表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/166

王女の流儀

 その男女は揉めていた。


「帰るわよ……!!」


「いっ、イヤだ!!」


 現在進行形で……とても、揉めていた。


「何よ! このわからずや!!」


「ど、ど、どっちがだよッ!!」


 アムリタによるクリストファーの説得は難航していた。

 そもそもクリストファーからすれば戻れば自分は粛清されると思っているので話がまとまるはずがない。


「戻れないんだよ。戻れば……僕は消されてしまう。もう……戻れないんだ……」


 ヴォイドの家は……『幽亡星(ファントム)』は造反者を許さない。

 家の意向に歯向かえば必ず消される。


「……だ、だけど、よかった」


 クリストファーの目からぽろっと涙の雫が落ちる。

 彼は頬を引き攣らせながらも何とか笑おうとしていた。


「道具として死ぬんじゃなくて、最後に自分の意志で……」


「……!」


 アムリタが息を飲む。

 スッと地面から影が持ち上がった。誰かがクリストファーの背後に突然現れたのだ。

 黒い影は後ろから手を伸ばし、クリストファーの首に巻き付けて締め上げる。


「…………」


 ほんの数秒で彼は意識を失いだらんと弛緩してぶら下がった。


(今の締め技は……ッ!!)


 突然現れた黒装束の男に飛び掛かろうと身構えるアムリタ。

 今の締め技は自分も使う格闘術のものだ。

 東の国の複数の格闘術を原型に西のある国が自国の軍隊用格闘術としてアレンジしたもの。


「ちょっとストップ! 待った待った!!」


 黒装束の男が片手を上げてアムリタを制止した。

 その声は彼女のよく知る軽薄な男の……。


「シャル……!!」


「やぁ、どーも……ご無沙汰してるね」


 覆面をずらして素顔を外気に晒し、苦笑いするシャルウォート。


「心配したのよ! 大丈夫だった?」


「御覧の通りボクはなんともないがね。とにかく色々あってさ。……というか、今もまさに色々こんがらがっている真っ最中なんだけど」


 腕組みをしてトホホ顔で嘆息するシャルウォートだ。


「……ところで、ボクのメッセージは見てくれたかな?」


「ええ、見たわ」


 肯くアムリタ。

 それは彼への手紙が返送されてきた時のことだ。


 ……………。


 ……どうにも引っかかる。


 彼に宛てて投函し受取人不在で戻ってきた自分の手紙を見て何か違和感を感じたアムリタ。

 第六感というか、虫の知らせのようなもの。


 封は開いていない。

 当然だ。相手の手に渡らずに戻ってきた手紙なのだから。


 その自分の未開封の手紙を思い立って彼女は開封した。


 中は間違いなく自分が書いた手紙。

 だが……。


 手紙には上から重ね書きがしてあった。

 斜めの大きな字の走り書きで。


『助けて』の一言だけと、そして……。


 これも乱暴に描かれた何かの模様。

 それがアムリタはランセット王家の紋章だとわかった。


 そしてこれを伝えてきたのがシャルウォートであれば、伝えたい内容は明白だ。


 ……………。


「ごめんなさい。メッセージは読み取れはしたのだけど……そちらはまだどうにも」


 視線を伏せるアムリタ。

 一応手配はしたのだが手違いで信用できないオッサンが現地に向かってしまった。

 その後、改めてマチルダたちに依頼しようとしたのだが間が悪く彼女たちも別の仕事を抱えていて未だに頼めてはいないのだった。


「……はは、まあそれはそうだろうね」


