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私が売られたケンカですので

 上着を椅子の背もたれに投げ付けてからアムリタは乱暴に椅子に腰を下ろす。

 一連の仕草でわかる通り彼女は今酷く不機嫌である。


「内乱ですって内乱ッッ!! 私が十二星(トゥエルブ)になったと思ったらその直後に内戦ってどういう事なの!? 私が十二星になった事が内乱が起きるレベルでダメだったみたいじゃない!!」


「ま、まあまあ……制度の変更への不満がメインであって師匠の事はオマケみたいなものですから……」


 頭からシューシュー湯気を出しているアムリタを必死に宥めるシオン。


 アムリタとしても自分が十二星になる事について諸手を挙げて祝福されるとは思っていなかったが、それにしたって内乱が起きるとは……。

 悲しいとかそういう感情は通り越して今の彼女の内を満たすものは激しい怒りであった。


「……可哀想に、ね」


 そんな彼女を優しく抱きしめて頭を撫でる自称母親(エスメレー)


「とにかくそういうワケですから。まだ引越しの荷物も片付いてない状態で申し訳ないけど出陣の支度をしてちょうだい」


鋼の都(ヴァルシンク)に集っている四星の連合軍は凡そ兵力二万くらいだそうよ。こっちはどのくらい連れていくの?」


 流石に有能な参謀官であるアイラ。

 彼女はこの事態を予見していたか……既に情報収集をしてくれていたようだ。


「ん~……五千くらいで行くつもりよ」


「え、少なくないですか?」


 驚くシオン。

 一般的に都市や城砦に篭って戦う相手を攻め落とそうとする場合攻め手の戦力は相手の数倍は必要だとされている。

 それをアムリタは逆に相手よりかなり少ない数で行くというのだ。


「私の事が気に入らない連中を黙らせろって言うのが大王様の命令よ。これなら勝てるって数を引き連れていって勝ったって褒めては貰えないわ。私としてもなったからには誰かにごちゃごちゃ言われたくはないし……『楽園星(アガルタ)』のアトカーシアと敵対するなら楽園は遥かに遠いって事を思い知ってもらう事にしましょう」


「素晴らしいね」


 パチパチと響く拍手の音に皆がそっちを見る。


「キミの臨むがままに、私のお姫様(マイプリンセス)。二万の兵士の血で赤く染め上げられた都はさぞ壮観だろうね。キミの栄光の為であれば私の風が喜んで断頭台(ギロチン)の刃となろう」


「……いたんですかイクサリア様」


 いつの間にやら屋敷の中にいるイクサリア。

 そして凄まじい事をのたまっている風の王女。

 ……毎度の事ではあるのでシオンの反応は薄い。


「なるべく殺さないわよ。殺しほど後腐れが残る処理方法はないの。いきなり虐殺(ジェノサイド)十二星(トゥエルブ)とかあだ名付けられたくないしね」


 エスメレーが持ってきてくれたコーヒーを口にしてようやく人心地付いたアムリタ。

 彼女の言葉には何とも言えない実感が篭っている。

 何しろ、彼女こそが殺しの後腐れの体現者なのだから。


「後それから今回は貴女は連れて行けないからお留守番していてね」


「……………」


 アムリタの言葉に無言でグラッとよろめく王女。

 舞台上の演者のように彼女は「激しくショックを受けた自分」を演出してみせる。


「……私に死ねと?」


「大袈裟ね。私がちょっとの間、鋼の都に行って反乱軍の人たちを泣かせてゴメンナサイさせてくるから、その間大人しくして待っていてねというだけの話よ」


 涙ぐんで捨てられた子犬のような表情で自分を見ているイクサリアに無情にアムリタが首を横に振る。


「私たちは愛し合っていて、一心同体で、どんな時でも一緒だと誓い合った仲なのに?」


「いくら私たちの間ではそうだとしても、それでも世間からすれば貴女が『主』で私が『従』なのよ。それはどうしようもないわ。貴女が行ったらこの戦いは王家のものになってしまう。これは私が売られたケンカ、私の資質が問われているの。だから私が行って、私が殴って私が黙らせる」


 消沈したイクサリアは近くの椅子に力なく腰を下ろすと俯いてしまった。

 それを可哀想と思わないではないが、今のアムリタには暢気にフォローしている余裕がない。


「向こう側の士気が高いとは思えないし、四家で団結もし切れていないはず。付け入る隙はあるわ、絶対にね」


 元から互いに交流があって仲が良かったというわけでもない家同士だ。

 目的の為に行動を共にしていても陣容に綻びはあるとアムリタは見ている。


「……ところで、追い詰められて落ち目の家同士が結び付くのはわかるけど、どうしてそこにグレアガルドが混じってるの?」


 口に出してしまってからハッと気が付くアムリタ。


「……ごめんなさい」


「いえいえ、御気になさらず。紛れもない事実ですから」


 あはは、と力なく苦笑するシオン。

 追い詰められた落ち目の家である彼女の実家もこの反乱に加わっている。


「そこはまだわからないけど、『鬼哭星(ディザスター)』が加担しているからこそここまで大きな騒動になったのでしょうね。残りの三家だけで反乱を起こせるような体力も気力もないでしょうし」


