策士、楽園星
成り行き上反乱軍の総司令官のようになっている男、『鬼哭星』のグレアガルド家当主グスタフの悩みは尽きない。
「社長、金属製品の他都市への移送願いですけど包囲軍からダメだって連絡がありました」
「そりゃそーだろーよ。俺だってダメだって言うよ。何で自分らが包囲して追い込んでる相手が円滑に商売やれるように配慮してくれると思うんだよ」
ションボリした部下の報告に応える執務机に片肘を突いてその手に顔を乗せてグッタリしている様子のグスタフ。
彼の目の前には大量の書類が積み上がっている。
この戦争で止まってしまっている業務に関する書類である。
鋼の都はグレアガルド社が本社を置き、大半の工房や作業所を並べている。
言わば会社そのものと言ってもよい都市だ。
現在王国内に流通する金属製品の八割以上はこの都市を経由した物である。
製造ラインは現在も稼働中だが作った製品をどこにも出せない。
都市内に溜まる一方だ。
それに燃料の供給が止まっているので製造ラインも直に止めなければならなくなる。
「頼りのご先祖サマはご自慢の魔術を防がれてからずーっと黄昏ちまってるしなぁ。八方塞だぜ、まったくよお」
そもそも反乱軍参加の言いだしっぺであるヴァルオールだが、自身の究極魔術『天の怒り』をアムリタに相殺されてからはずっと外に座り込んでしまって動かない。
もう何日も食事も取っていないし眠ってもいないようだが、もう彼に関してはどういう生物なのかもよくわからない存在なのでその点に不思議はない。
いずれにしても反乱軍としては「よし! 後はどっかのタイミングで直接やられて負けるだけだな!」もしくは「もう完全に白旗出すタイミング間違っちゃったね! どこからダメだったのかな!」みたいな空気である。
数日前に『神耀』のカトラーシャ家の息子がなんとか包囲を抜けてきて合流したと聞いているが今更焼け石に掛ける水滴にすらならない話であった。
「……なんか社長、最近街にヘンな噂が流れてて」
気が付けばまだ退出していなかったらしいションボリ社員が何か言っている。
「四星の内の誰かが包囲軍と通じてるらしくて、そこが包囲軍を都に招き入れるからそろそろこの戦争は終わるって話です」
……内部に裏切り者がいる。
こういった包囲戦ではしばしば包囲側が内部にこういったデマを流し撹乱するのは常套手段である。
(……だが、もう現状じゃデマなんだか本当なんだかもわかりゃしねえ。誰が怪しいなんて話をし始めたら全員が怪しいっての)
自分を……『鬼哭星』を除く三星の家々はグレアガルドの経済力と軍事力、そしてこの鋼の都を本拠地として利用できる地の利等を当て込んで寄り集まってきたはずだ。
大王の時の統一戦争時のような国を真っ二つに割る戦いを頭に思い浮かべてだ。
……ところがが現実には集まってみた所で反乱の機運は盛り上がらず自分たちは一都市を占拠しただけの落ちぶれ貴族の集まりという形になってしまった。
当たり前である。
特権を笠に着てやりたい放題をしてきておきながらそれが糾弾されれば開き直って反乱を起こすような者たちに世論が味方するわけがない。
大王の統治は安定していて王家の支持率も高いのだから。
「現状を『話が違う』と思ってるヤツがいそうだからなぁ。保身を図って包囲軍に擦り寄ったっておかしかないわな」
「社長ぉ~、大変ですぅ~」
そこへまた一人の社員が駆け込んできた。
どいつもこいつもヘロヘロで覇気がないのが泣けてくる。
「今度は何だ……」
「怪しい男を捕えたんですが、所持品を調べていたら包囲軍の指揮官の新しい十二星の娘がカトラーシャ家に宛てた密書を持ってまして」
ため息が出るグスタフ。
撹乱作戦の一環だろう。あえてそれらしい密書を持つ者を捕えさせて流出したと言う形を取るわけだ。
「男は牢へブチ込んでそんなモンは放っておけ。相手にするだけバカらしいわ……」
「いや、それがですね……。取調べの時にカトラーシャの家から出てる騎士も居合わせていて、その場で密書を真に受けた他の家の騎士たちと乱闘が始まってしまって」
疲れた顔でため息を付いていたグスタフが徐々に真顔になる。
そういえば……騒ぎの声のようなものがここまで聞こえてきてはいないか。
「騒動はどんどん広がっていまして……裏切り者を許すなと。カトラーシャとそれ以外の家の兵士達で乱戦が始まってしまっています……」
「クソバカどもがッッッ!!!!」
ズガン! と机に拳を落としてグスタフが立ち上がる。
「それが向こうの策だッッ!!! 外から攻めて来るぞ!!! 城門を固めろッッッ!!!!」
怯える社員たちに向かって怒号を張り上げるグスタフであった。
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都の騒動は外の包囲軍陣地まで届いてきていた。
全軍が出陣の準備を終えて整列している。
「……思った通りになってくれたわね」
「凄いですね師匠。ここまで計算されていたんですか?」
驚いているシオンに曖昧に微笑むアムリタ。
彼女としては『そうなってくれればいいな』という風に理想的に自体が転がってくれた結果である。
…………………。
数日前、都に行こうとしている行商人を呼び止めて商品を見ている騎士たち。
そこに後ろからアムリタがひょいと顔を出す。
