表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/32

死神の踊る時刻

 アルバート・ハーディングは王子クライスの側近であり腹心だ。

 プライベート面も含め王子のマネージャーのような役割を担っている。

 よく気が付き頭も回るので王子には重宝されている若者であった。

 口数が多く時折余計な発言をしてたしなめられるのが玉に瑕ではあるが……。


「お疲れ様でした! クライス様」


 王宮の私室で国内最大の商会長との会談を終えた王子クライス。


 次期国王の座を巡る権力争いの様子を注視しているのは王宮内部の者たちだけではない。

 国内外の民間にも大勢いるのだ。

 候補者のうちの誰かに早くから肩入れしていれば即位後に大きな恩恵を受けられるだろう。

 逆に距離を取っていればその相手が即位すれば冷遇される。


 今日会って話した商会長もその趨勢を慎重に見極めている最中なのだろう。

 こちらの味方になるとまだ決まったわけではないが、そうなれば非常に心強い後ろ盾となる。


「勿体ぶらずにクライス様にお味方すると言えばいいのに。次の王様にクライス様ほど相応しい御方はいませんよ」


「アル、彼も何万という人を抱えている組織の長だ。そう軽々に判断を下すことはできないよ」


 アルバートに出されたコーヒーを口にしてクライスが穏やかに言う。


 結局、2時間ほどの会談で商会長から自分たちの派閥に加わるという言質は得られなかった。

 それでも彼は三人の候補者の中では最初にクライスと面談している。

 そこに希望はあるとアルバートは思っている。


(ロードフェルド)は優れた武人だが、これからは平和な時代だ。その武勇を発揮できる場はそう多くはないだろう。(リュアンサ)は飛びぬけて頭が良いが、学者としての才は統治者には必要がない」


 ゆっくりとマグカップを傾け、それから長めの息を吐くクライス。


「だから……王位には私が就かなければならない。安定した統治を行い国と民を最も富ませる事のできる者は私だからだ」


「おっしゃる通りでございます……!!」


 王子の言葉に感じ入ったように深く頭を下げるアルバート。


「その為にはまだまだお前にも働いてもらわなくてはならない。頼りにしているぞ、アル」


「はい! お任せください、クライス様!!」


 従者の元気のいい返事に金髪を品良く撫でつけた王子は穏やかに微笑んだ。


 ───────────────────────────


 アルバートは十二星(トゥエルブ)、ハーディング家からクライス王子の下へ送り込まれた当主の弟。

 しかし、それでいてハーディング家自体はクライス派かと言われればそうではないというのが権力の世界の複雑なところである。

 ハーディング家は長兄ロードフェルドの派閥なのだ。


 ならばアルバートはロードフェルド派のスパイなのか?

 ……それも違う。

 兄弟が二つの派閥に分かれていればどちらが勝っても家は残る。

 クライスが王位を継いだ暁には兄は失脚しアルバートが当主となりハーディングの家を存続させるのである。


 だから彼は兄から全力でクライスを補佐し彼を勝利に導けと言われて送り出されている。

 当然兄はロードフェルドを勝たせるつもりでいる。

 故にアルバートはクライスに仕えて以来実家とは断絶したような状態となっているのだ。


 その日、一日の職務を終えてアルバートは王宮の敷地内の官舎の自室へと戻ってきた。

 心地よい疲労感を感じつつ、部屋の明かりを灯すと……。


「……ん?」


 眉をひそめたアルバート。

 窓枠に手紙が挟まっている。


(また恋文か?)


 役職と年齢、そして家柄とルックスから異性からの熱のこもった手紙を受け取るのは決して珍しいことではないアルバート。

 しかしそういう場合は大体がドアに挟まっている。

 ここは三階だ。この部屋の外側の壁には上ってこれるような凹凸の類もほとんどないというのに……。


『アムリタ・カトラーシャの死の真相を知っている』


 刺激的な一文からその手紙は始まっていた。

 アルバートは不快げに眉間に皺を刻む。


(「この件について貴殿と二人だけで話し合いの場を設けたい。指定された時刻と場所に一人で来られたし。もしもこの話を誰か他人に漏らすか、約束の時刻に貴殿が姿を見せなかった場合は……」)


 嫌悪と憎悪でアルバートの表情が歪んだ。


(「当方の知る情報を貴殿の証言によるものとして世間に流布するのでそのおつもりで」……だと!? クソッ!!!)


 グシャッと手紙を握りしめてアルバートはギリギリと歯噛みする。


「誰だよ……こんなふざけた真似をするやつは!!」


 乱暴に椅子に座り、そして考え込む。


 アムリタ・カトラーシャの死の真相……。

 それを知るものはクライスの陣営の中でも中枢のほんの少数の者たちのみ。

 誰もが自分と同様に王子を裏切ることなどあり得ないガチガチの忠臣ばかりだ。


 それ以外の者はその話は知るはずがない。

 殺害現場はだだっ広い草原だ。

 万一にも目撃者を出さないように選ばれた場所である。

 あの場には自分と主人と……後は死んだアムリタの三人しかいなかった。


(……だとするなら、これは虚勢(ブラフ)か)


