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双剣は夜に舞う

 昼間、シャルウォートの屋敷から帰ってきたアムリタとアイラの二人を出迎えたエスメレー。

 彼女はその時店の外でガラス窓を拭いていた。


「あら……」


 その時彼女は二人に付いてきた()()()()に気が付いたのだ。

 それは白い紙を鳥の形に切り抜いたものだ。


「……………」


 鳥の紙片は店の上空まで飛んでくるともう用は終わったとばかりに青白い炎に包まれて一瞬で燃え尽きて消えてしまった。

 二人はそれを見ていない。

 自分たちにそれが付いてきていた事も知らない。


 ただ、エスメレーだけが二人を追跡してきたそれに気付いていた。


 ……………。


 そして時刻は間もなく日付が変わろうとしている所。


 店の前に姿を現した魔人ドウアンと眠らずにそれを待ち受けていたエスメレー。

 両者が対峙する。


「麻呂が来ることをわかっておったというのであれば一軍用意して待ち構えておればよいものを……」


「……知り合いはほんの少ししかいないわ。それに、その人たちは……戦わせたく、ないから」


 儚げに笑うエスメレー。

 その態度が余裕と映ったか、ドウアンは仮面の内の口元を不快げに歪めた。

 この男は西の国の住人が自分に対して余裕めいた振る舞いをする事を良く思わない。


「愚かな女め。せいぜい後悔するがいいでおじゃる」


 ……最小の挙動で相手を瀕死にする。


 ドウアンはそう決めた。

 この戦いのルールである。

 いや、戦いですらない。自分にとっては単純な作業だ。

 さしたる労もなくこの生意気な女を血の海に沈めてやろう。


 狐面の男は投げ捨てるように無造作に無数の紙片を放った。

 いずれも鳥の形に切り抜かれたものだ。

 昼間にアムリタたちを追跡してきたものと似ているが用途は異なる。


(……爆発、するのね)


 エスメレーにはそれが命中する前から当たればどうなるのかが見えている。

 そして黒衣の女の姿は唐突に消失した。


「……!!?」


 パンパンと破裂音が響く中、一瞬で十数mを踏破して仮面の男に肉薄するエスメレー。

 その動きを目で追うことのできなかったドウアンの目には彼女の動きはまるで瞬間移動のように映った。


 虚空を走った銀閃は二つ。

 咄嗟にガードのために上げたドウアンの左腕が切断されて宙を舞う。


「……ふンぐぬぬぬぬぬゥゥゥゥゥッッッッ!!!!」


 嚙み殺してもまだ響く苦悶の声。

 悲鳴を上げなかったのはプライドからだ。


 片腕を奪ってもエスメレーは攻撃の手を緩めようとはしない。

 冷静に……冷酷にとどめを刺しに来る。


「かぁッッッッ……!!!!」


 残った右手で仮面をずらし口元を露わにしたドウアン。

 叫び声と共に外気に触れた口から青黒い煙の塊を吐き出す。


「……!!」


 その動作も二秒前にもう見ていたエスメレーが後方に跳んで煙を回避した。


「忘れぬぞ……この痛み。この屈辱ッッッ!!!」


 晴れていく煙の向こう側から怨嗟の声が聞こえてくる。

 やがて完全に煙が晴れた時にはその向こう側には誰もおらず、ただ石畳の道路に鮮血を吹き散らす左腕だけが残されていた。


(……逃がして、しまったわ)


 目を閉じたエスメレーが長い息を吐く。


「何今の音は!! どうしたの……!!」


 店から飛び出してきたパジャマ姿のアムリタ。

 彼女は双剣を持つエスメレーと地面に落ちている血だらけの何者かの片腕からこの場で戦闘があった事を理解する。


 ……ああ、起こしてしまった、と。

 エスメレーは悲しい表情を見せた。


「ごめんなさい……。起こして、しまったわね」


 そして彼女は寂し気に笑う。


「変な人が来たから……追い払った、だけよ。気にしなくても、大丈夫」


「いえ、気にするなって言われても……」


 目の前に誰かの片腕が落ちてるし……と、それを見てげんなりするアムリタだ。


 ……………。


 その後、エスメレーをお風呂に入れてその間に店はアイラが魔術で結界を張った。

 誰かの侵入を阻めるようなものではないが、侵入者があった時には即座に全員にそれが伝わるようなものらしい。


 変な人の腕は気持ちが悪いが回収しておいた。

 そのままでは朝になったら近所の人が腰を抜かす。


 眠らずに番をするというエスメレーを無理やりに自分のベッドに押し込んでその隣に自分も横になる。


「……これからはこういう事があったら、ちゃんと私にも教えて」


 少し咎めるように言うベッドの中のアムリタ。

 彼女が独断で店を防衛した事に対しては色々と言いたいことがある。


「私の今の幸せは……貴女が、健やかに毎日を過ごしてくれること……だけだから」


 そう言ってエスメレーはベッドの中で優しくアムリタを抱きしめる。

 彼女は暖かくていい匂いがした。


「私を庇って貴女に何かがあったら私は健やかではなくなるの。それもちゃんと理解してね」


「……人生って、難しいわね」


 ふぅ、とアムリタを抱きしめたまま物憂げな吐息を吐くエスメレー。

 息子を殺された母と、その息子を殺した女が一つのベッドの中で寄り添っている。

 奇妙な夜のこと。


 結局二人は朝までその体勢のままで眠った。


 ────────────────────────────────


 アークライトは酷く憂鬱な表情をしていた。


「……失態だな」


 苦々しい声が漏れる。

 普段滅多なことで協力者を悪くは言わない彼であるが流石に黙っている事はできなかった。


 ここは彼の私室で、今目の前にいるのは小柄な翁面の黒子……シラヌイである。


「ドウアンは負傷して療養中だ。当分顔を出せぬ」


 しわがれた声で言うシラヌイ。

 この黒衣の小男が急に現れて告げることにはシャルウォートの屋敷を探っていた者たちの住処を見つけてドウアンが強襲したものの、返り討ちにあって負傷して戻ってきたのだという。

