『真相、そして』
「結論から言うと」
先輩のその一言で、張り詰めていた空気がふっと動き出した。
「ゲームアプリを隠れ蓑にした、組織的な犯罪が一斉検挙されました」
雪乃先輩は深々と頭を下げてお礼を言った。
十一月も下旬に入った頃、前回と同じメンバーが司書室に集まっていた。かなえさんは、何度も頭を下げていた。
秋風が真実を運んできた。鮮やかな色を帯びた驚くべき真相を。
かなえさんは目元を指先でやわらかく拭った。
それは、事件が解決したことへの喜びと安心のせいだろうか。
それとも――わたしはその理由を、心の奥にしまっておくことにした。
「じゃあ、やっぱり密輸の取引があったということですよね?」
かなえさんの表情が確信に変わった。
「かなえさん、あなたが心配していた『レプタイル・ワールド』は、まったく問題のないお店でした」
雪乃先輩は、どこか申し訳なさそうにそう伝えた。
「でも、私が聞いた話は――」
かなえさんが思わず言葉を挟んだ。
雪乃先輩は静かに頷いた。
「はい、実は希少爬虫類の取引自体が偽装でした」
「かなえさんが聞いた『ピンク』『ゴールドレオパ』という言葉」
「それは、特定の高校への裏口入学。その推薦枠の暗号だったのです」
かなえさんの驚いた表情を、雪乃先輩のやわらかな声が包み込んだ。
「では、改めて整理しましょうね」
雪乃先輩はやわらかく口を開いた。
「まず中央公園です」
「そこは、ゲームアプリを使った推薦枠取引の『第一段階』だったんです」
先輩の声に、かなえさんがかすかに息をのんだのがわかった。
「会話はゲーム内用語と馴染むように擬装されていました」
「合言葉は、単純なものでした。時間と場所」
「特定の曜日に、特定のモンスターを交換するとIDを教えてもらえる」
かなえさんはじっと先輩を見つめ、話を聞いている。
「それがピンクという、ゲームで一番人気のモンスターです」
わたしもメモ帳を確認しながら先輩の話を追ってゆく。
「A=10/B=11/C=12。ゆえにA-30-17は103017(10/30の17時)」
司書室の時計が小さく音を立てる。秒針が均一なリズムを刻む
先輩はそこで話を一旦区切り、かなえさんのために淹れたお茶を差し出した。
ミルクティーの甘くとけるような香りが、心の緊張を解きほぐした。
「それから次に向かうのが、ペットショップ『レプタイル・ワールド』です」
お茶の香りを楽しみながら、先輩が再び口を開く。
「公園で交換したゲームのIDを示しながら、特定のトカゲを購入します」
かなえさんが頷き、真剣に耳を傾けている。
「ピンクトゲトカゲ――本当はそんな名前の種類はいないんです」
「ショップオリジナルの名前だったようです」
雪乃先輩は微かに首を傾け、困ったように笑った。
「安価で流通量の多い種ですが――」
「“超レアモルフ”のPOPを取引の曜日にだけ掲示していたんです。その中に当日の確認用IDを入れていた」
「かなえさんが見たA-30-17のようにね」
先輩の声に、かなえさんがはっと顔を上げた。
「予約引換証も店の様式ではない手書きで、台帳・レシートには商品名以外の痕跡が残らないよう運用されていました」
「店舗自体は取引のために用意された舞台で、法人としての関与は確認されませんでした」
その言葉が終わると、司書室には再び静かな空気が流れた。
雪乃先輩は一つずつ説明をしてゆく。
「ポップを上から何回も貼ったと思われるテープ跡が四隅に残っていたよ」
七々瀬先輩が補足した。かなえさんも納得して話を聞いていた。
「事件の仕組みは明快です。整理しましょう。事件は三段階で進行しました」
①中央公園でのコード交換
②爬虫類店での予約引換証の受け取り
③バーガーショップでのレシート照合後、推薦枠書類の受け渡し
「これらが揃った時にのみ、取引が成立して書類が受け渡される、そんな仕組みでした」
「三点一致で初めて顧客と認定され、どれか一つだけでは証拠になりにくいんです」
「公園で耳にした『色違い』『96』は擬装用のゲーム雑談で、取引番号とは無関係です」
先輩の落ち着いた口調で、かなえさんも肩の力を抜いたようだった。
雪乃先輩は、目を閉じたまま説明を続ける。
「場所を三つに分けたのは、相互照合による身元確認を兼ねて、個々の物証に意味を持たせないためでした」
先輩の声にわたしは無意識に頷き、情報を整理しながら聞いていた。
