『文化祭初日――午後二時・開幕時間』
午後二時、奇術の幕が開く。その舞台は整っていた。
「暁希、奇術部がこんな本格的に活動してたんだ?」
心の底から楽しそうな声で七々瀬は問いかけた。
その口調は、好奇心が溢れ出すような声だった。
「私の友人が奇術部を高校で立ち上げたんです」
「どうしても来て欲しいと頼まれちゃって。七々瀬さんと休憩時間が同じでラッキーです」
暁希は楽しそうに手を引き、人混みを抜けていった。
アシンメトリにした淡い青髪が揺れた。
「志崎先輩!」
廊下の向こうから中等部の制服を着た女子生徒が駆け寄ってきた。その声の響きには、演劇部特有の華やかさがあった。
「この前の早着替え、今度は舞台で見たいです!」
「はは。気が向いたらね――今、急いでるから後でね」
「文化祭楽しんで!」
暁希は静かなウィンクを送り、七々瀬の手を再び引いた。
「着きました。さ、早く入りましょう」
七々瀬は教室の飾り付けを見た。
入り口の扉は開かれていたが、暗幕が内部を静かに隠していた。そこにはA4サイズのポップに、大きな文字で奇術部のスケジュールが書かれていた。
『金曜午後二時・テスト公演・招待者のみ』
室内に入ると既に十名ほどの観客が座っていた。
生徒会役員が来ると知らされていたのだろうか、最前列が二席空いたままだ。映画館に遅れて入った時のように、腰を屈めて席につく二人。
音もなく近づいた奇術部員が、公演プログラムを手渡してくれた。室内は全て消灯されており、ステージらしさを出すためだろう、教卓付近を一段高く設えていた。
その両脇の机にも黒い布がかかっている。そこに乗せられた燭台のキャンドルが柔らかな光を放っていた。
暁希は先程までの楽しげな様子から一転、緊張した面持ちだった。やはり友人が出演するからだろうか。
「私もマジックの知識があるんだけれど、実演を見るのは久しぶりでね」
「とても楽しみ」
生徒会役員らしからぬ、幼さが漂っていた。
笑いながら七々瀬はプログラムの演目について暁希に話し続けた。それから、不意に思い出したようで
「そういえば、中等部に奇術部があったわよね」
「ねえ?覚えてる?」
「私、昔は奇術部のお手伝いしてたんですよ」
「え、そうなの?結構レベル高かったのに、部は解散しちゃったよね?なんでかな?」
「いろいろあったんですよ。ほら、もう始まりますよ」
困り顔の暁希が開演の気配を感じてか、早口に告げた。
七々瀬は腕時計を何度も確認する。
開幕のベルが響くまであと一分――
彼女が舞台から消えるまで、残された時間は、僅かだった。