 すべて独断でだ。

 流石に止む無しと流すことはできない。


 しかも場所を聞いて更に驚かされた。

 例のアイラが働いているパン屋だというのだ。

 一等星の家の者たちが(たむろ)する店だ。

 猶更慎重に事を運ばなければならなかったというのに……。


「とにかく! ドウアンにはくれぐれも自重するように伝えてくれ。くれぐれも……くれぐれも傷が癒えたからといって意趣返しになど出向かんようにな!!」


「わかった……伝えよう」


 しわがれ声で静かに言うとシラヌイはフッと姿を消した。


「……………」


 誰もいなくなった目の前の空間をしばらくしかめ面で見ていたアークライトだが、やがて大きく嘆息して執務机の上の書類を取り上げる。


 それはアムリタ・ベーカリーに対する調査の報告書であった。

 そこには色々と気になる点が記されている。

 だがまずはなんと言っても店の所有者の名前だ。


「アムリタ・アトカーシア……だと?」


 偶然で済ませるにしては似過ぎていないか。

 死んだはずの自分の従妹の名前に……。


 従妹の訃報は異国で受け取った。

 悲劇であったし、そこから自分の人生は激変したので大きな転機となったとも言えるだろう。


 実は生きていて関係者たちでその事実を隠している?

 そう思ったがそれにしては関係者のその後がおかしい。

 彼女の両親などは全て失って都落ちしているのだ。


(そもそも隠す気ならこんな元の名が連想できる名前を名乗ってはいないだろう……)


 考えれば考えるほどわけがわからない。

 裏があることと、王家と何らかの繋がりがある者である事だけは確実だ。

 毎月かなりの額の金が王国から彼女に支払われている。

 支援金という名目であるが該当する支援の制度が存在しない。

 入金元を辿ると最後に行き着いたのはロードフェルド王子である。


 王子と繋がっている店なら下手に手を出せば王子を刺激してしまうかもしれない。

 次代の王だ。

 一番目を付けられてはいけない相手だと言うのに……。


 重ねてドウアンの浅慮が腹立たしい。


 そこへ侍従が来客を知らせてきた。


「……ああ、お通ししてくれ」


 ……頭が痛いがその事ばかりを考えているわけにもいかない。

 自分にはやらなければならない事が多いのだ。


 来客は数名の若い貴族だった。

 蒼竜会の初期からのメンバーであり自分によって『選抜』を受けた者たちである。

 全員が既に大分()()()()()()

 今日は彼らを『茶道(サドウ)』にてもてなす予定なのだ。


(そろそろ彼らも受け取る側ではなく、発信者(インフルエンサー)となってもらわなければ……)


 東の価値観を浸透させていずれ来る皇国の支配の時代を……『ミカド』の威光をこの国の人間が受け入れやすくする下地を整えるのが本来の自分の役割なのだ。

 荒事はその為のもので本質ではない。


 床の間に飾ってある立派なカタナを見るアークライト。

 それは尊敬する東方の大人物から直に賜ったものであり彼の宝物である。


『そなたには期待しておるぞ』


 それを受け取った時に掛けて貰った言葉が耳の奥に蘇る。

 口元を引き締め、決意を新たにするアークライトであった。


 ────────────────────────


 謎の狐の面の男の襲撃から一夜が明けて……。

 迷ったが結局アムリタは普段通りに店を開けた。

 日中は特別栄えているという訳ではなくともそれなりに人通りのある商店通りである。

 流石に日のある内に襲ってくるような分別の無い相手ではあるまいという判断だ。


「……そんな事があったんですね。そういう事でしたら私もこちらに泊めて頂きたいです!」


 話を聞いたシオンがそんな事を言い出した。

 しかしもうこの店には空き部屋が無い。

 一階は店舗とその裏がキッチンと食堂。

 二階は三部屋がアムリタとアイラとエスメレーで埋まっている。


「いえいえ、そこは師匠のお部屋に泊めて頂けましたら! 毛布にくるまって床で寝るのでベッドも無くて大丈夫ですよ!」


「ちょ! 鼻息!! ……流石にそういう訳にはいかないわよ」


 瞳を爛々と光らせてにじり寄ってくるシオンを両手で押し留めるアムリタ。


 そこへからんころんとドアベルが鳴り客が入ってきた。


「いらっしゃいませ。……クリス!」


 入って来たクリストファーに目を輝かせるアムリタ。

 シオンがちょっとムッとなった。ヤキモチである。


「……………」


 片目の隠れた青年はいつものようにパンの棚には向かわず店の奥……バックヤードの方を何やらしきりに気にしている。


「……どうしたの?」


()()()()()()が……あるな。早めに処分した方がいい」


 不思議そうなアムリタにクリストファーがぼそぼそと告げる。


 よくないもの……?

 何か置いていただろうかと彼女は首を傾げて……。


 そして気が付いた。

 今裏にある普段と違うものと言えば、それはエスメレーが斬り落とした襲撃者の片腕の事ではないかと。



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