エピローグ『名前のない色』
透き通った朝が、美術室とわたしたちをやさしく包んでいた。
夕暮れの赤も遠く、空の青も遠い、それは、名前のない色。
文化祭当日の朝、わたしと雪乃先輩は美術室に招待されていた。
そこには除幕式のさながらに、布が掛けられた二枚の絵。
開け放たれた窓から吹き込んでくる風が、油絵の匂いと混じり合う。
わたしはその景色、その時間を心から美しいと思った。
二人にとってもそれは、新しい一歩だったのだと思う。
二枚の絵はまるで違う個性を持ちながら、双子のように寄り添っていた。
一枚は色が鮮やかに踊り、筆跡にまで息吹を感じる絵だった。
怯えや迷いはなく、ただ世界に愛を囁く輝きが宿っていた。
もう一枚は淡くグレーがかった画面が、遠く、歌っていた。
写実的だけれども、写真では決して伝えきれない、胸の高鳴りを感じさせる一枚。
遠く、歓声が聞こえた。それはわたしの思い込みだろうか?
そうじゃないはずだ。
誰だって、この二枚の絵を見たら――
文化祭が始まろうとしていた。
二人の色が、静かに溶け合った世界を祝福するようにチャイムが鳴った。
その響きは、今日という朝を運んで――
赤りんご青りんご事件〜名前のない色 完




