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黒衣の襲撃者、魔道局の死闘

 夜も更けてアムリタが自室で就寝の準備をしていると窓をトントンと叩くものがいた。

 ここは二階だというのにだ。

 そういう事をする知り合いは一人しかいないので彼女は嘆息しつつ窓に向かい、カギを開ける。


「こんばんは、アムリタ。今夜はいい風が吹いているね」


 窓を開けるとするりと音もなく室内に飛び込んできたイクサリア。

 その王女の言葉の通りに爽やかな夜風が室内に吹き込んだ。


「玄関から入ってきなさいよ、もう。合鍵は持っているのだから」


 お小言を言うアムリタに対してイクサリアは微笑みを返す。

 なんでもこれで相手を黙らせてしまうのだから美形はズルい、と苦笑するしかないアムリタ。


 そんな彼女を優しくベッドに押し倒してイクサリアは唇を重ねる。


 ……………。


「……それで私に話を? う~ん」


「うん。()()()の事だから念のためにキミにも話をしておこうと思ってね」


 数時間後、アムリタのベッドの中で寄り添っている裸身の二人。


「私はあんまり関係者のつもりはないのだけどね。イクサの思うようにしたらいいと思うわ」


 アムリタは何とも言えない微妙な表情だ。

『彼女』は自分にとっては近くて遠い説明の難しい存在である。


「わかった。じゃあ会ってくることにするよ」


 そう言ってからイクサリアは困った顔で少しだけ笑った。


「……私で捕まえられるかはわからないけどね」


 交渉以前の問題としてまずは会う所から既に難題である女性だ。

 現にもう何か月も行方を晦ませているし……。


 ─────────────────────────────


 王宮の一角にある古めかしく巨大な屋敷のような建物、魔道局。

 ここは国家魔術師たちの研究施設である。


 その荘厳な建物の前に今靴音を鳴らしてやってきた白銀の髪の背の高い若者……。


「このような時刻に申し訳ありません。ミハイル様」


「構わない。結果が出ればすぐに連絡するように言ったのは私だ」


 ミハイル・ブリッツフォーンが来ている。

 頭を下げる数名のローブ姿の魔導士たちに片手を軽く上げて応じる『白狼星』


 数日前に預けた怪人の腕についてある程度のことが判明したというのでそれを聞きに来たのだ。

 魔導士たちの案内によってミハイルは地下の大部屋へ足を踏み入れた。

 この部屋は特に危険な呪物を扱う為の部屋であり、数多の封印や魔術的な防護が展開されている。


「この腕ですが……おっしゃる通りかなりのマイナスエネルギーの魔力を放出しておりまして」


 部屋の中央のガラスシリンダーの中の腕を示して説明する魔導士。


「このままだと周囲に色々な悪影響を与えるでしょう。具体的には長時間近くにいれば病気になったり、また魔力的な抵抗値の低い生き物……例えば小動物や虫などを魔物化させる恐れもあります」


「……………」


 ミハイルは黙ったまま魔導士の説明に聞き入っている。

 それにしても……。


「何よりもこの腕は本体より切り離されて数日経過した現在も……まだ()()()()()()()


「……!」


 まさに今、まるで生きているようだと考えていた所だ。


「これは並外れた魔力の量と、本体と霊的にはまだ繋がっているからで……」


 不意に……。


 建物の照明が落ちた。周囲が闇に包まれる。

 いくつかの魔術アイテムが放つほんの僅かな光だけが周囲が完全に暗闇になる事を防いでくれてはいるが……。


「おぉッ……!!?」


「ど、どうした……? どういう事だ……」


 周囲の魔導士たちが動揺してざわつく気配がする。


「来るぞ……! お前たち伏せていろ!!」


 ミハイルが周囲に指示を出すのと同時に、何人かが大部屋に踏み込んでくる。

 敵襲だ。

 この闇の中では魔導士たちの応戦には期待できない。

 むしろ下手に動かれれば同士討ちの危険性がある。

 だからミハイルは伏せろと言ったのだ。


 ミハイル・ブリッツフォーンにとって暗闇は視界の妨げとはならない。

 白狼星は影を使う魔術の一族。

 ミハイルは魔力の波動で相手の影を感知し影を読む。

 影とは魔力を帯びたものであり闇の中であろうが他の大きな影に重なっていようが感知に支障はない。

 そうすることで本体の動きも見ているのと同様に把握できるのだ。


 襲撃者の人数は……6人。


 まずは一人を当身で転倒させる。

 続いて二人目をローキックで足を狙い、これも倒す。

 二人目までは難なく戦闘不能にする事ができた。


 どうにか一人でも対処ができそうか……。

 ミハイルがそう思った瞬間にその一撃が襲ってきた。


「……ッ!!!!」


 鋭い蹴り。虚空を切り裂いていくような……。

 かろうじて回避できたが側頭部をかすめていったその一撃に全身に鳥肌が立つのを感じる。


 敵の中に一人恐ろしい手練れが混じっている。

 黒覆面に黒装束の背の高い……男か。

 動きからして格闘の熟練者だろう。


(強敵だ。やれるか……?)


