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象徴たる十二の星々

 楽しいはずの秋の温泉旅行だったが……最後はもうわやくちゃで散々であった。

 ホテルで刺される人は出るし、浮いてたら体に穴開く奴も出るしで……。


「だけど最後にお風呂に入れば、やっぱり来てよかったって思えるはずよ!」


 それでも……それでも終わりよければなんとやら。

 アムリタたちは半分ヤケクソで最後にもう一度ホテルで温泉に浸かって帰っていった。

 ……温泉で気持ちよく温まった事で多少のことはうやむやになった。


 ……………。


 クリストファーはどうなったのか……?

 彼の事はイクサリアとシャルウォートの二人が何か相談をして決めている様だった。

 目を覚ました彼は二人に説得されると大人しくなりその後は抵抗する事も逃げようとする事もなく……王都に戻った後は城に連れて行かれた。

 王家の保護観察下に置かれるらしい。


 アークライトは……いない。彼は現在行方知れずである。

 とりあえず術士たちの必死の施術が功を奏してどうにか命は助かりそうだとなったのだが……。

 そこにあの不知火マコトと名乗った女が使役していた巨大な木偶人形がやってきて連れ去ってしまったのだ。


 ユフィニア王女は戻った後で王宮へ向かいそこで賓客として迎えられた。


 救出を考えていたアムリタも、まさかそれが叶ってそのまま彼女がこっちの国に来るとは思わなかった。

 ギエンドゥアンが連れてきたのかと思ったがそうではないらしい。

 彼女は自分の意思でやってきたのだ。


 ……………。


 アムリタ・ベーカリーの午後。


 湯気の立つコーヒーカップ……その漆黒の液面に何とも言えない表情のアムリタが映っている。


「アクティブな御方だとは思っていたけど……まさか助かったらその足で王国(こっち)に来るなんてね」


「王宮はパニックだったらしいですよ」


 シオンが苦笑いしている。

 それはそうだろう……。いくら友好的な国とはいえ隣国の、それも超大国の王女がお忍びでいきなりやってきたのである。混乱するなというのは難しい。


 とても大きな国の王女様が、ある日襲撃を受けて連れ去られて監禁されてしまった。

 彼女は救出されるとお城へ戻るのではなく、その足で隣の国へ向かった。

 道中でとんでもない威力のボウガンを購入した王女様はめでたくそれを使い、腹立たしい自分を拉致した襲撃の首謀者の体に大穴を開けたのだった。

 ……と、それだけ聞けば理解できないトンデモ話であるが。


 実際には救出された時点でユフィニア王女は無事を知らせたいシャルウォートの現在の居場所も、報復したい襲撃を指揮していた怪しい仮面の男の居場所もわからなかった。

 なので一先ず自分を救出しに来たギエンドゥアンの雇い主だった友人アムリタの所へ向かったのだ。

 彼女に合流した所、なんと偶然その場にはシャルウォートと自分の拉致を現場で指揮していたドウアンがいた。


 これは幸いと王女はシャルウォートと互いに無事を喜びつつ、ドウアンの体に報復として大穴を開けてやったというわけだ。


(猪突猛進で何もかもが豪快なのがいかにもあの方らしいけど……)


 ユフィニア王女は一見すると上品でたおやかな王女様なのだが趣味は筋トレと称した超人修行でありその見た目からは想像もできないようなパワーを秘めた女性である。

 それは彼女の母親、現王妃が病弱な女性であるという事に由来している。

 体が弱いという事は大切な人を心配させ、悲しませるものだと幼い頃に知ったユフィニアは健康な肉体を得るべくトレーニングを開始し、それが行き過ぎてとんでもない事になった。

 ついでに思考も大分脳筋になってしまっており大抵の問題は体当たりで破壊する。


 そんな彼女は己に制約を課しており素手での暴力や刃物や鈍器を使った暴力は「はしたない」として行わないのだ。

 ならず者たちに彼女が大人しく監禁されていた理由がそれである。

 弓類の扱いに長けており長弓やクロスボウを好む。

 その射撃の腕前はかなりのものだ。


 シャルウォートとは幼馴染であった彼女はアムリタの世話焼きによって十数年ぶりに再会を果たし、めでたく恋人同士となった。


「ぬははははッ。それもこれもぜェェェんぶこの優秀なわしの働きによるものだという事を理解しておくのだぞ、お前たち」


 テーブル席に偉そうにふんぞり返って座りコーヒーを飲んでいる髭の男、ギエンドゥアン。


「……おじさまが何でここにいるのかしらね」


「とりあえず、それ飲んだら帰ってくださいね」


 アムリタとシオンがそんな彼に冷たい視線を向ける。


「ぬあッ!? 何だその辛辣な態度は!! 今回の功労者だろうがわしは!!」


 それに対してギエンドゥアンは非難の叫び声を上げるのだが……。


「聞いていますよ。おじさま、ユフィニア様からも相当の金額の謝礼を受け取ることをお約束しているみたいじゃないですか。報酬は私がお支払いしましたよね? 二重取りというんじゃないですか、これ」


