戦いが終わって
突然割り込んできた本来この戦いとは関係ないはずのとてつもない強い女と戦った結果、両腕がぶっ壊れてしまった新人十二星『楽園星』のアムリタ・アトカーシア。
彼女は今スプーンすら持つことができない。
全力で自己修復はしているものの壊れ方が半端ではないため全快にはまだしばらく時間がかかるだろう。
……お世話係のお母さんは仕事が増えて普段の倍張り切っている。
「これまでの人生で何度『死ぬかと思った』って考えたかわからないけど……」
ベッドの上のアムリタがぼやいている。
都の宿屋の一室だ。
今回もまた……死ぬかと思った彼女。
……………。
アムリタが両腕を犠牲ににして放った自らの剣技『春雷』と同時に仕掛けてきたウィリアム・バーンハルトの攻撃を受けたリヴェータは頬に小さな擦り傷を作った。
その事にいたく感動したらしい彼女は戦意を喪失したらしく勝手に戦いの終わりを宣言する。
一応これは不戦勝でアムリタ側の勝ちという事になるのだろうか……?
続行されれば死が確実な満身創痍のアムリタとしては黙って成り行きを見守るより他はない。
達観した心地でそこに立つアムリタの目の前で落とした自分の大太刀を拾い上げたリヴェータがそれを肩に担いだ。
「……はぁ、わしは満足したぞ。これで引き上げることにしよう」
彼女はすっきりとした表情で爽やかに笑っている。
涙の跡はもう見えない。
(結局何をしに来たのよ……この女は)
両腕からの激痛で意識を明滅させながらアムリタが顔をしかめている。
何をしに来たのかと問われればリヴェータ自体に確たる理由がないので答えようがない。
彼女にしてみれば観光地に来てみたら祭りが開催されていたので参加しました、みたいなものだ。
「お主らの強さは今ここで潰すには惜しい。命冥加にさらに技を磨くことじゃ」
ではな、と片手を上げて颯爽と去って行ってしまったリヴェータ。
敵も味方も茫然である。
誰だったのあれ……みたいな感じで。
反乱軍側としても味方側の者だったとはまったく思えなかったことだろう。
突然発生して大きな被害を出した竜巻のようなものであった。
……………。
包帯と添え木でガチガチに固められている両腕を見て嘆息するアムリタ。
攻撃を受けてこうなったのではない。
同じ技を使ったというだけでここまで腕が壊れてしまった。
そんな技をいくつも使いながら平然と戦っていた彼女の強さは想像を絶している。
(結果として戦いが早く終結したのは不幸中の幸いだったかな……)
リヴェータが去って行ってしまった後でもう戦意を残している反乱軍はいなかった。
彼らは大人しく投降して捕縛されている。
「師匠、お加減は如何でしょうか……?」
「いいとは言えないかな……。後始末を任せてしまってごめんなさいね」
顔を出したシオンに疲れた笑い顔を見せるアムリタ。
両腕がこれとはいえ、今はまだ眠るわけにもボーっとするわけにもいかない彼女は痛み止めを飲んでいない。
「ご安心ください。そっちはミハイルたちが手伝ってくれているので」
戦闘の終結後、なぜかミハイルが部隊を率いてサポートに駆け付けてくれた。
連れてきたのはブリッツフォーン直属の騎士たちだが、これもまたどういうわけかレオルリッドも一緒だったと聞いている。
「……えーと、それでですね」
少し困った表情のシオンが部屋の入口のあたりをチラチラと窺っている。
その挙動だけでアムリタは彼女の言わんとしていることを察した。
「イクサが……来ているのでしょう? 入れてあげて」
苦笑しながら彼女がそう言うとシオンが部屋を出て、そこにいる誰かに何事かを囁いている。
「アムリタ……」
恐る恐るといった様子で入ってくる王女。
怒られないかな? と親の顔色をうかがう子供のような仕草である。
そんな彼女に向ってアムリタは添え木と包帯で固められた両腕を示した。
「御覧のあり様よ。ハグもしてあげられないわね」
「……それなら、治ってからその間の分もしてもらわないといけないな」
やっと安心したように微笑んでイクサリアはアムリタの頬に唇を寄せた。
仲睦まじい二人の様子にそっと静かに扉を閉めてその場を離れるシオンであった。
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こうして……。
アムリタの新十二星としての初仕事、十二星の家々による反乱は無事に鎮圧された。
反乱に加担した騎士や傭兵たちは鋼の都の牢に収監され裁きを待つこととなり、首謀者である各家の代表たちはアムリタによって王都に連行された。
……………。
「ご苦労であった」
玉座の大王がアムリタを見て低い良く通る声を響かせる。
相変わらず笑顔もない厳つい面相の大王であるが、今日はなんとなく上機嫌なように感じる。
アムリタの両手はまだだらんと下げられていて動かすことはできず、彼女は礼の仕草をする事もできない。
「お前にはこちらが用意していた報酬と、後は『鬼哭星』から取り上げたツェルローの銀山の所有権を与える」
「ありがたき幸せに存じます。偉大なる大王陛下」
恭しく頭を下げるアムリタ。
破格の報酬であるがくれるなら貰っておけの精神だ。
自分が遠慮した所で誰が幸せになるわけでもないのだから。
「……後は差し出がましいのですが、今回の一件に加担した者たちの処遇に付きましていくつかお話をお聞き願えれば幸いでございます」
「いいだろう。……シーザー、話を聞いてやれ」
大王が話を振ると玉座の近くの立派な椅子に座っているシーザリッドが「御意に」と肯く。
「なるべく言う通りにしてやれ。それだけの働きはしているだろう」
大王の言葉にシーザリッドはアムリタを見ると「大丈夫だよ」とでも言うかのように穏やかに微笑むのだった。
