エピローグ『四つ目と五つ目の嘘』
聞きますと言ったものの、あの木を通り過ぎたら聞こう。あの横断歩道を渡ったら聞こう、そう考えているうちに、時間がなくなってしまった。
歩道橋に向かう横断歩道の前で、意を決して問いかける。緊張で白線の数を数えるけれど、全く頭に入ってこない。
「先輩の初めての友達って」
「……幼稚園とか、小学生の頃の話ですよね?」
先輩は何も言ってくれない。
「――どんな人でした?」
雪乃先輩はびっくりしたような顔をして、わたしの目を見つめる。
ずっと過去か、あるいはずっと未来。
わたしの知らない、明るく光が輝いていた時代。そんな場所に繋がる扉のような――
その瞳がわたしを見つめ続けていたかと思うと、
ぷいっと視線を逸らされた。
「秘密よ、秘密」
「初めての友達のことはね」
「秘密なの」
雪乃先輩は、照れ笑いをしながらそう言った。
けれど、先輩の瞳は、いつかその秘密をわたしだけに打ち明ける、そんな日を待っているようだった。
これも……嘘だろうか?五つ目の『嘘』
先輩と、わたしだけの。
先輩は走り出すと、家には向かわずに、歩道橋の上からわたしに向かって手を振っている。何か言っているけれど、その声は走る車の音にかき消されてしまう。
夕焼けに溶けるシルエットが鮮やかだった。
かろうじて聞き取れたのは一言だけ。
「私の初めての、友達はね!」
満面の笑みの先輩が、手を振り続けている。
逆光で銀の髪が、夕焼けに赤く燃えた。
「綺麗」
声に出して、呟いてしまった。
奏さんの気持ちが今ならわかる。主人公になりたいという、その気持ちが。
わたしは、先輩に『ふさわしい』ですか?
そう聞きたい気持ちが。
わたしは走って、先輩に追いついた。
息を切らしたわたしを見て、先輩は微笑んだ。
明日からは、この帰り道もきっと寂しくない。
わたしは頬の絆創膏を剥がすと、うっすらと残った傷に思いを馳せた。
頬に残るわずかな熱を指先で確かめる。
それは、わたしだけの勲章。
わたしの大好きな人と、ともに過ごした時間を。
その思い出を胸に刻み、わたしは静かに微笑んだ。
それは、傷が消えてもきっと残る、ふたりだけの思い出。
今はわたしだけが知っている。
大切に、封をされたままの
四つ目の『嘘』
いつの日か、あなたに届けたい――
三つの手紙と五つの嘘 完




