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探す者、追う者

 洋館のホテルの一室でアムリタたちが難しい顔をしている。

 何者かに刺されて現在生死の境を彷徨っているアークライト。

 その何者かは今現在も逃走中である。


「え? じゃあ自分がカトラーシャ家のアムリタだってバラしちゃったんですか?」


 アムリタから昨夜あった事を聞かされたシオンが目を丸くしている。


「それは……思い切った事を、したわね」


 物憂げなエスメレー。

 アムリタもどこかバツが悪そうな表情だ。


「や~……もう、向こうも完全にそう思って聞いてきているんだろうし、下手に誤魔化すよりかは認めちゃって、それでそんな事知ってたって何のメリットにもならないって言っておいた方がいいかなって」


「でも、それで何で一晩経ってアークライトさんが刺されてるんでしょうかね……」


 首を傾げるシオンだがそれはアムリタにもわからない。

 自分が襲われたと言うのならまだ何となく理解もできるのだが……。

 そもそも自分が正体を告げたことと彼が刺されたことに関係があるのかどうかもわからないが無関係とするにはタイミングが良すぎる気もして落ち着かない。


 そこへイクサリアが戻って来た。


「ただいま、色々と聞いてきたよ」


 事件の調査に出向いてきている駐在の騎士たちに話を聞いてきたイクサリア。

 彼女が王女と知った彼らはガチガチに緊張している様子だった。


「アークライトは二人連れで宿泊していたらしい。もう一人は若い男で黒髪で彼よりは頭半分くらい背が低い」


(……クリスだ)


 薄々そうではないかと思っていたアムリタ。

 バラバラに三者が偶然この宿に集ったと言う事はありえないだろうと。


「その連れの男が現在行方を晦ましている。この男が犯人ではないかと騎士たちが捜索中だね」


「アークライト氏は連れの男に刺されたの? 次期十二星としては随分不用心な話ね」


 アイラは釈然としない様子である。

 自分を刺してくるような男と二人で旅行をするだろうか? 大貴族の跡取り息子が?

 ……そう疑念を持っているのだろう。


「多分、その……行方が分からなくなってるっていうのは、クリストファーだわ」


 アムリタの言葉にまたも一同が驚かされる。

 アムリタは全員にクリストファーもこのホテルに宿泊していたらしい事を説明した。容姿も完全に合致する。


「イクサ、ちょっと騎士団の人に話をしておいてくれる? 私も探しに行くわ」


「一人かい? ダメだよ、危ないよ」


 表情を曇らせて首を横に振る王女。


「でも皆で行ったら多分彼は姿を見せてはくれない。もしもの時は全力で逃げに徹するから」


 アムリタもただの人間ではない。彼女は魔術的な強化人間である。

 その彼女が本気で逃げに徹すればそれを阻むことができる者はそうはいないだろう。


「それなら私も出るよ。アムリタが単独行動がしたいというのなら別行動にしよう。……シオン、一緒に来てくれるかな? 私はその逃げている男の事は知らないから初めから力ずくで捕らえるつもりで探すことにするよ」


