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楽園のアムリタ

 屋敷が炎に包まれている。

 六百年近くの長きにわたり呪われし一族の本拠地とされて来た屋敷が……。

幽亡星(ファントム)』ヴォイド家の屋敷が焼け落ちていく。


「……………」


 その様子を無言で見守るレオルリッドと騎士たち。

 ヴォイド家の者たちは投降を拒み最後の一人になるまで徹底的に抗戦した。

 青黒いローブ姿の亡骸が周囲に無数に転がっている。

 レオルリッドが自ら選抜し連れてきた精鋭の騎士たちにも数名の犠牲者が出ていた。


「……隊長」


 一人の騎士が数人の子供たちを連れてきた。

 男の子が二人と女の子が一人……薄汚れたぼろぼろの服を着て、靴は履いていない。

 周囲のヴォイドの暗殺者たちの遺体や焼け落ちていく屋敷を見ても何を思う事もないのか……三人の子供はただ不思議そうにレオルリッドを見ている。


「これだけか……? 他には?」


 事前の情報では屋敷の離れには二十人近い子供がいるはずだ。

 レオルリッドが尋ねると騎士は辛そうに首を横に振る。


「不測の事態の時に飲めと……毒薬を渡されていたらしく。突入した時にはもう……」


 ギリッと若獅子の奥歯が鳴った。

 ヴォイドの暗殺教官たちは年端も行かぬ幼い子供たちに自害用の毒を持たせていたのだ。

 小脇に抱えていた鉄兜を地面に叩きつけるレオルリッド。

 その音に三人の子供が少しだけ驚く。


「こんな連中が……忌まわしい悪鬼どもが今日まで十二星(トゥエルブ)を名乗っていたのだッッ!!!」


「……………」


 血を吐くようなレオルリッドの叫びに辛そうに目を伏せる騎士。


「……引き上げるぞ。この子らは連れ帰って俺が面倒を見る」


 決意の目で暗い森を見るレオルリッド。


「誰にも文句は言わさん」


 血が出るほど強く拳を握りしめて、彼は部下たちに撤退を指示するのだった。


 ────────────────────────


 夜になって王家の馬車に乗ってアムリタが帰って来た。

 彼女は食卓でアイラとエスメレーに王宮であった事を説明する。


「……それで、引き受けたの?」


「思いっきり気は進まないんだけどね」


 一通りの経緯を聞き超えて口を開いたアイラに憂鬱そうに肯くアムリタ。


 ……………。


闘争(たたかい)こそが強者を作る。そして……人の上に立とうという者は強者でなければならん。それがわしの信条だ」


 大王がアムリタにそう言った。

 それは彼の生き様そのものであり日頃からよく口にしている事でもある。

 単なる戦闘の話ではない。

 切磋琢磨しない者に成長はないと言っているわけで、それだけならばままある話として納得もできようが……。


 彼の求めるそれはより苛烈だ。

 国を治めんとするならば文字通りの命賭けの切磋琢磨を要求してくる。

 それが……例え我が子であっても。


「数多の闘争によって練磨されたお前こそ強者。十二の星の名を冠するに相応しい者だ」


「……………」


 彼は……大王は自分の事をどれだけ知っているのだろう。

 疑念が胸を過る。


(私が……息子(クライス)を殺した女だって、この人は知っているの?)


 そうでなければ今の言葉は出てこない気がする。

 だとしたら大王は自分の息子を暗殺した女を最高位の貴族に取り立ててやると言っているわけで……。


「クライスにとってのお前が試練であった。お前にとっての試練がクライスであったようにな」


「……!!」


 驚いて息を飲む。

 やはり……この王は全てを知っている。


「ならばわしは勝利して試練を乗り越えたお前を称え、そして認めよう。……それが、我が子(クライス)の歩んできた道程(みちのり)を認める事でもある」


 ……今のアムリタ(じぶん)が、クライスが生きてきた事の一つの結晶であると大王は言うのだ。

 大王にとっては道半ばで挫折し消えていった子はもう興味の外なのかと思っていたが、そうではなかったのだ。


 ……………。


「……まあ、そう言われちゃうとね。イヤですとは言えないわ」


 苦笑するアムリタ。

 その様子に二人は彼女が押し切られる形ではあるものの、嫌々引き受けるわけではないと言う事を理解した。


「アムリタが納得しているのなら私はそれでいいと思うわ」


 アイラが肯くとエスメレーも微笑む。


「……沢山、お世話するわね」


「頼りにしているわね、二人とも。……差しあたっては引っ越しの準備ね。急な話で悪いけどお屋敷が貰えるらしいからそっちに移るわ」


 流石に小さなパン屋で生活していて一等星ですというわけにはいかない。


「……お店は、どうするの? 閉める……?」


 やや寂しそうなエスメレーにアムリタが首を横に振る。


「いいえ。丸ごとハザンに譲ってしまおうと思っているわ。折角開いたのだから閉めてしまうのは忍びないし……かといって十二星と掛け持ちでやりますなんて言ったらどっちの職務の関係者にも失礼でしょう」


