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遠征中ののどかな日々

 アムリタたちが鋼の都ヴァルシンクを臨む荒野に布陣して三日が経過していた。

 彼女は今ガーデン用テーブルセットを出してきて敵軍の篭る城塞都市を臨んで優雅に午後のコーヒータイムだ。


「は~……落ち着くわ。落ち着いていちゃいけないのだけどね」


 マグカップを置いて深い息を吐くアムリタ。

 昔は貴族の娘として紅茶しか口にしてこなかった彼女であるが最近はすっかりコーヒー党だ。


「やった~、ご飯の時間だ~!」


「ママ~! 今日のおかず何~?」


 そんな彼女たちの近くを騎士たちが通り過ぎていく。

 彼らの表情は明るく、ここが戦地であるとは思えない。


「すっかり緩み切ってますね……」


 それを見るシオンは複雑な表情である。


「別にいいのよ。待機時間はいくら緩んでたって。逆にそんな時まで緊張されていたら肝心な時に疲れて役に立たないわ。見張りさえきちんとお仕事をしてくれていればね」


「明らかに自分よりも年下の女性をママと呼んで懐き切っているのはどうなんでしょうね……」


 エプロン姿で配膳を行っているのは言うまでもなくエスメレーである。

 彼女自身は人に名乗らないのでいつの間にかその呼称が広まってしまった。

 自らをアムリタの母と呼んでそう振舞う謎の美女……しかし外見的な年齢からそれが事実である事はありえない。


 ちなみに今回の遠征に帯同してきている騎士は若い者が多く、エスメレーが以前王宮にいた時期に騎士団に所属していた者はほとんど含まれていない。


「……俺もう都に帰りたくないよ」


「わかるぜ。……ここは、なんていうのか……あったけえんだよな」


 手ごろな岩に座って金物のトレイを手にして食事をしている騎士同士がそんな話をしている。


「戦場から帰りたくない軍人を生み出してしまっているんですが……」


「それはちょっと問題ね」


 流石にそれは「いいのよ」とは流してしまえないアムリタであった。


「『楽園星(アガルタ)』様、行商人や郵逓局の職員たちが都市の中へ入れて欲しいと……」


「こちらでチェックしてあからさまに危ないものを持っていなければ通してあげていいわよ」


 アムリタがそう指示を出すと敬礼した騎士が戻っていく。

 こういった事は日に何度かある。

 現在アムリタたちは都市を封鎖した形になっているので内部への行き来に彼女の許可が必要なのだ。


「大変ですね」


「そうね。住人の大半は巻き込まれてしまっているだけでしょうし。なるべく不自由はさせたくないのだけど」


 鋼の都の住人は半数以上がグレアガルド社の社員か下請け等の業務上の関係者とその家族である。

 グレアガルドが戦争を始めれば否が応でも従わざるを得ない立場の者たちだが、彼らも心から戦いを望んでいるというわけでもないだろう。


「長引けば長引いただけ自分の求心力も落ちていくと思うんだけど、本当になんでグスタフ卿はこんな騒ぎに加担してるんでしょうね。それも中心的な立場で……」


 理解が及ばず首を傾げるアムリタであった。


 ────────────────────────


 アムリタの軍が許可を出すと行商人や郵便を運んできた郵逓局の職員たちが都市の中へ入った。

 今度はそこで内部の検閲である。

 外のアムリタ側が入り込む者の中にスパイが紛れ込んでいないか疑えば、中の反乱軍も同じように疑ってチェックを行っているのだ。

 まったく後ろ暗い所のない者にとっては二重に調べられて大変だが、戦時中とはそういうものである。


「何だ、アンタたちは? 異国の者か」


 その一団の異様な風体に検閲の職員が眉を顰める。

 四人のグループで年齢も性別もバラバラだ。


「うむ、その通りじゃ。東の国々から運んできた物を商っておる」


 一段のリーダーらしき眼帯にブロンドの女性が言う。

 彼女は男物の着物と袴を着て腰に刀を佩いている。


「ここは(いくさ)になるんじゃろ? お主もどうじゃ、この蝦蟇(ガマ)の油はどんな刀傷でもたちどころに塞いでしまう優れものじゃぞ?」


「ああ……俺はいいよ。そういうのは中でやんな」


 行ってよし、と適当に手をヒラヒラと振る職員。


(そんなもん使わなきゃいかんくらいの戦闘になりゃうちはもうお終いなんだっての)