「わかりました。彼の容姿は私がわかりますから」


 イクサリアが呼び掛けるとシオンが肯いて応じる。


 アムリタの意思は尊重しつつも彼女が心配な王女の妥協案だろう。

 先に自分が逃げている男を捕えてしまえば彼女を危ない目に遭わせずに済む。


「私はエスメレーさんとここで待機するけど、日暮れまであと数時間……日が落ちたら結果の如何に関わらず一度戻ってきて頂戴。夜になってからの事は改めて決めましょう」


 アイラの言葉に全員が肯いて、そして彼女たちは各々行動を開始する。


 ────────────────────────


 ホテル近くの林の中。

 太い木の枝の上に立つ禍々しい青紫色の揺らめくオーラを纏った狐の面の男。


「なんじゃ? これは……どうなっておる? 何故アークライトが刺されて死にかけておる」


「クリストファーが逃げているようだ。あの男が刺したか?」


 不快げに鼻を鳴らしたドウアンに答える翁面の黒子……シラヌイ。


 アークライトは自分たちを呼び寄せて標的を襲わせるつもりだった。

 その前に戦闘を開始していたとは思えない。


 ……と、するならば状況的にクリストファーが彼を刺して逃げていると考えるべきだが……。


「解せんな。あ奴も闇の世界で生きてきた始末屋だ。雇い主を刺す程の諍いを起こすか?」


 釈然としないシラヌイである。


 仮にそうであれば成功しようが失敗しようが身の破滅だ。

 クリストファー・ヴォイドはヴォイド家が幼少時に引き取って育て上げた殺人マシーンである。

 冷静に冷徹に任務を遂行するだけの生きた機構(システム)である彼が雇用者であるアークライトを本当に刺したのだとしたらなぜそのような不具合が起きたのか。


「うむ? ほうほう、これはこれは……。宿に動きがあったようじゃ」


 狐面の男の声がわずかに弾んでいる。彼にとって愉快なことがあったようだ。

 ドウアンは宿の周囲に己の式神を放って監視しているのである。


「アムリタ・アトカーシアが宿を離れたわえ。どうやら単独のようじゃ。ほほほほ、これは好都合」


「やるというのか? しかしアークライトはあの状態だぞ」


 楽し気なドウアン。

 小さく唸ったシラヌイ。


 自分たちの司令塔たるアークライトは現在生きるか死ぬかの瀬戸際で意識がない。

 もしも彼がこのまま命を落とせば自分たちがしてきた事、そしてこれからしようとしている事は全て無意味だった事になる。


「じゃが、この好機にみすみす指を咥えておるのかえ?」


「あ奴の最後の指令は準備をして集まれという所までだ。仕掛けよとは言われておらぬ」


 逃げているらしいクリストファーを追うか。

 単独で動いたアムリタを襲うか。

 それともアークライトが目を覚ますまでは待機するか。


 そこで、それまでは黙っていたその場の三人目が口を開く。


「……行き詰ったね。それなら自由行動でいいんじゃないの? 自己責任でさ」


 軽妙な語り口調の黒覆面の男だ。

 黒一色の拳法着姿の彼は腕を組んで背中を木の幹に預けている。


「勝手にやるといいたいのか」


「だってさ、こうなったらボクは君らの指示なんか聞きたくないし、君らだってボクが仕切るのはイヤだろ? それならもう各自自己責任でやるしかないんじゃないかな」


 若干凄むように声を低くしたシラヌイに肩をすくめる黒覆面。


「ほほほ、生意気な口を利きよるわえ。じゃが、まあこ奴の言うことにも一理あるでおじゃる。このまま三すくみをやっておっても致し方なしじゃ。麻呂は麻呂の判断で動くとしようぞ」


 そういうと無数の青白い鬼火と共にドウアンは姿を消した。


「……それじゃ、まあそういう事で」


 黒覆面もひらひらと手を振ってどこかへ歩いて行ってしまう。


 その場に一人残されたシラヌイが翁面をずらして素顔を外気に晒し、はぁと大きなため息をついた。


「あ~もう、本当にどうなっても知らないっスからね、あちきは……」


 ボヤいてぐったりと肩を落とす糸目の女であった。


 ──────────────────────────


 クリストファー・ヴォイドは今暗がりに身を潜めている。

 古寺院近くの神官たちの寮の倉庫である。


「や、やった……やってしまった……。僕は、僕はどうして……ああっ、あんなことを……」


 アークライトを背後から刺したクリストファー。

 刺したと同時に()()()()()に呪詛をねじ込めば今頃彼はとうに故人になっていた事だろう。

 それをしなかった、できなかったのは無意識の内に最後の理性が働いたからか。


 冷汗と震えが先ほどから止まらない。

 動機が心臓が破れてしまいそうなほど早く強く鳴り続けている。


 アムリタを殺すとあの男は言った。


 もう彼女に会えなくなる。あの笑顔を自分に向けてくれることも永遠になくなってしまう。

 そう思った時にはもう身体が動いていた。

 刺してしまってから自分が何をしてしまったかに初めて気が付いて……そして、逃げ出した。


 これから自分はどうなるのか。

 破滅だ。……破滅しかない。

 どの種類の破滅が待ち受けているのかの違いがあるだけで、バッドエンドは確定してしまっている。


「……クリス! クリス、どこなの? 私よ。いるなら出てきて……!!」


「……!!!」


 闇の中で目を見開いたクリストファー。


 彼女の……アムリタの声が聞こえる。

 自分のことを探している。


「……ダメだ、ダメだッ! 来るな……来るな!!」


 激しく動揺するクリストファー。

 もうシラヌイたちがこの地に到着していてもおかしくはない時間だ。

 彼女は狙われている。

 アークライトが指示を出せない状態だとはいえ彼らが状況を座視するとは限らない。


 無我夢中で潜んでいた倉庫を飛び出す。


「……アムリタ!!」


「クリス!! よかった……」


 飛び出してきたクリストファーにアムリタが目を輝かせる。


 ……が!

 そこで彼女がピタッと動きを停止した。


(どうしよう、思っていたよりもあっさり見つかっちゃった!! 私は彼を探してどうするつもりなのかまだ決まってないんですけど!!)


 勢いで飛び出してきてしまったものの、彼を見つけてどうするのかがまだ定まっていないアムリタ。

 そもそも彼は本当にアークライトを刺した犯人なのか……?


 だとすれば……やはり連れ帰るしかないか。


「来るな……アムリタ……」


 苦しい表情で……クリストファーは短剣を取り出す。

 その刃はまだ血で汚れている。


 それを見せることで彼は自分が何をしたのかをアムリタに示したのだ。


「僕が何をしたのか……それを知っていて探しに来たのか」


 短剣の刃をアムリタに向けるクリストファー。


「お前も同じ目に遭いたいのか!! おとなしく帰れ、アムリタッッ!!」


「……………」


 アムリタは……一歩前に出る。

 彼に近付く。


「……ッ! 聞こえなかったのか……!!」


「聞こえているわ。……だけど、それは聞けない。私が帰るのなら貴方も一緒よ」


 なんて辛そうな表情(かお)をしているのだろう。

 本気で自分を傷付けようとしている、害意のある者はあんな顔ができるはずがない。

 必死になって自分を遠ざけようとしている彼には何か事情があるはずだ。


 話せないのだとしたらそれを無理に聞き出そうとは思わないが……。


「連れて帰るわよ。……さあ、クリス」


「……やめろ……やめろ! ……来ないで」


 近付いてくるアムリタにただ立ち尽くすことしかできないクリストファーが震える声で言った。


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