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邪悪な十二星

 王宮の広い議場で若者たちが活発な議論を繰り広げている。


「貴族の特権を無くす事には反対だ。我々は平民よりも多くのものを背負っている。それだけの責任があるんだ。それに対する見返りはあって然るべき」


「その為には平民たちになるべく不満を与えんようにしなければならん。不満があれば平民は我々の特権ばかりを目にして目の敵にされる。そうなれば国家の土台が揺らぐ」


 若い貴族たちの討論は時に白熱し場が険悪になる事もあったが、そういう時は誰かが調停役になり上手く場を回した。

 そんな彼らの弁舌が一際熱を帯びているのも、見学に訪れている見目麗しい王女の存在があるからだろうか……。


 王女イクサリア・ファム・フォルディノスは椅子に座って熱弁を振るう若者たちを微笑んで見守っていた。


(……少々拍子抜けだね。もう少し過激な意見が出るものと思っていたが)


 そして彼女は周囲の者たちが思っているよりも遥かに冷静に思考しつつこの場を観察している。


(まあ、王族(わたし)が来ているし『紅獅子星(クリムゾンレオ)』縁の家の者も参加している。そう現体制に批判的な事は言えないか……。だとするのなら想像していたよりも随分と()()集まりだが、アークライトは何を考えてこのような会を主宰しているのだろう)


 チラリと横目で主催者を窺うイクサリア。


 アークライトは議場を一望できる椅子に座り、余裕のある佇まいであるように見えるがその目は真剣であり参加者たちの一言一句を聞き逃すまいとしているように王女には見えた。


 ……………。


「イクサリア様、当会をご高覧頂き誠にありがとうございます」


「楽しませてもらったよ。私もいい刺激になった」


 閉会となり参加者たちが退出していく中、アークライトがイクサリアに声を掛けてきた。


「優秀な熱意ある若い貴族が多くいて、兄上様も喜んでいるのではないかな」


「はい。ロードフェルド殿下にも、大変期待しているとのお言葉を頂戴しております。残念ながら殿下はお忙しく今の所おいで頂く予定が立てられてはおりませんが」


 そしてアークライトは大体皆が退出して閑散としている議場を見る。


「私やこの会の者たちが殿下の治世をお支え致します。どうか……王家の方々には心穏やかに過ごされますよう」


(……結局、彼は自分の家をもう少し権力の中枢に置きたいと、そういう事なのかな? そのくらいならやる事さえやってくれれば一向に構わないのだけどね)


 善意だけや本当に国家の行く末を案じているというだけで動いているわけではあるまい。

 何かしら彼なりの野心はあるのだろう。


 要はその野心が王国の発展に寄与するものならいいのだが……。

 そう思うイクサリアであった。


 ────────────────────────


 ……十二煌星(トゥエルブ)

 それは王国において王に継ぐ権力を持つ十二の大貴族の家柄である。


「ぬはははッッ! いや参ったわい! わしは一等星だからな……どうせいつもみたいにどこかで釈放になると高を括っておったらまさか『白狼星(フェンリル)』の小僧に引き渡されるとはな!! お陰で王子の前に引きずり出されて死ぬほど怒られたぞ!! ぬはははは!!!」


 ……そんな大貴族の一人が来ている。


「……それで、何でまたオレんとこに来るんだよ。後バカ笑いしながら話す事じゃないだろ、それ」


 事務所にやってきた見た目が死ぬほど胡散臭い十二星『幻夢星(ミラージュ)』のギエンドゥアンに顔をしかめるマチルダだ。


 先日詐欺で捕まえたこの男。

 騎士団に引き渡す予定だったのだが実は一等星である事がわかり予定を変更せざるを得なかった。

 王国の法では一等星の者は二等星以上の家柄の者しか捕縛したり取り調べたりする事ができないのである。

 仕方がないので同じ一等星のミハイルに助けを求めたのだ。


「いやー、やるではないか娘! まさか『白狼星』当主の息子に伝手があるとはな」


「はあ、そりゃどーも……」


 あれから一週間ほどでこうしてまたフラフラしているという事は結局この男は投獄されるほどの罰は受けなかったらしい。

 やれやれ、とため息を付くマチルダだ。


「そこで相談なんだが……ちと、金を貸してくれんか? 霊水を売った金は全部没収されてしまったんでな」


「ぶッ!! 何でオレがアンタに金を貸さなきゃいけないんだよ!!」


 顔を引き攣らせるマチルダ。


「そこはホラあれだ。哀れな没落貴族を助けると思ってだな。わしは今回の件で三ヶ月間の一等星権限の剥奪を食らってしまって今は身分証(カード)も取り上げられてしまっておる。街金で借りる事もできんのだ。まあ、どっちみちそれがなくてもわしはブラックリスト入りしとるから借りられんのだがな。ぬははははは」