 アイラも首をかしげている。

 彼女の知るグレアガルド家当主グスタフとは現実的で合理的な商売人だ。

 彼は十二星でも屈指の成功者と言ってよい立場なのだし、その自分の家の危険に晒すだけで勝ったとしても得るものがさほどないはずの内乱に加わる理由が見あたらなすぎる。


 アムリタたちとしてはまさかグレアガルドの家が八十年ぶりに戻ってきた先祖の暴走に振り回されているとは知る由もないのだった。


 ……………。


 そして翌日、アムリタたちは五千の騎士たちを率いて王都を出発した。

 目指すは……鋼の都ヴァルシンク。

 十二星『楽園星』アムリタ・アトカーシアの初陣の地だ。


「……練習しておくんだったわ」


 馬車の中でハァとため息を付いたアムリタ。

 乗馬の話である。

 総大将である自分が馬上にいないのは彼女としてはなんとなくしまらない話だ。


「……王族や貴族が、馬車や輿で戦地入りするのは珍しい話ではないわ」


 正面に座っているエスメレーが微笑む。

 ……この元王妃もアムリタ同様馬には乗れない。

 アイラとシオンはそれぞれ馬に乗って帯同している。

 では馬車の中はこの二人だけなのかというと、実はもう一人乗り込んでいる男がいる。


「ぬッははははは! まあ相手がどのような大軍であろうとこのギエンドゥアンが軍師を務める以上敗北はあり得ん話だ。お嬢ちゃんはただ座って勝利の報が届くのを待っていろ!!」


 何故だか……このタキシードの悪人面の中年も一緒なのだ。

 出発時にさも当然のように一緒に馬車に乗り込んでくるものだから呆気に取られて追い出す事もできなかった。


「勝手に軍師になっているし……。おじさま、加わる軍を間違っていません? 貴方はどう考えても反乱軍側では?」


「なァにを言うか! わしは別に今回の十二星の新制度に反対はしとらん」


 大袈裟に顔を顰めたギエンドゥアン。

 新制度が適用されれば十二星の座を失うのが確実なこの男が、それについて文句を言う気がないというのは意外である。


「いずれこういう事はあると思っておったし、そうなれば真っ先に潰されるのはうちだとも思っておったわい。仮にわしらが反乱側に加わって反対を叫んでみたところで、ほらみろ新制度はやっぱり正しいんじゃないかという認識を皆に与えるだけじゃろうが」


「……い、意外と自分の事を冷静に客観視できているのね」


 自分が加わる事がマイナスになるという認識を持てているのならこっちにも来ないで欲しかったと思うアムリタである。


「『ギリギリを攻めろ』というのが我が家の家訓だからな。ギリギリばっかり攻めておればこうして外側に落ちる事だってある。ゴチャゴチャ言ってみてもどうにもならん。切り替えていくだけだ」


「……切り替え、早」


 もはや彼に対しては呆れればいいのか感心すればいいのかよくわからなくなっているアムリタだ。


「貴方……変わらないのね」


 そんなギエンドゥアンを見てエスメレーがぽつりと呟くように言った。


「いやいやいや! 滅相もございませんぞ! こうして心を入れ替えたればこそお嬢ちゃんの手伝いに馳せ参じたワケでですな……!」


 エスメレーに対してやや慌てているギエンドゥアン。


「エスメレーはこの人と話した事があったの?」


「言葉を……交わすのは、これが初めてよ。彼は……昔から、度々騒動を起こしているから」


 エスメレーが大王と離縁して城を出たのは十数年前。

 それまで彼女は二十年以上を王宮で過ごしているのだ。

 その間に接してきた上位の貴族たちの中でも顔も名前も思い出せない者も大勢いるがこの男は色々な意味で印象に残る。


(何で随分前に王宮を出たはずのエスメレー様がお嬢ちゃんと一緒におるんじゃ。しかも滅茶苦茶若返っておるし……)


 エスメレーの持つ神秘的で静謐な雰囲気を昔から苦手としているギエンドゥアンだ。

 流石の彼もこの元王妃には詐欺を仕掛けたことはない。

 ……が、彼女の侍女には仕掛けた事がある。

 それを人伝にエスメレーに咎められたのももう二十年以上前の話になるか。


「とにかく、この子には、ヘンな事はしないで……お願いね」


「ぬははははッ!! ご心配には及びませんぞエスメレー様。何を隠そう、このわしとお嬢ちゃんとは既に数多の死線を共に潜り抜けてきた戦友と言ってよい間柄でしてな」


 何故か自慢げなギエンドゥアン。


「……また適当な事を言う」


 そんな彼を冷めた表情で見ているアムリタであった。


 ────────────────────────


 鋼の都ヴァルシンク内、グレアガルド邸。

 今やこの巨大な屋敷が反乱軍の本部となっている。


 総指揮官は名目上グレアガルドの当主グスタフだが実際はヴァルオールだ。

 大広間には四星の当主や当主代行が集合している。

 だが一様に表情は暗く雰囲気はお世辞にも良いとは言えない。

 そんな中でヴァルオールがただ一人酒を飲んで気を吐いている。


「失礼します! 王国軍が迫っております。その数凡そ五千程です」


「……五千? 少ないな。先遣隊か」


 報告する士官の言葉にグスタフが怪訝そうな表情になる。

 そしてその彼の背後で地響きを立てて巨体が立ち上がった。

 3m近くある天井を鉄兜の角がガリガリと削る。


「様子見とは小癪な。一撃で何もかもを消し飛ばし我らの実力と怒りを王都で高みの見物を決め込んでいる者どもに見せ付けてくれよう」


攻城弓(バリスタ)でも出してきますか?」


 グスタフがそう言うとヴァルオールがニヤリと笑った。


「そんなオモチャではない。本物の破壊の魔術というものをお前たちに見せてやろう」


 そう言い残して重たい足音を響かせ外に出て行くヴァルオールの背後で四星の当主たちが不安げに視線を交し合うのだった。

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