 何しろ隣の国にいってそこで監禁されているはずの王女を探し出して救出してほしいというとんでもないSOSだ。

 彼もそうそう上手くいくとは思っていない。


 ……………。


「ともかくだ、ちょっと彼のことはボクに任せてもらえるかな。彼も相当なワケ有りでね……」


 抱き留めている気絶したクリストファーを見下ろして言うシャルウォート。


「貴方がいいならそれでいいけど、大丈夫なの?」


 アムリタは心配そうだ。

 彼自身色々と追い詰められている状態だろうにその上、他者の事まで抱えきれるのだろうか。


 それに対して『硝子蝶星(スワローテイル)』の男は大丈夫だ、と請け合うのではなくただほろ苦く笑う。

 どちらにせよもうシャルウォートはギリギリなのだ。

 アムリタを殺せという指示が出てしまっているのだから。


 さすがにそれは誰を人質に取られていようができない。


『ほほほ、麻呂の読みの通りになったようでおじゃるな』


 不気味な声とともにアムリタたちの立っている地面に突然光る五芒星が浮かび上がる。


「……うあッ!! 何!!??」


 立ったままで全身が締め付けられているかのように圧迫され苦しい表情でアムリタが叫んだ。

 辛うじて目線を上げて見れば虚空に東方の装束らしきものを着た狐の面の男が鬼火と共に浮かんでいる。


「ふん、硝子蝶よ。そなたがその小娘と何やら繋がっておる事くらい麻呂にはとうにお見通しでおじゃる。泳がせれば尻尾を出すと思うたが案の定よ」


「……………」


 あの常に余裕の薄笑いを浮かべているシャルウォートが苦渋の表情で歯噛みしている。


 もがくアムリタとシャルウォート。

 しかし目には見えない束縛は全身をきつく拘束しておりわずかに身体の位置をずらすことすらできそうにない。


「無駄じゃ無駄じゃ。この時の為に練りに練った封縛陣よ。そなたらはこれより指一本動かすこともできず、その場に倒れることもできず立ったまま麻呂に嬲り殺しにされるのじゃ」


 勝ち誇って空中で胸を反らして嘲笑うドウアン。


「さあ真っ赤な血飛沫を上げて麻呂の目を愉しませよ!! 絶望の悲鳴を上げて麻呂の耳を愉しませよッッ!!! まずは指を一本一本念入りに落としてェェェ……」


 狂悦するドウアン。


 歯を食いしばるアムリタ。


 ……その時、どこかからガォンと獣の吠えかかるような音が聞こえた。


「……………」


 空中でぐらりと傾いた狐の面の男。

 ……その胸に子供の握り拳大の穴が開き、向こう側の景色が見えている。


「……ォ……ごッッ」


 狐面の下から大量の血が滴る。仮面の裏でドウアンが血を吐いた。


「な……なんじゃ……これ……は……」


 自らの胸にぽっかりと空いた穴を見下ろして慄くドウアン。


「ごバッッッ……!!!! 何故、何故に……麻呂の身体に穴が開いておる……ッッ!!!!???」


「それは素敵な休暇(バカンス)をプレゼントしてくださった貴方へのほんのささやかなお礼でございますわ」


 誰かが……歩いてくる。

 颯爽とドレスの裾を翻して。


 大きなライフル型のボウガンを肩に担いで、栗色の髪を風に靡かせて。


「……ユフィニア様ッッ!!」


 目を輝かせるアムリタに彼女はウィンクを返して王女は再びボウガンを構える。


「恩も恨みも常に倍にしてお返し致します!! それがこの私……」


 照準を定める。

 この距離ならば彼女が的を外すことはない。


「……ユフィニア・メリルリアーナ・ランセットの流儀ですので!!!」


 ガォォン!!!!