……………。
十二星の家々に反乱の処分が下された。
『神耀』カトラーシャ家
『猛牛星』ガディウス家
『天車星』ハーディング家
以上三家は三等星への格下げ。
『鬼哭星』グレアガルド家は莫大な罰金といくつかの鉱山の所有権を国へ引き渡すことで三等星への格下げは免れ二等星への降格とグレアガルド社の社長の地位は維持されるという事で許された。
これはいきなりグレアガルドを会社の経営から外すと大きな混乱を招き大量の失業者を出す恐れがあるとの配慮もある。
あと反乱とは全然関係ない所で『幻夢星』マルキオン家が取り潰しとなった。
平民への格下げである。
……………。
「……これで私も今日から三等星の家の娘です」
どこかさっぱりした表情で笑うシオン。
「それはどうかしらね。ハイこれ」
そんな彼女の前にスッと一枚の書類を差し出すアムリタ。
シオンが不思議そうにその書類を手に取る。
『シオン・ハーディングに二等星位を与える』
そこには王家の署名と紋章の刻印付きでそう記されていた。
アムリタが頼んでシオンに個人貴族として二等星の位を確保してもらったのだ。
個人貴族とは世襲ではない一代限りの貴族位であり、本人以外の血縁者は貴族位は持たない。
「師匠……っ!!」
涙ぐんでシオンがアムリタに抱き着いてくる。
「頼りにしているんだからよろしく頼むわよ」
腕からの痛みで若干顔を顰めつつも微笑むアムリタであった。
……………。
アムリタが一代限りのものとして貴族位を確保してあげたのはシオンだけではない。
「ぬはははは! 本当に助かったわい。これがあるのとないのでは今後の生活もまったく別モノになるからな」
認定証を両手で掲げて持って邪悪に笑っているギエンドゥアン。
そんな彼を見るアムリタは半眼である。
家としてのマルキオン家は取り潰しとなったがギエンドゥアン個人は今回の反乱軍鎮圧の協力の報酬という意味もあってアムリタが三等星の位を頼んで貰ってやったのである。
「わかっているでしょうね、おじさま。私の口利きで貰ったその地位で何かよくない事をしたら、それは私の責任でもあるって事ですからね」
アムリタの目がスッと冷たい輝きを帯びて細められる。
「その時は私、この手でケジメを取りにいきますから」
「わ、わかっとるわい。今までわしがお前の期待を裏切ったことがあったか? 今回だってきちんと役割はこなして来ただろうが」
彼女の放った冷たい圧に怯むギエンドゥアン。
(なんちゅうプレッシャーだ。この小娘、時折大権力者か古強者のようなオーラを出しよるわい)
動揺するうさんくさい中年を冷めた目で見ているアムリタ。
彼が今回の働きの報酬として要求してきたのが金銭とこの貴族位の確保であった。
平民と三等星ではその後の生活に大きな差が出る。
最下級と言えども貴族だ。
国からは様々な援助がある。税金面での優遇などである。
(色々調べて、この人が自分で密書を届けていない所までは確認できているけど……)
都市内部の動乱の引き金となったアムリタからの密書であるが、それを所持していたとして捕まったと言う男の面相がギエンドゥアンとは似ても似つかないという所までは確認が取れている。
とはいえ、結果として自分の望んだ展開にはなっているわけだし、アムリタとしても火種の中に起爆用の爆弾として彼を放り込んだという自覚もある。
あまりそこを追求する気にはなれない。
(結局は当面私が目を光らせているしかないか……。監視が追い付くような人でもなさそうだけど)
「うふふふ」
「ぬはははは」
お互いに様々な思惑を内心に秘めて不穏に笑い合う二人であった。
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王宮内の一室。
現在ここにある男が軟禁状態で生活している。
扉をノックする音がしてその男が呼んでいた本から顔を上げた。
「……お入りください」
声を掛けると衛兵がドアを開き、入って来たのはアムリタであった。
「君は……」
「こんにちは、お久しぶりね。アークライト」
その彼女に丁寧に頭を下げて礼をするブロンドの青年。
色々あったが二人はあの温泉地での月下の邂逅以来の再会という事になる。
「君の口利きで私は投獄を免れる事になったよ。改めてお礼を言わせてほしい」
そう言ってから彼は少し複雑な表情で笑う。
「……ただ、助けてもらった身で言うのも何だが、自分の命を狙った相手に対して少し寛容すぎるのではないかな?」
「貴方はやり直せると思ったからそうしただけ。後で見込み違いだったと私が後悔する事のないようにお願いしたいわね」
そう言ってアムリタは彼が呼んでいた本をチラリと見る。
それは教科書である。
彼はこの後、王都の平民たちが通う学校の教師になるのだ。
担当教科は世界史である。
その分野での彼の学者もかくやという知識量を見込まれての事だ。
数年は王国の監視下での生活となるが、その間に問題を起こさなければ監視も解かれることになっている。
「頭がいいし教えるのが上手いっていう事で推薦したんですからね。くれぐれも一部地域にばっかり偏った授業をしないようにね」
「ああ。これからは西側の国々の優れた所も勉強していくよ」
どこか憑き物が落ちたような表情で穏やかに笑っているアークライト。
「それで、今日は貴方に会わせたい人がいて連れてきているの」
「私に……?」
怪訝そうなアークライト。
アムリタがドアの方に向かって「入って」と声を掛けると遠慮がちに誰かが部屋に入ってくる。
「君は……」
驚くアークライト。
入って来た男とは、彼を刺したヴォイド家の青年クリストファーであった。




