暁希は目を見開いて、大袈裟に驚いている。

七々瀬は仕込みの友人を選ぶための招待だったと気づいた。舞台へ上がる刹那、暁希は振り返りざまにウィンクを返した。緞帳から漏れた光が、微かに瞳の奥で揺れた。


「舞台はこれからだよ」


そう告げるように。

暁希は、フラフープの輪に黒い布が縫い付けられた小道具の真ん中に立った。部員が、暁希の足元から手慣れた動作で引き上げた。


一度全身をすっぽりと頭まで隠されたが、暁希の顔がまた現れた。まだ、消失していないことを示すようだった。暁希は、二言三言何かを喋ったが、七々瀬には聞こえなかった。


再び頭の上まで、ゆっくりとリングの布が覆い隠す。

カウントダウンの後、部員がサッと手を離すと、床に落ちるリング。


音の輪郭に、彼女の存在が残る舞台。

けれど、その役者はもうどこにもいなかった。



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『清心館の天使』日ノ宮雪乃の肖像

『わたし』如月萌花の肖像

『疑似三つ子』三人の肖像

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をご覧くださいませ。

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