 声には出さずに肩をすくめる職員だ。

 そもそもこの戦いに勝ち目を見出している者などほとんどいない。

 できうる限り相手に嫌がらせをして、どうにかこちらの要求が少しは通る形で停戦ができれば……と言った感じだ。


「ほれ、見てみい。堂々としておれば何て事はないじゃろ」


 まんまと都市の内部に入り込んだリヴェータと家臣たち。

 その中の一人には同じく着物姿で東方の者に扮したアークライトも混じっている。


「生きた心地がしませんでした……」


 苦笑して顔の下半分を覆っていた付けヒゲを剥がすアークライト。変装の為髪の毛も黒く染めている彼。

 特に外の包囲を突破する時は自分の顔を知る騎士がいてもおかしくはないアークライトは極限の緊張状態にあった。


「わしの髪が金髪(これ)なんじゃから西の血が入ってるなーとしか思われんと言うておろうに。考えすぎなんじゃ、お主は」


「……では御屋形様、一先ずはアークライトの御父君に合流致しますかな」


 しわがれた声を出す大きな葛籠を背負った小柄な老人……変装した不知火。


「そうするとしよう。父上殿もさぞ心配しておられる事じゃろう。無事を知らせて安心させてやる事じゃ」


 相変わらず無言の巨漢、タイザン老人がゆっくりと肯く。


 そして……リヴェータ一行は歩き出して雑踏の中に消えていった。


 ────────────────────────


 一方その頃……王都。


 大勢の騎士たちが整列している。

 その前に立つのは眼鏡の白銀の髪の青年……『白狼星(フェンリル)』のミハイルだ。


「予定通り半刻後に出発する」


 ミハイルが告げると全員が綺麗に揃った敬礼で応じた。

 彼らはブリッツフォーンの家直属の騎士である。

 全員が本格的な遠征の装備だ。


「ミハイル……!」


 そこへ、鎧を鳴らしながら早足で近付いてきたブロンドの長身の青年、『紅獅子星(クリムゾンレオ)』のレオルリッドだ。


「演習だそうだな」


「ああ。お前は何をしに来た。見送りならば必要ない」


 そんな同期に鋭い視線を向けるミハイル。


「ゼナ平原か……。随分と王都から離れた場所でやるのだな」


「それがどうかしたのか。我が家の問題だ。お前には関係がないだろう」


 ゼナ平原は王都から見れば南東の方角にある広い平原だ。

 そして、その目と鼻の先は鋼の都ヴァルシンクである。


「……………」


 何かを言いたげな目でミハイルを見るレオルリッド。


「無言になるな。薄気味が悪い」


 ふう、と憂鬱そうにミハイルが嘆息する。


「……同行するのなら支度をしてこい」


「!? ……今、なんと言った?」


 驚いてレオルリッドが強張った表情をしている。

 今この……自分とは犬猿の仲のライバルは何と言ったのか?


「同行する気ならさっさと支度をしてこいと言ったのだ。そうでないのなら早々に立ち去れ、邪魔だ」


 同行するなら……? 

 付いてきてもいいと言っているのか? この男が?


「お前まさか、ヴォイド家の件で俺に気を使っているのではないだろうな?」


「……馬鹿な事を言うな。私の知った事ではない」


 先日の……『幽亡星(ファントム)』のヴォイド家の屋敷を攻めた一件はレオルリッドの心に少なからぬ傷を残している。

 自分の指揮した作戦で多くの子供たちが命を落としたのだ。

 それも、彼が救わんとして出撃したはずの子供たちが……。

 彼自身に落ち度はないとはいえ、その事を割り切れるような男ではない。

 それをミハイルもよく知っている。


(別荘の件の詫びのつもりだったが、そっちと受け取ったか……)


 ミハイルとしては以前レオルリッドの別荘に自分の家の親父が乗り込んで行ってしまった件の落とし前のつもりであった。


「……やあ、皆揃っているね」


 そこへ颯爽と現れた軍装の美しき王女。

 腰に長剣を下げて涼やかに微笑むイクサリア。


「連れて行くわけには参りません。お引き取りください」


 ……に、いきなり辛辣なミハイル。


「まだ何も言っていないだろう!!」


 冷たく言い放った氷の男に向かって叫ぶイクサリア。


「王国の次代を担う十二星たちとそれに忠実に従う騎士たちが皆壮健なようで王家のものとして誇らしい気分だよ。これは是非私直々にその雄姿を目に焼き付けておかなければとね。これは王族の責任感から来る職務の一環として受け取ってもらいたい。誤解しているのかもしれないが私も決して日々、暇なわけではなくてだね……」


 めちゃくちゃ早口でまくし立てる。

 駄目と言われているのに強引に話を進める王女。


「来るなと言われているのに顔を出せばアムリタに怒られたり嫌われたりするかもしれませんよ」


「……う」


 笑顔の頬を引き攣らせイクサリアがよろめく。

 怒るアムリタを想像した彼女はちょっと泣きそうになった。


「そっちへは行かないよ。……近くにいたいだけなんだ」


 俯いて呟くように漏らす王女。

 やれやれ、とミハイルが首を横に振って嘆息する。


「くれぐれも演習自体の邪魔はしないように。後はお好きになさるがよろしい」


「……!」


 ミハイルの言葉に餌の合図を受けた猫のように瞳を輝かせて顔を上げるイクサリアであった。


 ────────────────────────


 高野にカンバスを立てて油絵を描いているベレー帽をかぶった騎士がいる。


「……お、中々上手いじゃん」


 それを後ろから別の騎士が覗き込んで言った。


「ちょっと前に通った行商人が画材を扱っててさ。時間あるしやってみようかなって」


 そしてその後ろを別の二人連れの騎士が釣り竿とバケツを手に歩いていく。


「今日はでかいの釣るぞ~」


「勝負するか? 晩飯のおかず一つ賭けようぜ」


 近くに小川が流れていてそこに釣りに出かける二人だ。


「すっかり皆さんバカンス感覚ですね」


「それはそれで悪いとは言わないけど、流石にここに長居する気はないからね。……そろそろ状況を動かすことにしましょうか」


 そう言うアムリタ本人は地面に広げたピクニックシートの上に寝転んでエスメレーの膝枕で耳かきをしてもらっている最中だ。


「おじさまを呼んできてくれる? あの人うちの軍師らしいから、それらしい事をしてもらうとしましょうか」


 アムリタの指示に怪訝そうな表情になるシオン。

 あの信用の出来ない怪しい男……ギエンドゥアンに何か仕事を任せる?

 むしろ何もさせない方がいいのでは、と思う。


 しかしアムリタは何やら思惑がありそうな表情で不敵に微笑んでいるのだった。

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