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蒼竜会の真実

 手紙が返送されてきた翌日、気になったアムリタはアイラを伴って久しぶりに王都の郊外にあるクラウゼヴィッツの屋敷へやってきた。

 草原の中の小道を抜けた先の丘の上にその屋敷は建っている。


 やはり屋敷には誰もいないようだ。

 呼び鈴の紐を引いて、中からベルの鳴る音はしているものの誰も出てくる様子がない。


「やっぱり不在か……」


 呟いて眉を顰めるアムリタ。

 そこへ屋敷の周りをぐるっと回ってきたアイラがやってくる。


「人のいる気配はしないわね。窓から見た感じだと内部が荒れている様子はないし、戦闘があったという訳でもなさそうね」


「そっか。それはよかった、と言っていいものやら……」


 腕組みをしたアムリタが渋い顔で首をかしげている。


「シャルウォートが心配?」


「そうね。彼は私にとっては……んー、出来の悪い兄のようなものだから」


 出来が悪い、が入るところがなんとも彼女らしいとアイラは少しだけ笑った。

 そして彼女は手をかざし、掌の上に握り拳大の水の塊を生み出す。


「私の『水』なら屋敷の中を探りに行かせることもできるけど、その時にこの屋敷の魔術的な防護(セキュリティ)を傷付けてしまうわ。やるのかどうかは貴女に任せる」


 アイラの提案に少しの間黙って考えていたアムリタだが、やがて首を横に振る。


「今そこまでやるのは止めておきましょう。踏み込むならミハイルか王子の了解を得てからにする」


 本来、悪意のある魔術からの防護を自分たちが破ってしまうのは本末転倒な気がする。

 今日のところは引き上げることにしたアムリタであった。


 ……………。


 同時刻、カトラーシャ家屋敷。

 皇国帰りの若き跡取り息子の趣向で現在一部が和風に改装されているこの屋敷。

 アークライトは畳と障子の一室に客人を迎えていた。


 直衣に狐面姿の男……ドウアンである。


「……むむっ?」


 棚の上に置かれた何体かの土人形。

 その内の一体、童子をかたどったものがカタカタと小刻みに揺れている。


「どうした?」


「何者かが『硝子蝶星』の屋敷を探っておる」


 眉を顰めるアークライトに揺れる土人形を見て言うドウアン。

 振動はしばらくの間続き、やがて収まった。


「ふむ……引き上げたようじゃ。屋敷の中へ踏み込んではこなかったか」


 土人形は屋敷に近づく者の存在を振動で知らせ、内部に侵入されると割れて壊れることになっている。


「……そろそろ十日ほどか。いくら王宮に寄り付かない変わり者とはいえそろそろ怪しむ者も出てきておかしくはない」


 シャルウォート・クラウゼヴィッツは王宮に知己が少ない代わりに民間に奇妙な交友関係を結んでいる者たちが大勢いるという。

 その内の誰かがあの家の異変に気付いたのかもしれない。


「まだ現時点では事を荒立てたくないのだがな……」


「そうは言うても適時邪魔な芽は摘んでいかねば話が進まぬでおじゃる。件の何者かは麻呂の『(シキ)』が追っておる故、早晩その正体も明らかになろう。しばし待つがよいぞ」


 ほほほほ、と狐面の男は口元を広げた扇子で覆って雅に笑っている。


 ドウアンはアークライトが皇国に留学していた時に世話になった家の主人が帰国の際に付けてくれた助っ人の内の一人だ。

 自分が王国内で出世し権力を手に入れる為に力を貸してくれることになっている。

 部下というわけではなく協力者であり、その行動はアークライトが完全に制御できるわけではない。


(……特に皇国の人間は西の者たちを軽く見ている者が多いからな。へそを曲げさせないように扱わないといかん)


 そういう訳でこの狐面の男を家に迎えたときは賓客として持て成しているアークライト。

 ドウアンもそれに気を良くしているらしく頻繁に顔を出す。

 もう一人の小柄な仮面の男……シラヌイはほとんど顔を出すことがないのにだ。


(ほほほ、こやつは麻呂の偉大さを理解しておるようじゃがまだまだ足りぬでおじゃる。今回の一件はそれを思い知らせる良い機会やもしれぬ。こそこそと嗅ぎ回っておるネズミどもを捕らえて麻呂をもっともっと手厚く遇したほうが良いと知らしめる事にするかのう)


 狐の仮面の奥の瞳を細めて密かにニヤリと笑うドウアンであった。


 ────────────────────────────


 なんとも覇気のない、くたびれた男であった。


「……行ってきましたよ」


「あン?」


 ぼさぼさの黒髪に無精ひげ、よれた白衣のその男は学長室に表れてリュアンサにそう言った。

 眼鏡をかけた青白い顔色の瘠せた30歳前後くらいの見た目のその男。

 エドガー・メルキュリア。

 十二星(トゥエルブ)水蛇星(ハイドラ)』のメルキュリア家の当主代行だ。


「行ってきたじゃわかんねンだよ。どこ行って何してきやがったんだよ。温泉行って身体休めてきましたとか言いてェんならおうち帰って晩飯の席でやりなァ」


「……いや、リュアンサ様の命令で例の会に潜り込んできたんじゃないですか」


 ひどいよ、みたいに眉毛を八の字にしているエドガー。

 そしてリュアンサは「あれ?」みたいに天井を見上げる。


「おおォォッ!! そうだ!! そういやそうだったなァ!! クレア(あのバカ)行かせた時に、前にもこれ誰かに同じこと言わなかったかって思ったんだよ!! そうだそうだオメーを行かせてたんだったなァ」


