『破られたラベル――Permanent White(不変の白)』
司書室の古い本とお茶の香りが、どれほど恋しかったか、やっと気づいた。
先輩は鼻歌混じりにカップにお湯を張って温めているところだった。
「遅かったわね」
少し拗ねる様子が愛らしい。
「でも、私も遅れてしまったから、ちょうどいいか」
機嫌はすぐに直ったようで、わたしにはわからない鼻歌を続ける。
喧騒を離れ、普段よりもひときわ落ち着いた二人きりの空間に安らぎを覚えた。
いつかこの場所も思い出になるのだろう。
不意に感傷的な気持ちになってしまう。
久しぶりに会えた先輩に気づかれないように、ロザリオをそっと握った。
「お話って、美術部での嫌がらせの件ですよね?」
「クラスにいる美術部員がぼやいていたんです」
「だからその話なら、ちょっとだけ聞いてます」
わたしは自分の気持ちに蓋をして雪乃先輩に聞いた。
「話が早いね。美術部員全員の絵の具のラベルが、剥がされちゃったらしいのよ」
「部員って何人くらい居るんでしょうか?」
「二十人くらいだって」
「絵の具って一人、十二色ってことはないよね?剥がすだけでもすごく大変そう」
どちらに肩入れしているのやら――器用にラベルを剥がす真似をする指先。
「剥がされた物の代わりに、みんなでラベルを作って貼ったらしいですよ」
「聞けば、古い紙ラベルは経年劣化で端が浮いてたそうです」
「試験休みにやられたんじゃないかって」
「学食で百瀬先輩たちと会ったのはちょうど部活再開の日でしたし」
先輩の仕草に、ちょっと照れながらそう言った。
「やっぱり、面白そうな話。椿姫さんには悪いけれど。このあと時間あるよね?ちょっと行ってみましょうか」
好奇心が抑えられない様子の雪乃先輩。
「学食の時も、そうでしたけど……」
「あまり面白がらないでくださいよ?怒られるの、わたしなんですから」
そう言いながらも、部全体で四百以上はある絵の具に悪戯をするなんて。わたしも興味があるのは確かだった。後で時間があったらもう一度、戻ってきて話を整理することになった。
細く差し込む夕陽が、先輩を照らしていた。光と影が、事件を予感させていた。