 轟音と共に射出される短矢(ボルト)がドウアンの身体に二つ目の穴を穿ち、怪人は大量の血を撒き散らしながら地面に落下した。

 それと同時にアムリタたちの戒めが解けて身体を動かせるようになる。


「……シャル!」


「あぁ、ユフィニア……!!」


 熱い抱擁を交わすユフィニア王女とシャルウォート。


 そんな二人をやや白けた横目で見ながら歩いてくるタキシードの悪人面の男。


「お前なぁ~……何で人に大変な仕事を押し付けておいて自分は温泉に行っとるんだ。お陰でここを探すのにどれだけ苦労したか……」


「そんな事を言われても……。大体が私、おじさまに仕事を依頼したわけではないし……」


 半眼でボヤいてくるギエンドゥアンをやはり半眼で見返すアムリタ。

 この男が勝手に依頼を横からひったくって出かけていったのだ。

 しかも依頼内容は所在を確認する事と救出までの段取りを考案する事であり助けてこいなどとは言っていない。


「でも、おどろきました。おじさま本当に救出を成功させてきたのね」


「ま、まあな……! わしは有能な男だからな、ぬはははは」


 何故か目を逸らして若干乾いた笑い声を上げているギエンドゥアンだ。


 ……………。


 救出したユフィニアを伴っての逃避行。

 国境線を越えてもマフィアたちの執拗な追跡は続いていた。

 倒しても倒しても後から後から追手がやってくる。


「でぇぇぇええええい!! キリがないわい!! どっからこんなに沸いて出てくるんじゃ!!!」


 昼夜を問わずに追手がやってきては逃走に戦闘の繰り返しで流石にこのタフな悪党も消耗していた。


「私にも何か武装を……調達しに参りましょう!!」


 そう言うとユフィニアはその街の貴金属を取り扱う店に入り、身に付けていたアクセサリー類を全て換金して現金に換えた。


「……勿体ない。あんな捨て値で捌いてしまいおって」


「今はそのような事は言っていられませんわ!」


 続いて彼女がやってきたのは街の武器屋である。


「こちらのお店で一番威力のあるクロスボウを下さいませ」


「一番ねえ……あるにはあるが」


 小太りの老店主はそう言って壁に掛けられた大きなライフル型のクロスボウを見る。


「ありゃ、この街で一番の力自慢の猟師が特注で作らせた奴だ。だけど結局その猟師も一人じゃ装填できなくてね……ああして壁の飾りになっちまってる」


「まあ、素敵ですわね」


 笑顔で壁のクロスボウを下ろすユフィニア。


「ははは、そいつは装填に大の男が三人掛かりになるんだ。お嬢さんじゃちょっと……」


 ……ガォォォンン!!!!!


 壁にあった試射の的をその石壁ごと貫いたボルト。

 茫然として動かなくなってしまう店主。


「気に入りましたわ! こちら頂きます。壁の修理代も合わせて置いておきますわね!」


 どどん、とカウンターに札束を積み重ねてユフィニアがクロスボウを担いだ。


(……どういう馬鹿力じゃい!! 本当に王女なのかコイツ!!!)


 そしてそれを見ているギエンドゥアンが嫌そうな顔をしていた。


 ……………。


(……フン! まあ散々苦労はさせられたが、報酬はあの王女が約束してくれておるし通して見れば大儲けだ!)


 等とギエンドゥアンが内心で邪悪に笑っていると……。


 何かが風きり音を立ててこの場に迫ってくる。

 全員がその音に全身を緊張させた。


 ……ドガン!!! ズガン!!!!


 落下してきた巨大な何かが土埃を巻き上げる。

 もうもうと立ち込める煙の向こう側には人型のシルエット。


「今度は何よッッ!!!!」


十王寺(じゅうおうじ)六傑士(ろくけっし)……『人形使い』不知火(しらぬい)マコト推参っス」


 屹立する無数の巨大な木偶人形。

 その内の一体の肩の上に黒装束の糸目の女が立っている。


「彼はそちらに回収されるわけにはいかないんで……連れて帰らせてもらうっスよ」


「……………」


 木偶人形の内の一体が小脇に血塗れで動かないドウアンを抱えている。

 糸目の女……マコトを睨みつけるアムリタ。


「……それじゃ、あちきはこれで。お互いこれでもう会う事がないといいっスねぇ」


 マコトがそう言って苦笑いすると周囲を灰色の煙幕が覆った。


 そして……その煙が晴れた時には彼女の姿も多数の巨大な人形も影も形もなくなっているのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