 頼んだことすら忘れられていた。


「……そういやァオメーここんトコいなかったな。気にもしなかったぜ!!」


 ……というか存在自体を忘れられていた。


「まあ、そうだろうとは思ってました」


 そして本人もその事を諦めていた。


(惚れた弱みだ。……しょうがないよなぁ)


 エドガーはこの横暴で狂暴な王女を学生時代から……もう十年以上にも渡って片思いし続けているのである。ちなみにこの先もその想いを告げられる日が来るとは本人も思っていない。


「いや、悪ィ悪ィ……オメー、影薄すぎていなくてもわかんねェんだよ。で、どうだったんだ?」


「ええ、まあ、なんとかあの集まりの正体っていうのか……本当の目的みたいのはわかりましたよ」


 そしてその目立たない男はあまりにもあっさりそんな事を言い出した。


「何度か参加してる内に気付いたんですけどね……主催者側が『食いつく』参加者がいるんですよね。その人が意見出すと主催者が特に注意してる感じがわかるというのか……」


 ぼさぼさ頭をかき混ぜるように掻くエドガー。


「そういう人の共通点ってやる気はあるけど、同時にある程度冷静で……どっかから聞いたか持ってきた話をそのまま持ち出してくるような浅い感じじゃなくて。大事なのは今の王国の体制に『やや反対』ってスタンスな事なんです。やや、ってとこがポイントで……これが思いっきり反対だと逆に相手にされないんです」


「……ふむ」


 エドガーの話を真剣に聞くリュアンサ。


「そこがわかったんで、後は僕もそういうキャラとして振舞ってたら、ある日会が終わった後でアークライト氏に直に屋敷に来て話をしないかと持ち掛けられまして……。で、行ってきた次第です」


 驚くべき有能なスパイっぷり。

 そしてエドガーはポケットから四つ折りにされた数枚の紙を取り出した。


「そこで氏と何を話してきたかっていうのは、長くなるんで……ここに」


「貸しなァ」


 書き起こしを受け取ってリュアンサが目を通す。

 非常に抽象的な表現の多い話だが、彼女の眼にはその本筋というか……語り手が何を言おうとしているのかがわかった。


「これって……オメー」


「ええ、『皇国』の……東の国々の思想とか価値観ですよね」


 基本的なものの考え方というか……いわゆる価値観は東の国々と西の国々で結構異なる部分がある。

 女神の教義を基にした西側と古代の思想学者の記したある書物の考え方を基本とする東側。

 アークライトがエドガーに説いて聞かせたのはそういった東側思想の啓蒙……「これいいよ! 君もどう!?」とおススメしているのである。


「……手間暇掛けてる割りにゃチマチマした事やってやがんなァ。もっとクーデターの相談とかしてたんじゃねェのかよ」


「まあ選抜されてるのは基本的には愛国心のある人らですからねぇ」


 若干拍子抜けしたリュアンサ。


 ……しかしだ。これはすぐさま何か厄介ごとが発生するような話ではないというだけで長い目で見れば中々恐ろしい事を考えていると彼女は気が付く。


 わざわざ選抜しているのは自分の浸透させたい東の国々の価値観が『刺さる』者を選んでいるのだ。

 そうやって時間を掛けて思想を浸透させた者たちをいずれ国家の中枢に置くことができたとしたら……。

 ある種の流血の無いクーデターの完成と言える。


(最近間口を広げたが、だからこそアークライトのヤローも二等星以上を中心にやってんだろうしなァ)


 ギシッと椅子の背もたれを鳴らして寄りかかりリュアンサが足を組む。


「チッ、めんどくせーなァ。現時点では邪魔もしにくいし文句も言えやしねェじゃねえかよこれ」


「今の段階じゃあ法を犯してるような部分は何にもないですからねぇ」


 はは、と疲れた笑いを浮かべるエドガーだ。


 アークライトが影響を受けやすいであろう者を選んで「東の価値観はいいよ! 素晴らしいよ!」と熱心に説いた所でそれを罰するような法はないのである。


「なんか別んとこでボロ出さして蹴落とすしかねェな……。さァて、どうすっかなァ」


 はぁ、と鬱陶しそうにリュアンサは嘆息するのだった。


 ─────────────────────────────


 深夜、アムリタ・ベーカリー。

 通り一帯が寝静まり闇に包まれている。


「……ふむ、ここでおじゃるか」


 ふいに灯った無数の青白い鬼火。

 その揺らめく炎を従えるかのように狐面の男が姿を現した。


 パン屋を見上げた彼がフンと鼻を鳴らす。


「みすぼらしい建物よのう。……馬小屋かえ?」


 東から来た怪人の仮面の奥の表情が嘲りに歪む。

 この場へはこの男の独断でやってきた。

 アークライトへはクラウゼヴィッツの屋敷に姿を見せた者たちの住処がわかったという報告はしていない。


「このような場所に住んでおる者が上級貴族になんの用があるのかは知らぬでおじゃるが……。それは直接聞きだす事としようぞ」


 ほほほ、と不気味に笑いながらゆらりとドウアンが前に出る。

 すると……。


「……ねえ、貴方」


「!」


 突然声を掛けられてドウアンが固まる。

 店の横手の細い路地からゆらりと一人の女性が姿を現す。


「そんなに嫌な気配をさせながら……このお店に、近付かないで頂戴。このお店は……あの子の、大事な場所、だから」


 黒い服の女。

 両手に長剣を持っている。

 ……エスメレーだ。


「……ほほほほ、わざわざそちらから出てくるとは余程の死にたがりと見える。よかろう、これより麻呂が念入りに痛め付けてやる故、畏まって苦痛を受け入れるがよいぞ」


 喉を反らし笑う狐面の男。

 その目が不気味に赤く輝いて静かに佇むエスメレーを捉えたのだった。


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