「……貴方は絵を描くの?」
「え? ああ、『楽園星』様。興味はあるんですけどねぇ。やっぱり一式ってなると結構するなぁ」
画材を興味深そうに見ていた騎士が照れ笑いをしている。
「すいませんねえ。遠方から運んできてるもんで。お値段的にはこれでも結構ギリギリなんですわ」
初老の商人が愛想良く何度も頭を下げる。
「いいじゃない。やりなさいよ。……これ一式下さい。足りない分は私が出してあげる。皆には内緒ね」
「えぇっ!? いいんですか?」
驚いている騎士。
彼は支払いを済ませた画材一式を何度も礼を言いながら運んでいった。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
初老の商人はアムリタから折り畳まれた数枚の紙幣を受け取って……。
「いや、これは……少々多すぎるようでございます」
「それでいいの。ちょっと貴方にお仕事をお願いしたくてね」
そう言ってアムリタは商人に顔を寄せると小声で何事かを囁く。
「それだけでよろしいんですか?」
「ええ。都市に入ったらお食事中でも商売の最中でも、誰でもいいからそれとなく『中の一等星に包囲軍と通じている者がいるらしい。その家が包囲軍を内部に招き入れるからこの戦いはもうすぐ終わる』って噂を流して欲しいのよ」
了承する商人。
それだけの事であれば噂の内容がふわっとしすぎていて反乱軍側の誰かに見つかっても精々お叱りを受ける位であろう。
それを見越した依頼だ。
アムリタは何人もの商人に同様の手段で噂を流して貰うように依頼しているのだった。
…………………。
そして極め付けがギエンドゥアンに渡した密書である。
彼が捕まるか、或いは意図的に指定した以外の相手に内容を漏らせば……そのどちらでも起爆するように準備を重ねていたのだ。
密書の内容は『指定した日時に城門を開いて包囲軍を中へ入れればカトラーシャ家には二等星の地位を約束する』としておいた。
事前に通じているともそうでないともどちらとも取れる内容で万一密書が通って彼らがその通りにするのならば書面にある通りの処遇はしてもいいと考えている。
カトラーシャは……自分のかつての家だ。
愛した父母の家だ。
このまま墜ちていくというのであれば……。
(助けられるのなら助けてはあげたいし、そうできなそうなら……)
アムリタが目を細める。
クライスやエスメレーとの数多の強敵との戦いを決意した時と同じ目だ。
(せめて……とどめの一撃を入れるのも私でありたい)
あの家をはかりごとの標的に据えたのはアムリタのそういう複雑な心境からであった。
「さておじさまは真面目にお仕事をしようとしてくれたのかしらね? それなら回収くらいはしてあげないと可哀想だけど」
「どうでしょうね。どちらにしても放っておいていいと思いますが」
あの悪人面の髭の男の顔を思い浮かべるとため息しか出てこないシオンであった。
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……累々と屍が転がっている。
周囲には咽るほどの血の臭いが漂っている。
反乱軍の騎士たちの死体だ。
彼らは『裏切り者』であるカトラーシャ家の当主レンドールを捕えようと彼らに貸し与えられている屋敷へ殺到した騎士たちである。
全員が死んでいる。誰一人生き残っていない。
「………………」
そのレンドールは腰を抜かして地面にへたり込んでしまっている。
陸地に打ち上げられた魚のようにただ口をしきりに開け閉めして言葉も出てこないような有様だ。
息子アークライトがその父の背を病人を介護するかのように擦っている。
「……御屋形様、終わったっス」
マコトとタイザンが頭を下げるとリヴェータがうむ、と肯いた。
眼帯の彼女は今、東方の武者鎧姿である。
黒を基調としたその鎧には燃えるような真っ赤な色の炎の模様やラインがアクセントのように描かれている。
黒い陣羽織の背には十王寺家の家紋である菱形に菖蒲がやはり赤色で描かれている。
「なんじゃこやつら、えらい弱いがこれで本当に兵士なのか? これでは戦場に出しても無駄に死ぬだけじゃろ」
百人に近い大人数で押し寄せた騎士たちであるが、それが全員屍に変わるまでに掛かった時間は二分程である。
ちなみにほとんどの騎士を屠ったのはタイザン老人で彼が零した者はマコトが始末した。
マコトはまだ『人形』を出していない。
「皇国ならば足軽だろうともう少し気概というものを見せるぞ……まったく」
「まあ、西の国なんてどこもこんなもんスよ。ご家老と比べちゃ可哀想っス」
肩をすくめ、苦笑する糸目の女。
「それでもほんのちょっとドウアンをあんな目に遭わすくらいの猛者もいるっスよ」
「遭うてみたいのう。久しぶりに胴丸なぞ着込んでおるんじゃから少しは骨のある相手と死合うてみたいものじゃ」
数多の亡骸を前にしてからからと暢気に笑っているリヴェータ。
(……いやぁ、流石にそれは高望みすぎるっス)
内心で嘆息しつつ斜め上を見上げて、はは、と乾いた笑いを浮かべるマコトであった。
「よし行くとするか! アーク之介は父上殿に付いていてやるがよい」
鎧を鳴らして椅子から立ち上がるリヴェータ。
市街へ向けて歩き出す彼女の後ろに二人の家臣が一礼して付き従うのであった。




