最強を求めし者
王都からほど近い大都市ヴァルシンク。
通称『鋼鉄の都』
巨大な製鉄所があり工房が立ち並ぶ街。
この鉄の都を統治者として取り仕切っているのが十二星『鬼哭星』グレアガルド家である。
国内の多くの鉱山を所有し金属関連の事業を取り仕切るこの家は政治の要職へ関係者を送り込んではいないが、その圧倒的な経済力により政界にも大きな影響力を持っていた。
「くだらん用事で朝から呼びつけるんじゃない!! そんなもん、お前らで対処しとけッッ!!」
そのグレアガルド家の当主グスタフは朝から不機嫌である。
貴族のゆったりとした装束でも覆いきれない筋肉質なシルエットの身体の大男だ。
厳つい顔に吊り上がった剛毛の太い眉。
口の周りもタワシのようなごわごわとした髭で覆われている。
赤茶けた肩まである長髪は雑に襟足で括られている。
「ヴァルオールだとッ!? そりゃお前、俺の曾爺さんの弟の名前だ!! 血縁者を騙ってやってくる物乞いにしたって限度があるわ!!」
鼻息も荒くグスタフは乱暴に屋敷の広間の扉を開け放った。
「どこのどいつだ!! この俺にたかろうなどと……」
そこから、言葉は続かなかった。
巨大な男が床にじかに胡坐をかいて並んだ料理を手掴みで貪り食っている。
とにかくデカい。
向こうは座っているというのに身長2m近くあるグスタフと頭の高さがほぼ一緒だ。
その大きな男がグスタフを見た。
胸まで垂れた濃い髭とボサボサに伸びた長髪で顔はまったくわからない。
「……トーマスか。よちよち歩きだったお前が大きくなったな」
「いや、トーマスは俺の爺さんの名前で」
2m半の巨躯に炎のような赤い髪。
それは祖父に聞かされていた話の通りだ。
(なんてこった……本物だ)
愕然として天を仰ぐグスタフであった。
……………。
腹が満たされたヴァルオールは湯浴みを希望したのでグスタフは屋敷の浴室へ彼を連れて行った。
贅を尽くした浴室は彼の巨躯を納めるのにも十分な広さがあったのだが、残念ながら入り口はその限りではなくヴァルオールは浴室の戸を周囲の壁ごとぶち破って中へ入った。
そして身体を洗ってさっぱりとした彼は髭を剃った。
剃刀などまったく歯が立たないので大きな鉈を使った髭剃りだ。
「ふぅ、スッキリしたぞ。髭を剃ったのなど何十年ぶりかな」
「……………」
濃い髭を落としてみればその下から出てきたのは意外に若い顔である。
グスタフは皺だらけの老人の顔が出てくるものと思ってたが、実際にはヴァルオールの顔は三、四十代の精悍な顔立ちであった。
四十代半ばのグスタフの方が下手をすれば年上に見えるほどだ。
「……で、ヴァルオール様は何十年もどこで何してらっしゃったんですかね」
座れる椅子がないのでまたも広間の床に胡坐をかいているヴァルオールにテンポよく酒瓶を渡していくグスタフ。
それを赤い髪の大男がぐいぐいラッパ飲みして次々に空にしていく。
すでに床には数十本の酒瓶が並んでいる。
「国を出る前からわしは既に最強だったが、どうせならどこまで強くなれるのかもっと高みを目指してみたくてな。武者修行といえばいいのか。世界中を旅して回っていた」
そう言うとまたグイっと一瓶カラにするヴァルオール。
「強敵を求め、新たなる力を求めて東へ西へ……だ。それも一段落したので帰ってきたのだ。折角だからその力を披露してやりたいが、最強の十二星を決める催しみたいなのはないのか?」
「30年くらい前にありましたけどね。今はないですな」
大王が王国を掌握するために始めた戦いのことだ。
十二星は大王側と反大王側に分かれて争った。
そもそも十二星とは別に強さを競う集団ではない。
「そうか。少しばかり戻ってくるのが遅かったな」
ヴァルオールがまた一瓶床に置く。
「……おい、もうないのか?」
「屋敷の酒蔵は空になったんで今街まで買いに行かせてますよ。これ……俺が数年掛けて飲もうと思ってた酒なんですがね」
ぐったりしているグスタフもヴァルオールは意に介した様子はない。
「そうか。じゃあ少し眠るとするか」
ごろんと床に大の字になると1分もしない内にいびきをかき始めるヴァルオール。
彼が眠ったのを確認すると従者が恐る恐るといった風でグスタフに近付いてくる。
「だ、旦那様……どうされるおつもりでしょうか、これから」
「どうもこうもないだろうが。気の済むようにお過ごし頂くしかないだろ」
床に転がっている酒瓶の一本を拾い上げると僅かに残っていた酒をラッパ飲みするグスタフ。
「地震や台風にモノ申してどうにかできるヤツがいるのか? これはそういう話だ」
フーッと長く息を吐いて肩をすくめるグスタフであった。
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『四つ葉探偵社』事務所の夕食時。
「なんであそこから放馬するんじゃい~!! 『パパノゴハンナイヨ』よ~!!!」
「どういう名前の馬だよ……」
泣きながら飲んだくれているギエンドゥアンに半眼のマチルダだ。
どうやらイクサリアに借金して賭けた馬は来なかったようだ。