 最初は週に一日二日でも店をやろうかとも思ったアムリタである。

 しかし、結局それはやめた。中途半端はどちらにもよくないと思ったからだ。


「……私のパンをお客さんに届けられなくなるのは辛いのだけどね」


「……………」


 何故かアイラとエスメレーは視線を逸らした。


「あれ? どうしたの? どうして二人ともこっちを見ないの……? ねえ?」


「……………」


 ちょっと怖い笑顔のアムリタ。

 それでも視線は戻さない二人。


「……何? 私のパンが何? 私のパンを食べるくらいなら荒れ果てた大地を掘って地虫を探してた方がマシですって?」


「前にした話に悪意まみれの背びれと尾びれが!!!!」


 笑顔で詰め寄ってくるアムリタに悲鳴を上げるアイラであった。


 ────────────────────────


 十二星(トゥエルブ)幽亡星(ファントム)』ヴォイド家の断絶が王家により発表された。

 建国より六百余年の間不変であった十二星が初めて欠けた瞬間であった。

 廃絶の理由は十二星への信頼と敬意を著しく汚す行いにより、との事である。


 それと同時に一つの家が新たに十二星へ昇格する事も発表された。


 その家名はアトカーシア。

 守護星は『楽園星(アガルタ)』……伝承によればその星は数多の英傑や賢王が死後に辿り着く永遠の理想郷であるという。

楽園星(アガルタ)』のアトカーシア家、その当主はまだ二十歳にも満たない少女であるという。

 この発表はある意味で『幽亡星』ヴォイド家廃絶よりも人々を驚愕させたかもしれない。

 しかし、かの家を推薦したのは大王と『紅獅子星』と『白狼星』の当主たちの三者連名。

 現在の王国でこれ以上に強い意見というものは他に存在しない。


 ……誰一人表立って文句の言えようはずもない。

 この国の頂点に立つ者たちの決定であった。


「……私が楽園ですって。奈落の方がまだ幾分か合っている気がするのだけど」


 自嘲気味に苦笑するアムリタだ。

 彼女は今、新しい自分の屋敷にいる。

 大王から下賜されたその大きな屋敷は彼が別邸として利用していたもので他の十二星の本家屋敷と比べても遜色がないどころかより立派な部類に入る。


「あなたが選んだのではないの?」


「選んだというか……。たまたま目に留まったら大王様が『それだ』って言い出しちゃったのよ」


 不思議そうに尋ねるアイラにアムリタは肩をすくめて見せる。


「……3人でどうにかできる広さでは、ないわね」


 エスメレーの言葉に二人は肯いた。

 これは二桁の使用人が必要になるだろう。


「雇うのは私がやっておくわ。あなたはそこまでしている余裕は無いでしょう」


「ありがとう、助かるわ」


 アイラの申し出をありがたく受けるアムリタ。

 彼女に任せておけば間違いはないだろう。


「……で、貴女は何でそんなところにいるの? 離れていると話しにくいわ。こっちに来て」


「……………」


 アムリタが振り返って手招きをする。

 その視線の先にいるのはシオンだ。

 彼女はどこか気後れしているような様子で三人からは少し離れた場所に立っていた。


「そ、その……師匠……」


 気まずそうにシオンが視線を逸らしている。


「師匠は十二星になられてしまって……それで……それで私は逆に十二星位を剝奪される家の娘ですし。このままお側にいていいものかと……」


 辛そうに言うシオンにアムリタが呆れ顔で嘆息した。


「……何、そんな事を考えていたの? 貴女にも頼みたい事が色々あるのだからシャキっとしてよね」


「でも、それはもっと相応しい御方が私の他にいるのでは……」


 それでも近寄ってこようとしないシオンにアムリタの方から早足で近付いていく。

 そして俯いている彼女の顔を少し猫背になったアムリタが覗き込んだ。


「私はシオン・ハーディングに頼みたい事があるっていう話をしているの。他のだれだれさんの話はしていないわ」


「師匠……」


 涙ぐむシオン。

 彼女はようやくわずかに笑みを見せる。


「あのね、私だって不安だらけなのよ。しっかり助けてよね」


「す、すみませんでした師匠! あまりにも堂々となさっておいでなので……!」


 慌てるシオンにアムリタが嘆息する。


「そんなの開き直りよ。人生行く所まで行ったら後は開き直るしかないの。これは私が一回死んでみて得た教訓ね」


 ……と、そのように忙しく慌ただしい毎日を送るアムリタであったが、巷の方でも大騒動が勃発しようとしていた。


 十二星における新制度の制定と『楽園星』の家の昇格を認められないとした複数の十二星の家が連合となり王家の決定に抵抗する構えを見せ始めたのである。


 反新体制連合に属している家は

猛牛星(マッドブル)』ガディウス家。

天車星(ホイール)』ハーディング家。

神耀(ソル)』カトラーシャ家。

 と、ここまでは想定された事態であったが……。


 ここに『鬼哭星(ディザスター)』のグレアガルド家が加わった事で騒動は一気に拡大し加熱した。

 十二星中でも最大の財力を持つグレアガルド家。

 新制度が敷かれたとしても一番安泰であるはずのこの家が何故王家に抵抗の意を示すのか……。


 この四つの家はグレアガルドの本拠地とも言える『鋼鉄の都』ヴァルシンクに兵力を集中させて徹底抗戦の構えを見せている。


 そして、アムリタは再び大王の呼集を受けた。


「わしの決定とお前の十二星昇格を面白くないと思っている者どもがいるようだ」


 相も変わらずいかなる感情も窺わせない大王ヴォードラン。

 アムリタの方は露骨にトホホ顔でげんなりしている。


「一軍を与える。……実力で黙らせてこい」


 こうして十二星(トゥエルブ)楽園星(アガルタ)』アムリタ・アトカーシアの初の任務は反乱軍の鎮圧に決まったのだった。



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