『探偵の証明』
「ありがとうございます。大変よくわかりました」
微笑む先輩の目がきらめいた。
「お話を検証したいのですが。まずは私自身の証明から」
「推理をお見せしましょう」
探偵の微笑みが部屋を満たすと、わたしの心はまたひとつ奪われた。
「まずはあなたご自身について」
かなえさんは不安げに視線を揺らした。
会長と副会長は、何も言わずに見守っていた。
雪乃先輩の力をすでに知っているのだろうか?
先輩はわたしに目くばせした。
これが赤髪連盟なら……先輩が求めているのは、できる限り観察すること……
隣に立つ、そう決めたから、こうやって機会をくれるのは嬉しい。
物語に倣って、目の前にある事実を見ることにした。
髪は高い位置で結っている。
身長は女性としては高め。
顔だけが浅く日焼けしている。
制服から覗く、肌は透き通る白さ。
左右の手首には、薄くアザが浮き出ている。
彼女が動くたび、鍛えられた肩がかすかに揺れた。
部活の自主練で公園にと言っていた。
吹奏楽や美術部の可能性もあるけれど、この鍛え方は運動部に見えた。
口ぶりや雰囲気から、おそらくは武道系だろう。
わたしに見て取れたのはそこまでだった。
バッグには、よくわからないマスコットがひとつ揺れている。
「先輩は何かわかりますか?」
素直に聞いてみる。
「ふふっ、萌花さん、私にわかるのは目の前にある明白な事実だけです」
先輩は笑った。
「たとえば、部活は剣道」
「噂の新人はあなたでしょう。けれど、最近は苦労している。実家は道場で、教育にかなり厳しい」
「あとはそうですね」
「ハンバーガーを最近食べたこと。それくらいです」
かなえさんは驚いて腰を浮かせた。
傾いたカップを、わたしは慌てて支えた。
彼女はそのまま固まったように、
まじまじと雪乃先輩を見つめている。
「私は……確かに剣道部に所属しています」
「中学では全国にも行ったんですが、清心館は強い人が多くてなかなか勝てないんです」
「実家が剣道場というのも事実です」
「全部当たっています。でもどうして……?」
わたしとかなえさんは目を見合わせた。
「髪を高く結っているから運動部、そんな曖昧な理由ではないですよ」
雪乃先輩は悪戯っぽく、わたしたちを見てそう告げた。
「まず、鍛えられた体。顔だけの浅い日焼け跡。髪型は注意して見ると、首の付け根にもう一つ結び跡があります。陸上や水泳は、手足も日焼けしますから除外」
先輩は、一口お茶を味わってから続けた。
「髪を結う位置が変わるのがヒントです。頭に何か被る部活」
「つまり剣道です」
「自主練は、肌が出ない服なのでしょう」
かなえさんは恥ずかしそうに、太ももとポニーテールに両手を添えた。
「なかなか勝てないって部分はどうなんですか?」
わたしは先輩の鋭い観察眼を学ぶため、敢えて細かな部分を尋ねてみた。
「それはね、手首アザがヒントなの」
かなえさんがカップを持ち直すと、袖口から左手首のアザがのぞいた。
「剣道では右前で剣を構えますから、右の小手が打たれます」
「にも関わらず、左にもアザがある、部活では苦労している証拠です」
「ご実家が道場というのも、ここからわかります」
わたしの疑問を先回りするようにそう言った。
「逆小手、左の小手が有効になるのは上段と八双、あとは二つの構えだけ。あってますか?」
当然の確認、と言った口ぶりで先輩は問いかけた。
「はい、そうです」
かなえさんは短く答えると、左手首を擦りつつ先輩の話を待った。
「中学の剣道部は、中段の構えだけを習います」
「それなのに、高一で逆小手を打たれる。つまり外部の道場に通っているということ」
「ハンバーガーとお家が厳しいってことも」
わたしは、流石にそれは当てずっぽうだろうと思って聞いた。
先輩はわたしを見つめてゆっくり首を振り、ふわりと微笑を浮かべた。
「そのマスコット、先日コラボしてましたよね」
「学習塾の隣の、レトロな雰囲気のお店で」
「少し古い作品ですし、かなえさんのような真面目な方には珍しいと思いました」
「実家が道場なら、子供の頃、観られる番組も限られていたでしょう?」
「すべて、雪乃さんのおっしゃるとおりです」
かなえさんは、四角くて黄色いキャラのマスコットを愛おしそうに撫で続ける。
「雪乃さんの推理力……?は分かりました」
「でも、私のことはいいんです……」
かなえさんは、本来の目的を思い出したように話し出した。
「相談はそのバーガーショップでのことも、関係しているんです。私たちの街に、犯罪が蔓延しているんです」
「それは、穏やかじゃないですね」
「改めて、その話も聞かせてもらいましょうか」
「かなえさん、そのお茶はリラックス効果がありますから、是非ここでは寛いでお話をしてくださいね」
「満月《PleineLune》っていう、アーモンドとスパイスに、はちみつが入ったフレーバーティーなの」
雪乃先輩のゆったりとした仕草。
かなえさんは早く続きを聞いてほしい、そんな様子だった。不安そうに手首を擦り合わせる。癖のようだった。
味の感想を待ち続ける雪乃先輩に観念したようで、お茶を一口、茶道部のような姿勢で嗜むと話し始めた。
ここまで口を挟まなかった、生徒会の二人も居住まいを正した。時計の秒針が回るフィルム音のように、小さく響いていた。