「バーガーショップで使われていたレジは、任意の文字列を追加印字できるものです」
「手書き票は“B-13-19”のように、“月-日-時”の形式で作成されていました」
ゆっくりと話す先輩の声に、かなえさんが食い入るように耳を傾けている。
「それに対して、レシートのほうは“111319”という、完全に数字だけの6桁表記でした」
七々瀬先輩も、小さく頷きながら先輩の説明に注意を向けている。
「このように媒体ごとに表記方法を変えることで、照合自体を巧妙に偽装していたんです」
先輩の言葉が、重みを帯びて司書室に静かに響いた。
雪乃先輩は言葉を区切り、ひと息ついてから、部屋の空気を解きほぐす口調で続けた。
「レシートへの数字は取引当日だけ追加され、それ以外の日には印字されません」
「だから通常の営業日には、レシートに不自然な痕跡が残りにくかったのです」
その説明に、かなえさんが小さく息を呑む。
「古いPOSシステムを使っている店で、しかも学習塾からアクセスしやすい場所が選ばれました」
先輩の視線がゆっくりとみんなを見渡した。
その声に、司書室の空気が再び静かな重みを帯びていた。
雪乃先輩はゆっくりと口を閉じた。
「バーガーショップで聞こえた“ヒトカリ”は『顧客集め』“ゴールド”は『上位提携校』“素材”は『願書・調査書・活動証明などの必要書類』を指す隠語であると、供述で判明しました」
「ここでも会話はゲーム談義として行われていました。こちらは犯行一味の暗号だったようです」
暁希先輩が手元のメモを見ながら補足してくれた。
聞き取りや推理の書き込みが、所狭しと書き込まれている。
「ペットショップとバーガー店の店員の中に、特定曜日だけシフトに入る『店長代理』がいたんです。その人物が推薦枠の書類を受け渡していました」
「バーガーショップの方は、取引の曜日は二階への顧客動線も管理していたようです。かなえさんは初めての外食で、気づかずに上がっていってしまった」
副会長は手帳を指でなぞりながら言った。
「まさか、二階に行くな、なんて言えませんからね」
「どちらも小さいお店です。とても働き者の店員で店を任せられる、そうほめていたのが印象的でした」
雪乃先輩が小さく頷いて続けた。
先輩はそこで一瞬言葉を止め、かなえさんを真っ直ぐに見つめた。
「かなえさん、あなたが二つのお店を訪ねたのは、『十月三十日』だった。それが解決の重要な手掛かりとなったのです」
雪乃先輩が穏やかに微笑むと、かなえさんは慌てたように目を瞬いた。
「わ、私こそ……皆さんのおかげです。ありがとうございます」
彼女は頬を赤らめ、嬉しそうに微笑んだ。
先輩の口調が一層穏やかになる。
「塾講師は『絶対に見抜かれない』という自信から、あえてペットショップの住所と日付を揃えていたと話していたそうです。それが結果的に裏目に出たのだと」
「富裕層が絡んだ犯罪だからこそ、高齢者が多かったんです。それゆえに、アプリは最小限、手書きや対面、直接的な方法をあえて使った――しかも三点経由の複雑さ。ログが残りにくく、隠蔽しやすかったのでしょうね」
「細かい部分は私と暁希が頑張ったんだよ」
「ハンバーガーもいっぱい食べたしね」
「……そろそろダイエットしなきゃ、かな?」
会長の相槌で、室内が笑みに満たされた。
確かにゲームキャラとレアな爬虫類の値段。
その両方に詳しい人間は、清心館でもこの人だけかもしれない。
「お二人がいなければ解けなかったと思います」
雪乃先輩は二人をねぎらった。
七々瀬先輩が一言付け加えた。
「よく考えたら、モンGOのピンクもそれほどレアじゃないし、爬虫類のモルフも……」
「はいはい、会長そこまでです。あとで私たちは反省会ですよ」
室内に笑い声が広がった。
けれど、なぜか胸にはまだ小さな痛みが滲んでいる。
わたしは足元を見た。
自分がどれだけ役に立てたのだろう――そう考えると不安になり、ロザリオを握る手に力が入る。
そのひんやりとした感触が、少しだけ自分の心を試しているように感じた。
でも、この痛みがわたしを前に進めてくれると信じたかった。事件は解決したけれど、まだ踏み出せていない自分に小さな勇気をくれたんだって。
窓辺で揺れるカーテンの影が、静かにわたしを促すようだった。また前髪に触れようとした指を握った。
いつか、堂々と先輩の隣に立てるように。
そのために、もう一歩だけ進もう。今はそう思えるようになっていた。




