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密談

 胡乱にして不遜な道化師……シャルウォート。

 十二星(トゥエルブ)の家の当主でありながら権力とは一線を引いている王国きっての変わり者である。

 ……そして、自分(アムリタ)の遺体を()()()()()()()()男。


「ある時、王宮御典医のアークライト先生から連絡があった。人目を避けて急いで王宮まで来いってね。ボクと彼とは色々と人に言えない悪いコトをしてる者同士繋がりがあってね」


 アムリタの亡骸はクライス王子達の手により王宮へと運び込まれていた。

 そこで王家お抱えの医師であるアークライトに死亡確認をさせたのだが……。


「そこで彼は気が付いたのさ。君の蘇生が始まっていることにね……。それでボクに連絡を寄越した」


 魔力と人体の関係について研究しているシャルウォートにとってアムリタはこの上もない生きた研究素材(サンプル)だったのだ。

 彼はアークライトに金を支払い密かにアムリタの身柄を自らの屋敷に移した。

 そして用意したアムリタと同年代の女性の遺体を別ルートで入手しすり替えたのだ。


「取り替えたって……顔は? 顔を見れば私ではない事に気付かれてしまうでしょう?」


 眉を顰めて疑問を口にするアムリタにシャルウォートがニヤリと笑う。

 そして彼は自らの顔面に右手を当てると撫でる様にスッと引いた。

 その下から覗いたのはまったく違う男の顔である。


「……!」


「御覧の通りさ。ボクの家……クラウゼヴィッツ家に伝わる魔術は幻覚の魔術。偽りを見せ真実を覆い隠す。こうして入れ替えた遺体を君の姿に見せて葬儀をさせたんだよ」


 性質(たち)の悪いペテン師だ……とアムリタは顔をしかめる。

 とはいえ彼に感謝する部分もなくはない。

 どのような形であれ自分にとっては命の恩人である。

 そのまま遺体が王宮に置かれてクライスたちに蘇生中である事を知られれば止めを刺されてしまっていた事だろう。


 アムリタが魔力で心臓を再生し目を覚ますまでにかかった時間は八か月程。

 その間に実家とクライス王子の周辺では様々なことが起きていた。


 アムリタの死は王国辺境の半獣人の部族の襲撃だという事にされていた。

 その部族は長く王国側と生活エリアの境界問題で紛争状態にあり、大王ヴォードランが武力で解決し完全に支配下に置いたのだ。

 部族側はそれに納得しておらず報復として王子を狙い、アムリタは巻き添えになったというのが王国の発表した内容である。


「嘘よ。あの場にそんな人たちはいなかった……」


 襲撃を掛けるのならあんな見通しの良い草原でやるはずがない。

 あの場ではどこにも身をひそめる場所がない。

 そこは王子たちも無理があると思ったのか、襲撃場所は草原ではなく付近の林の中の小道であるとされていた。


 そして一か月後。

 クライス王子は婚約者の弔い合戦として騎士団の一隊を率いて出陣し件の部族を攻め滅ぼしている。

 王国民たちはこぞって彼を襲った悲劇を嘆き、戦果を称えたそうだ。


 ……アムリタの死より半年後、両親は職務の全てを甥に引き継いで一切から退き隠棲のために都を離れ地方へ向かった。


「……ふんがーッッ!!!!!」


「痛いよ!!???」


 思わず持っていた分厚い書物をブン投げてしまったアムリタ。

 宙を舞った魔術所は狙ったんじゃないかと疑いたくなるほどシャルウォートに直撃して彼は悲鳴を上げた。


「ごめんなさい。急に思い出し怒りが」


「……まァ、気持ちはわかるがね。それで、これからどうするつもりなんだい?」


 本がぶつかった個所を手で摩りつつシャルウォートが訪ねてくる。

 この男には自分の身に何があったのか、真実を洗いざらいぶちまけた。

 どうせこの男も表に出ればタダでは済まないことに手を染めているのだ。


「……クライスを殺すわ」


 自分にはもうそれしかする事がない。

 成功するはずはないが、そこはもう自分にとっては大した問題ではないのだ。

 やれるかやれないかではなく、大事なのはやるかやらないかだから。


「簡単に言うね。……気の毒だが君は失敗して捕らえられるよ。そこで君がいくら自分が何者であるかを主張しようが彼らは君を亡きアムリタ嬢の名を騙った不届きものとして処刑することだろうね」