「……………」


 あくまでも冷たい視線を向け続けるアムリタに沈黙せざるを得なくなる。

 アムリタの言う通りであり、この男は後日向こうの王家から多額の報酬を受け取るという約束をユフィニア王女に取り付けているのだった。


「いや、だってさ……今回はわしもあれこれ出費してるんだし……。危険手当的な意味でももう少しわしに見返りがあってもいいと思うんだよね……」


 隅っこの方で小さくなってブツブツ言いだしたギエンドゥアンだ。


「……ほんとにしょうがない人ですね。悪いオトナの見本ですよ」


 まだシオンは呆れて彼を白い目で見ている。


「まあ、おじさまも頑張ってくれた事自体は事実だからこの辺にしておきましょう」


 そこに外の掃除をしていたアイラが戻ってきた。


「騎士団の人たちが来ているわ。お迎えですって」


 アムリタが「私?」と自分を指さすとアイラが苦笑しつつ肯く。


「……ゆっくりできるのはまだ先か」


 肩をすくめて嘆息するアムリタであった。


 ───────────────────────────


 久しぶりにロードフェルド王子の執務室を訪れる。

 きちんとジェイドに変身した上で軍服に着替えてきたアムリタ。

 王子はトレードマークともなっている銀色の鎧姿で彼を出迎えた。


「急に呼び出して済まなかったな」


 言葉の通りに申し訳なさそうにしている王子に「いや」とジェイドは首を横に振る。


「あれこれ一度にありすぎてこっちも混乱していてな。当事者の一人であるお前に話を聞きたい」


 王子に勧められて応接用のソファに座る。


「……とはいっても、僕にもどれくらい話せることがあるか」


「互いの得ている情報をまずは擦り合わせるとしよう。まずはカトラーシャ家のアークライトに付いてだが……」


 王子とジェイドが交互に情報を出し合う。


「……なるほどな。つまり、まとめるとアークライトの背後には東の国から連れてきたらしい者たちがいるという事か」


「ジュウオウジとか言っていたが……」


 ジェイドの言葉にロードフェルドがなるほどと肯く。


「十王寺とはアークライトが留学しているときに彼の面倒を見ていた家のことだ。皇都で生活をしているが実際には皇国の従属国の国王であるらしい」


 王子が言うには彼のホームステイ先であったらしい十王寺家。

 そこがアークライトの陰謀を手助けしていた者たちを派遣したという事なのか。


「クリストファーがアークライトを刺したというのは仲間割れという事か」


「そうだと聞いている。この先の活動の展開について不和があったようだな」


 ざっくりとした説明をしたロードフェルドであるが、実は彼はもっと詳細な話をクリストファーから直に聞いている。


『……アムリタを、殺せと……言われた。だから……刺した』


 ……彼はそう言っていた。

 何故それが「だから」で繋がるのか。そこを追求することはしなかったが、彼にとってはアムリタの殺害は造反に走ってでも従うことのできない指令だったという事なのだろう。


(だが、すまないがこれはお前には話してやることはできん)


 ジェイドを見ながら王子は考えている。


『アムリタには……黙っていてくれ。頼む』


 自分にそう言ったクリストファーの気持ちを汲んだのだ。


「彼は十二星(トゥエルブ)の家の人間だ。『幽亡星(ファントム)』のヴォイド家……血の繋がりはないが本家の者だ」


「……!」


 驚いて顔を上げるジェイド。

幽亡星(ファントム)』といえばあの舞踏館で大勢を無残に呪い殺していたあの怪物ではないか。

 あの凄惨な光景は今でもたまに悪夢を見る。


「あの家の事は長らく謎だらけだったが、彼の言うことにはどうも孤児を引き取って呪術と暗殺術を仕込んで仕事をさせているらしい。クリストファーも元は孤児であったそうだ」


「……………」


 何か、痛みを耐えているかのような表情のジェイド。

 彼らがさせられていた「仕事」とは……それは改めて語るまでもあるまい。


「思うのだが……」


 天井を見上げるロードフェルド。

 王子の表情も陰鬱だ。


「こういう事が起こるのも、全ては王国が十二星を聖域化しすぎていたせいかもしれん。『幽亡星(ファントム)』然り、『幻夢星(ミラージュ)』然りな……」


「……十二星(トゥエルブ)を解体するつもりなのか?」


 驚くジェイド。

 だが王子はゆっくりと首を横に振った。


「そこまでは考えていない。王国とは十二の星に守られた国。十二煌星(トゥエルブ)とは国のシンボルでもあるからな。……だがそこに固定された十二の家が何があっても居座り続けているというのはよくない事だと考えている。象徴であるのならばそれに相応しい品格と実績があるべきだ」


「つまり……()()()()家が出るという事か」


 そうだ、と王子は肯く。


「数年おきに十二星に相応しいかの審査を行い、相応しいと判断されれば存続しそうでなければ降格させて下位の家から相応しい新しい十二星を選抜する」


「反発を受けるぞ」


 ジェイド個人としてはいい考えだとは思うが、これまで先々まで安泰だったはずの自分たちの地位が変動するものになってしまう一等星たちの賛同は得られまいとも思う。


「容易い道ではないだろうな」


 だがそれはジェイドに言われるまでもなく王子もよくわかっているだろう。


「だからこそやらなければならんのだ。『幽亡星』のような家を一等星だからと野放しにし続けてきた事は我が王家の罪でもある。それをここで……正さねばならん」


 決意を込めて拳を握るロードフェルドであった。

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