「……とにかく、オッサンにご馳走してやる義理はないからな。メシ代もらうぞ」
「なんつー冷たい事を言うんじゃいこの娘は!! 愛馬の惨敗に傷付いているわしを思いやる心はないのか!!」
どん、と机を叩いて髭のオヤジが抗議する。
勝手に夕飯時に表れて食卓に座ったギエンドゥアン。
ちなみに酒だけは持参してきた。
「愛馬って……他所の馬に勝手に賭けて負けただけだろ」
「チッ、ドライな奴めが。……よし、それじゃこうしようではないか。わしの所に入っておるとてつもない極秘情報があるのだ。それを提供してやるからメシ代の事は目をつぶれ」
……また露骨に怪しいことを言い出した。
とっくにこの男の信用度がマイナスを振り切っているマチルダは渋い顔のままである。
「この話はな……関係者には厳重な箝口令敷かれておるのだ。わしだからこそ入手できた情報だぞ?」
いかにも勿体ぶって話し始めるギエンドゥアンであったが、マチルダは既に半ば聞き流している。
「つい先日な、王宮の大王様の間に侵入者があったのだ。それがなんとずっと前に死んだと言われておった『鬼哭星』グレアガルド家の当時の当主であったという話よ。彼は世界中を旅して回り恐ろしい力を得て帰国したのだ。王国に災いを振りまいてやるつもりでなぁ……」
ヒヒヒヒ、と不気味に笑うギエンドゥアン。
「しょうもない。単なる怪談話じゃないかよ……」
ある意味想像通りの話すぎて反応の薄いマチルダである。
『鬼哭星』のグレアガルド社といえば王国でも屈指の武具販売店でもある。
マチルダの斧槍もグレアガルド製だ。
「いやそれがホントなんだって。マジなの、ガチなの。盗み聞きした話だからデマじゃないんだって」
「はいはい。お代わりは出さねえぞ。それだけ食ったら大人しく帰ってくれよな」
呆れ顔でマチルダが嘆息していると表からドタドタと騒がしい足音が近付いてくる。
入ってきたのは小柄なメイド服の少女だ。
「ただいま……って! ウチがいないのに勝手に食べ始めてるじゃん!! ヘンなオッサンと一緒にさあ!!」
「ヘンなオッサンは勝手に入ってきたんだよ。晩飯の時間は決まってんだからちゃんと帰ってこないお前が悪い」
地団駄踏んで抗議しているエウロペアを配膳しながらバッサリ切るマチルダ。
「……う~!! だって、だってさ!! なんか街にえらいデカいオヤジがいて邪魔だって言ったらケンカになったんだし……ウチは悪くないじゃんね!!?? ほんとに邪魔だったし!!」
「あ、お前ケンカしてきたらダメだって言ったろ!! おかず減らすぞ!!」
マチルダが怒るとアウロペアは涙目になってヘナヘナと椅子に崩れ落ちた。
おかずを減らすの効果は絶大だ。
この世の終わりのような顔をして陰のオーラを纏いつつメイドは項垂れている。
「まったくもう。次からは本当に減らすからな」
一転、恩赦が出るとパァっと顔を輝かせてシャキンと背筋を伸ばすツインテール。
「えへへ。マチルダ大好き!!」
「……チョーシのいい事言ってるよ」
無邪気に喜んでいるエウロペアと苦笑しているマチルダ。
「……それでな? その昔の当主というのが何でも身長3m近くもある怪物のような大男でな。手を触れずに物を動かし口からは炎を吹くという話でな」
そして誰も聞いていない話をまだ続けているギエンドゥアンであった。
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鋼鉄の都ヴァルシンク、グレアガルド家の屋敷。
「旦那様ぁ~! 大変でございます!!」
息を切らせて主人の部屋に飛び込んできた侍従にグスタフが冷めた目を向ける。
「今度はなんだ……? もう俺は大概のことでは驚かんぞ」
自慢の屋敷のあちこちを突然やってきた先祖にぶっ壊された挙句、秘蔵の酒を残らず飲み干された彼はブルーであった。
「たった今王都から連絡がありまして。……何でもヴァルオール様が街でメイドとケンカになってボコボコにされたそうで、治療院に運び込まれたのですが身体が大きすぎて建物に入らず……。道路に寝かせてあるから引き取りに来て欲しいとの事です……」
「…………………」
遠い目をして少しの間沈黙するグスタフ。
「……負けてんじゃん」
「そ、そのようでございます」
やがてボソッと呟いたグスタフ。
侍従がカクカク肯いている。
「メイドに負けてんじゃん!! メイドに負けるって何だったら勝てるの!!? 執事にも普通に負けそうじゃん!!!」
「……お、おっしゃる通りでございます」
キレた主人の剣幕に若干引きつつも頷く侍従。
「とにかくですな、普通の馬車ではヴァルオール様はお乗りいただくことができませんので、木材を運搬する用の台車を回しますので……」
「何が十二星最強だよもう。うちの先祖メイドに負けたとか噂が流れたらうちの製品の売り上げ落ちちゃうじゃないかよ。……ああそうだ、週末からセールやろ」
侍従の話もそっちのけで週末から金属製品のセールを行うことに決めて早速内容を考え始めるグスタフであった。