「かもしれないわね。けど、それが何?」


 挑みかかるように鋭い視線を目の前のニヤけた男に向ける。

 以前の……何も知らない箱入り娘だった頃の自分には決してできなかった表情で。

 生まれてこの方誰かとケンカをした記憶すらない娘が王子を殺すのだと言う。


「やれやれ、ちょっと落ち着こうか……」


 ため息をついたシャルウォートは椅子を引いてきてそこに座り、すらりと長い足を組んだ。


「どうせやるのなら、しっかりと準備をして計画を練って成功させようじゃないか。玉砕前提ではなくね」


「……? 意味がわからない。何でそんな事を言うの? 貴方になんのメリットが?」


 薄笑いを浮かべている若き大貴族。

 その彼を見るアムリタは怪訝な表情である。


「ボクもあんまり好きじゃないんだ、あの王子サマがね」


 苦笑しつつ軽く頭を横に振るシャルウォート。


「そして君のことは好きだ。何しろボクに新しい知識の光をもたらしてくれた恩人だからね。それなら好きな方を味方したいと思うのは自然な事じゃないかな?」


「……………」


 胡散臭いものを見る目でシャルウォートを見ているアムリタ。

 世間知らずの自分ではあるが、さすがにこれを鵜呑みにできるほど脳みそはお花畑ではない。


 王族殺しはこの国では最大級の罪だ。

 当事者ではなくとも関わっているとされただけで確実に死罪となる。

 無論そこは十二星であろうが関係はない。


「いいわ。何をしてくれるのか知らないけど手を貸して」


 フゥ、と軽く息を吐いてからアムリタはうなずく。


 ……どうせ、成功確率マイナスからスタートするような暗殺計画なのだ。

 それが1%でも2%でもプラスにできるのなら相手の思惑などどうでもいい。

 使えるものは使うだけだ。


 そうしてシャルウォートと共に準備をすること一年と半年。

 彼がアムリタにもたらしたものは自身を強化する魔術と性別を変える魔術。

 そして格闘術だ。


 それをもって準備としアムリタは彼の手引きで王宮へと入り込んだ。


 ……………。


 ………そして現在。


(何よ。何なの? この状況は……。私、考えなきゃいけないことが多くて忙しいんですけど)


 アムリタは……ジェイドはひたすらに困っていた。

 現在は休憩時間だ。

 昼食をとろうと王宮の中庭のベンチに座りお手製の粗末なサンドイッチを出したところ……。


「なんだよ、そんなチャチい飯で腹がちゃんと膨れんのか?」


 そう言いながらドスンと隣に腰を下ろしてきたマチルダ。

 彼女は大きな弁当箱を持っている。


「男ならちゃんと肉を食えよな。ホラ、オレのをちょっと分けてやるよ」


「あ、ああ……」


 フォークに刺さった焼いた鶏肉の切り身にタレの掛かったものをグイッと突き付けてきたマチルダ。

 もうそうなると拒否もできないので黙って口に突っ込ませる。

 ……冷めてはいるものの、かなり美味い。


「美味いな」


「だろ? オレが自分で作ったんだぜ」


 素直にほめるとマチルダが目を輝かせている。


「こう見えても料理は結構得意なんだ。剣を振り回してばっかじゃねーぞ。それに、子供だって割と好きな方だし……」


「ん?」


 ……何の話だ?

 段々と小さくなっていく語尾に眉を顰めるジェイド。


「つ、つ、つまりだな……オレは自分が割といい奥さんになるんじゃないかって」


「こんなところにいたのか。探したぞ」


 そこへ突然影が差す。

 仁王立ちしているのは人の話に自分の発言を被せてぶった切ることに定評のあるレオルリッドだ。

 そして話をぶった切られたマチルダは心底苦々しい表情をしている。


 そしてブロンドの御曹司はやはり何も聞かずにジェイドの隣の空いている側に腰を下ろした。

 なんでこれだけ空きスペースがあるのに皆自分のすぐ真横に座るんだと疑問に思うジェイド。


「食事中か? なんだそれは……まるで手製の粗末なサンドイッチだぞ」


 まるでも何も正真正銘まごうことなき手製の粗末なサンドイッチである。

 正解した所で出せる賞品はないが。


(うるさいわね。サンドイッチ最高じゃないの。何せパンに具材を挟むだけで完成するのよ。料理界の革命児だわ)


 サンドイッチが近年生み出された調理法のように言う脳内アムリタ。

 当然ながら彼女に作れる料理らしきものといえばこれだけだ。

 何せこれまで調理どころか厨房に立つこともさせてもらえなかった身分である。


「ジェイド、お前は馬には乗れるのか?」


「いや……」


 突然振られた話題に口籠るジェイド。

 実は……乗馬はできない。

 貴族では乗馬は一般教養の部類なのだが落ちたら危ないと両親が乗せてくれなかったのだ。

 王子とのデートの時は彼の白馬に一緒に乗せてもらっていた。


「そうだろう。平民のお前では機会もなかっただろうからな」


 自分の反応を彼なりに解釈してレオルリッドが勝手に納得している。

 ちなみに平民だろうと馬に乗れるものは乗れる。


「王宮で働く以上はいつ何時馬を駆らなければならん時が来るかわからん。エールヴェルツの所有する牧場に顔を出せ。俺が自ら馬の扱いを教えてやろう」


「……一等星さまにそんな事していただかなくても馬の扱いならオレが教えてやりますよ。オレの馬は人懐っこいから慣れてなくたって安心だ」


 どうやって断ったものかジェイドが悩んでいるとマチルダが会話に割り込んできた。

 しかし何故だろう。状況が悪化する予感しかしない。


「フン。下級の地位の者にも気遣いができてこそ一流なのだ。お前が口を挟むところではない」


(言っている事は結構正しい気はするけど……それにしても押しつけがましい!)


 その優しさはほかの平民に向けてほしいと思うジェイドである。

 目の敵にされなくなったのは有難いのだが現状は現状で困ったものだ。


「いいや! お手を煩わせることもありませんって!! オレだったら乗馬の後で手料理だって振舞えるし!!」


「何を言う女!! エールヴェルツはお抱えのシェフであろうと一流だ!! なんなら当日は屋敷からシェフたちを引き連れてきたっていい!!」


(いいわけないでしょ、牧場の人が何事かと思うわ)


 自分の頭上でヒートアップしている二人に嘆息しつつ手製の粗末なサンドイッチを齧るジェイドであった。


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