表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/68

『勇気を出して』


「さて、どうでしょうか、皆さんのご意見を伺いたいです」


雪乃先輩はわたしたち、ひとりひとりの顔をしっかり見つめてからそう言った。

その口調の裏に、先輩の静かな決意が透けて見えた。


「あれは位置情報ゲームのコミュニティの話じゃないかな?」


七々瀬先輩は腕組みをしながらそう結論付けた。


「モンGOかハンターNOWだよ」

「彼女には心から申し訳ないというか――」

「むしろ何事もなくてよかったと、言うべきかもだけど」


「初めは、この町が深刻な犯罪に汚染されているのかと、身構えちゃいましたが」


暁希先輩はかなえさんの心配に寄り添いながら、会長に同調する。


「ピンクはモンGOで一番人気のモンスターだし、色レアも96もゲーム内用語だし」


「プレイの年齢層も高いしね。孫のためにレアモンスター交換。よくある話だよ」


「バーガー店の『ヒトカリ』もハンターNOWのキャッチコピーだったし」


「もちろん、ペットショップとか、いくつか気になる点がないとは言えないけれど」


「1030ですか?」


わたしは聞いた。


「そうだね。偶然の一致じゃないかと思うな」


「もしゲームじゃないとしても、大規模な転売や社会問題の範囲内だよ」

「ほら、店頭でこの商品を買ってくれる人を募集。そんな話が多いでしょ?」


会長は持ち前の知識で補足した。


「しかも彼女が聞いた話だけではどうもね」


雪乃先輩はわたしをじっと見つめ、一瞬の沈黙のあと問いかけた。


「萌花ちゃんはどう思う?」


「正直……全然わかりません。お二人の言うことが正しいのかも……」


「で、でもですね」


七々瀬先輩と暁希先輩の二人は、どうやったらうまく伝えられるか。その事に夢中で、わたしの話の続きを聞いてくれない。


かなえさんの事を心から心配しているのだろう、顔を寄せ合って頭を悩ませている。今は心情に寄り添うか、情報だけを伝えるかで話し合っている。

二人の議論は、徐々に白熱しているようだ。


「あのですね、ちょ、ちょっとだけよろししいですか」


三人がわたしをじっと見つめた。


「もう……少しだけ、かなえさんの話を検討してあげるのはどうでしょうか?」


「いやいや萌花さん、流石にこれは無理があるんじゃないか?」


「通報を検討するにしても、情報が足りな過ぎるよ」


七々瀬先輩は仕方ない子ね、という表情でわたしを見つめた。


「証拠集めとか、手伝います。わたし公園で張り込みだってしますから」


雪乃先輩はわたしの言葉を待っていたように微笑んだ。


その笑顔に勇気をもらって続けた。


「気になっているのは、事件そのものより、かなえさん自身の事なんです」


「雪乃先輩も会長さん達も、皆さん得難えがたい才能を持っていますよね」


「かなえさんも、わたしなんか比べ物にならないんだと思います」


「それでも、誰でも一度は、ただの学生だ、女の子だということで話を聞いてもらえなかった」

「そんな軽んじられた事ってあるんじゃないでしょうか?」


わたしの一言で、沈黙が場を支配した。


こんなにも、自分の言葉が不思議な響きを持った事が

あっただろうか?


七々瀬先輩と暁希先輩の視線まで、わたしに集中する。今、世界の中心が、急にわたしになってしまったようで――


鼓動が体から溢れ出しそうだ。

わたしはそっとロザリオを持った手を胸に当てた。


「もかちゃん、わたし、あなたのそう言うところが好きよ」


雪乃先輩が微笑んだ。


「誰だって、生まれは選べない。でも自分がどう生きるかは選べる」


「かなえさんは今日、ここに来ることを選んだ」


「その選択を尊重してあげたいのです」


なんだか雪乃先輩は、自分自身に向かって言い聞かせているようだった。


「私からもお願いします。あの子のお話……わたしたちだけは真剣に考えてあげませんか」


「かなえさんの――萌花さんの望み通りに」

「その上で、杞憂だと言うことがはっきりしたなら、そのようにお伝えしましょう」


「それでどうですか?みなさん」


先輩は深々と頭を下げた。


「私と暁希は雪乃に恩があるから、そこまで言われたら断れないな」


会長は肩をすくめてそう言った。けれどその瞳は深く輝いていた。


「現場は私と暁希で回る」

七々瀬先輩が立ち上がった。

「絶対に見逃さないようにします」


暁希先輩も元気いっぱいに言った。


「萌花ちゃんに証拠集めを手伝ってもらえたら心強いけれど、今回は雪乃の助手としてここで記録整理をしてもらおうかな」


わたしは強く頷いた。


「ところで……実地調査費は生徒会予算から、出るのかな?」


七々瀬先輩がお財布の中を確認する。


「ハンバーガー代は出ませんよ!」


七々瀬さんと暁希さんの冗談にみんなが笑った。


「萌花ちゃん、メモをもう一度読んでくれる?」


雪乃先輩は前髪を整えながら、わたしに笑いかけた。


「もちろんです!」


こうして、わたしたち四人の真剣で本気の調査が始まった。


わたしが踏み出した一歩が、こうして広がることがうれしかった。


それは、わたしの世界を変えていくような、そんな出来事だった


最初の調査はかなえさんの訪問後すぐ、十一月六日に始まった。現場主義の二人はしっかりと、三か所の調査に入ってくれた。


公園では、演劇部の屋外練習を口実に、部員総出で僅かな異変も見逃さないように。


爬虫類専門店では、ポップを何度も張り替えた痕を発見してくれた。この事実で、掲示が取引当日だけと推論が立った。


ハンバーガーショップのレシートに“1106”から始まる日付の印字はなかった。その印が“ない”ということが逆に当日のチェックを可能にしてくれた。


最後にどちらの店舗も“特定の曜日”に“特定の店員”が店長代理としてシフトに入ることまで調べ上げてくれた。


その日、十一月六日から次の週までに得られたのは、公園の口頭での合言葉“B1319”だけだった。


レシート印字やID掲示は一切なく、逆に“当日にしか出ない”条件がはっきりした。


コードの意味は、“A3017”の時はメモによると103017。


A=10つまり、十月三十日の十七時、コードは日付と時刻を繋いだものだと雪乃先輩は推理した。

つまりB1319……次の取引はB=11。


1319は13日の19時……十一月十三日十九時。


わたしたちの照準はそこに合わせることになった。


翌週――十一月十三日、十九時。


暁希先輩は万一に備えて一週間、野外練習を延長してくれた。七々瀬先輩と暁希先輩の調査は微に入り細を穿つものだった。


わたしたちは再び同じ手順で調査を開始した。


爬虫類店では、お客が手書きの「予約引換証」を受け取っていた。そこには“B-13-19”と記されていた。


バーガー店では、その引換証を提示すると“111319”のコードが印字されたレシートが渡されている。


この日もレジに立つのは、店長代理として働くあの店員だけだった。


そして、レシートを受け取る客は、聞いていた通りの年齢層の客ばかりだった。


かなえさんの言う通り、犯罪行為がおこなわれていたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イラストがあるほうが想像がはかどる方はぜひ
活動報告の

『清心館の天使』日ノ宮雪乃の肖像

『わたし』如月萌花の肖像

『疑似三つ子』三人の肖像

『美術部の二つ星』二人の肖像

をご覧くださいませ。

ブクマ・ポイント評価お願いしまします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