 思わせぶりなだけで具体的なことは何も記されていない手紙だ。

 こちらを釣り出す為にそれらしい事を言っているだけなのかもしれない。


 ……確かにアムリタの死については一部始終が王子とその一派しか直接目にしている者はいないのだ。

 後からどうとでも難癖の付けようはある。


(どっちの派閥だ? 下らない事をしてくれるなぁ)


 虚報で揺さぶりをかけて陣営に綻びが出るのを誘っているのか。

 ならば無視するのも手ではあるが……。


『貴殿の証言によるものとして』……この一文がアルバートの心中に釣り針のように引っかかっている。

 こんな下らん陰謀に自分の名前を使われているのがたまらなく不愉快だ。

 万一風説が流布されてしまった時に、王子が自分を信じてくれても世間はそうではないかもしれない。


(私は……私はクライス様の一の側近!! 懐刀なんだぞッッ!!)


 その自分の評判に傷が付くのは耐え難い屈辱だ。


「……仕方がない。会ってくるしかないか」


 腹立たしいが相手の目的を確かめるためにも実際に顔を合わせるしかなさそうだ。

 話してみてブラフである事が確定すれば強引な手段にも出られる。

 向こうが手荒な手段に訴える危険性もあるが……それでどうにかできると考えているのなら十二星の家の者をナメすぎだ。


「その場で相手を捕らえて所属と目的を吐かせることができれば私の手柄にもなるか。そうなればクライス様にもお喜び頂けるだろうな」


 憂鬱そうに嘆息しつつも、そう考えると幾分か不機嫌さが薄れるアルバートであった。


 ───────────────────────────


 ……賽は投げられた。

 全ては動き始める。もう後戻りはできない。


 表向き実直に職務をこなしながらもジェイドはその事ばかりを考えている。


 アルバートに誘いの手紙を出した。

 恐らくは乗ってくる。知りうる限りの彼の情報から数日かけて文面は考えた。

 もしもあの男が想像以上に用心深く狡猾であれば人を手配しているかもしれない。

 そこだけには気を付けなくては。

 そうはさせないように釘は刺してあるが。


 考え抜いた結果、現場には王宮内の修練場を選んだ。

 自分がレオルリッドと試合を行ったあの場所である。


 打ってつけの会場だ。

 王宮内でありながら大きな音を出してもいいように防音に気が使われており、尚且つほかの建物とは距離が開いている。

 戦闘があろうが夜間では気付かれにくい。

 しかも夜はほぼ使われることはないので警備もそれほど厳重ではない。

 一時間半に一度、付近を衛兵が通るがその間に全て済ませてしまえば気付かれることはないだろう。


 ふっ、と息を吐く。

 深呼吸なのか笑っているのか……自分でもよくわからない。


「……何やら楽しそうだね?」


 そしてまた唐突に斜め後ろから聞こえる声。

 来るような気がしていたので今回はそれほど驚かなかった。


「そんな事はない」


 務めてそっけなくするジェイド。

 イクサリアは勘が鋭いのだ。彼女の前では迂闊な振る舞いはできない。


「職務中だ。あまり相手はできない」


「そうは言ったって、キミ最近休憩時間はいつもあの二人かどっちかと一緒にいるじゃないか。お陰で私が全然キミと接触できていない。お友達なのに……私は寂しいよ」


 そう言ってイクサリアは自分の額に指先を当ててうつむいて嘆息している。

 そんな物憂げな様がなんとも絵になる。

 王女なのに王子以上に「王子様」な人物である。


(……舞台で男役でもやればとんでもない人気が出そうね)


 思わず内心のアムリタがたじろいでしまうほどだ。


 王女の言うあの二人とはマチルダとレオルリッドの事だ。

 彼女の言う通り、あの二人は最近頻繁に自分に会いに来る。

 これといった用事があるというわけでもない。他愛のないやり取りをして満足して去っていくのである。


 ……というか、ジェイドにしてみればイクサリアもその二人と同じ「何か知らないがよく会いにくる人」なのであんまり有難くない。


(おかしいわね。私は「面倒なのであんまり近くにはいたくない人物」として振舞っているつもりなのだけど……。どこをどう間違えたのかしら)


 内心でアムリタが頭を抱えている。

 あまり敵を作るのは望ましくないが親しい者を作るのも同程度に望ましくない。

 そう思って「ジェイド」という男のキャラを設定したというのに。


 ───────────────────────────


 冷たい三日月が地上を青白く照らし出している。


 アルバートに送り付けた手紙で指定した日の夜がやってきた。

 間もなく……指定した時刻だ。

 ジェイドは二時間前から修練場の屋根の上に潜み、強化した五感で周囲を窺っている。


 今のところ周囲には誰の気配もない。

 ただ黙ってジェイドは時を待つ。


 アルバート・ハーディングは約束の時刻きっかりに姿を現した。

 軍服姿の彼は周囲を見回してから修練場の中に消える。

 念のためそれから5分ほど警戒を続ける。

 やはり……新たな気配が現れることはなかった。


(指定した通りに一人で来たようだ)


 ……これで今夜、アルバートが命を落とすことはほぼ確定したということになる。

 月光を背負って地上に降り立ち、素早く修練場に入るジェイド。

 

 さあ、復讐の舞台の幕を上げるとしよう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