 黒い男の拳打が撃ち込まれる。

 弧を描く動きではない直線の打撃。

 ……回避は無理だ。

 防御して受けるしかない。


 両腕を交差させてその拳を真正面から受け止める。


「ぐ……ッッッ!!!」


 手前に置いた右腕の骨が折れる嫌な音が身体の中に響き、痛みにミハイルは表情を歪め苦痛の叫びを噛み殺した。


 ────────────────────────────


 王都の最も栄えている区画を一望できる高台に()()の屋敷がある。

 特殊な魔術的結界が張られており、一定以上の魔術の素養がないと近くまでは来れても屋敷に辿り着くことはできない。


「あなたがまたここを訪ねてくるなんてね……」


 ふふ、と艶やかに笑う翡翠の髪の妖艶な美女……柳生キリエ。

 対峙するのは蒼銀の髪の美麗な王女、イクサリア。


「お時間を作ってくれてありがとう、キリエさん」


「あなたは私の可愛いアムリタにとてもよくしてくれているようだから……会うくらいは何でもないわ」


 そう言ってキリエは口元の嫣然とした笑みはそのままに瞳を細めた。


「でもここから先のことはわからないわよ? どんなお話を持ってきたのかしら」


「うん、実はね……お願い事があって来たんだ」


 イクサリアは笑ってはいない。

 頼み事は真剣なものだ。

 果たして自分の要求がこの人を超えた……或いは外れた超常の魔人に通るか、否か。


「……東方の、『皇国』の料理をお客さんに出せるレベルで作ることのできる料理人に心当たりはないかな。それもなるべく沢山。姉が和食を出す店を開きたいらしくて探しているんだ」


「何かと思えば……そんな事」


 一瞬怪訝そうな顔をしてからふぅ、と呆れたように息を吐くキリエ。


「リュアンサがね……。何を企んでいるのやら」


「貴女は東の国から来た人だ。誰か知らないかと思ってね」


 そうね、とキリエはイクサリアから視線を逸らし何事かを考えている様子だ。


「……いいわよ。紹介してあげる」


「よかった。謝礼の話なのだけど……」


 言いかける王女を軽く片手をあげて制するキリエ。


「いらないわ。この程度の話じゃ見返りも思い付かないもの。それに私は紹介するだけよ。そこから先は自分たちでどうにかしなさいな」


「十分だよ。貴女に感謝を……キリエさん」


 立ち上がって胸に手を当て丁寧に礼をするイクサリア。


(……少し甘いか。でも、彼女も私の親友の娘だものね。多少は仕方がないわ)


 そんなイクサリアを見るキリエが内心で考えている。


 ふと、数十年前の事を思い出す。

 若き日の大王と『紅獅子星』と三人で戦場にいた頃のことを。

 くだらない、と思いつつ付き合ったが、今にして思えばそう悪い時間でもなかった気がする。


「……何か?」


 顔をじっと見られていることに気付いたイクサリア。


「別に。……随分と綺麗な御顔をしていること、と考えていただけよ」


「ありがとう。でもこの容姿も含めた私の全てはもうアムリタのものなんだ」


 ……いきなりのろけてきた。

 自分の胸に片手を当てて何故か自慢げに身体を反らせているイクサリア。


「はいはい」


 流石に呆れ顔で嘆息するキリエであった。


 ────────────────────────


 ガタンゴトン、と客車が揺れている。

 黒煙を吐いて線路を進む黒い車体。

 この世界での貴重な長距離の移動手段……蒸気機関車。


 十二星ギエンドゥアン・マルキオンは今車上の人となっていた。

 間もなく蒸気機関車は国境を超えて王国の外へ出る。

 目的地は隣国だ。


 客席で手紙を広げる髭の男。

 それはシオンから奪ったアムリタからの仕事の依頼の手紙である。


 そこに記されていたのは「さる貴人」の近況の調査と……そして。


(もしも()()がのっぴきならない状態にあると確認された場合は、これを救出する方法を考えて下さい。援助が必要ならば連絡を……か!!)


 髭の下の口がニヤリと邪悪な笑みを形作る。

 これはいい……実にいい。

 大金になる案件だ。

 こんなものが転がり込んでくるとは自分は実に運がいい。


(もしもこの相手が本当に危難に陥っているとしてだ。そんなもの馬鹿正直に助けたって大した金にはならん。わしくらいの天才になるとこの状況から何通りもの金儲けの手段を思いつくものなのだよ)


 ククク、と喉を鳴らしてギエンドゥアンが笑っている。


(身柄を確保したら向こうの家に身代金を要求したっていい。あくまでも救出に掛かった費用の請求だとすれば角も立たん! 素晴らしいな!! 救出が難しそうなら監禁側に取り入って仲間に加わってもいいし、本当にいくらでも金にできる仕事だ!! ぬははははッッ!!!)


 相手の状況もまだわかっていないのに……。

 そして仮に敵対者がいるとすれば、その規模もわかっていないというのに、自分にとって都合のいい事ばかりを考えて喜んでいるギエンドゥアンである。


 どの道、細かいことは状況を確認してから考えることになる。

 今は大雑把な道筋が頭にあればいい。


「ぬははははははッッ!!!」


 哄笑する怪人を正面に座っている上品な出で立ちの年老いた夫婦が怯えた目で見つめている。

 夫婦は結婚30年の記念の旅行中であったが途中でとんでもなく怪しい男に行き会ってしまった。


 汽笛が鳴る。

 黒い煙を吹きながら線路を進む蒸気機関車。

 車体が通り過ぎて行った線路の脇の大きな看板には「これよりランセット王国領」と記されていた。


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