「……なんだか、凄い人ね」


 居合わせてはいたのだが先ほどからこの中年男の勢いに圧されて会話に参加できずにいたアムリタ。

 たまたま彼女が遊びに来ていたタイミングでギエンドゥアンが現れたのだ。


「こちらのお嬢さんはどなたかな?」


「こんにちは、初めましてギエンドゥアン様。私はアムリタ・アトカーシア。しがない街のパン屋です」


 立ち上がってスカートの裾を摘まんで一礼するアムリタ。


「ほーぅ? 平民の所作じゃないな。よほどしっかりしたご両親に育てられたと見える」


 意外と目敏い所を見せるギエンドゥアン。


「それで、どうしてギエンドゥアン様はお金が必要なのですか?」


 パンは売れないが諸々の収入により結構裕福ではある娘、アムリタ。


「よく聞いてくれた! これを見てもらおうか」


 カバンから皺になった折り畳まれた新聞を取り出すギエンドゥアン。


「明日の第四レースには、わしがデビューからずっと目を掛けてきた馬が出るのだ。今まで勝てとらんが、わしの読みではそろそろどデカい事をやらかしてくれるはずでな。ここらでバーンと張ろうと思っておるのだよ」


「ギャアア!! 競馬じゃねえかよ!! オッサン人から借りた金でギャンブルすんなよ!!!」


 悲鳴を上げたマチルダがアムリタを抱きかかえるようにして「こんなもの見ちゃいけません!」とでも言うかのように目を塞ぐと座っている椅子ごとギエンドゥアンから遠ざけた。


「そういう品のない言い方をするんじゃない! 競馬は立派な紳士の嗜みだぞ。レース場には貴族だって大勢来ておる。……まあ確かに『今日寝る所あるのかな?』みたいに不安になるオッサンもそこそこに来ておるがな」


「……マチルダ?」


 目を塞がれたまま椅子ごと引きずっていかれたアムリタが不思議そうに彼女の名を呼ぶ。


 そこへイクサリアが入ってきた。


「やあ、アムリタは来ているかな? お店で聞いたらこちらだと聞いてね……おや?」


「むっ」


 目が合うイクサリアとギエンドゥアン。


「あぁッ!? ダメだよアムリタ!! こんな悪辣で陰惨で救いようのない中年と関わったらキミの心が真っ黒に汚れてしまう!!」


「そこまで言う!!??」


 目を剥く邪悪な中年。

 イクサリアは慌てて走っていくと座っているアムリタを抱きしめて庇うようにギエンドゥアンを睨んだ。


「……イクサ?」


 そしてさっきからずっと前が見えていないアムリタだ。


(……ンンッ? これは)


 ピキーンと脳に電流が走ったギエンドゥアン。

 余計な所だけ異様に目敏い。


(はッはーん……そういう事か! なるほどな、縁談ブチ壊しにして帰ってくるはずだわい!!)


 アムリタを抱きしめて庇う王女の姿から二人の関係性を見抜くギエンドゥアン。


(アムリタ・アトカーシアか……何やら大きな金儲け(ビジネス)の臭いがする娘ではないか……)


「ぬははははッ……」


「うわぁ、人ってこんな悪そうな笑い方ができるもんなんだな」


 邪悪に笑っているギエンドゥアンにマチルダが顔をしかめている。


「よし、わかったッ! そういう事であれば今日のところはお暇するとしようか。イクサリア様の邪魔をするのも憚られるでな……ぬはははは」


 カバンを手に立ち上がるギエンドゥアン。

 そして出て行きかけたと思ったら急に振り返る。


「……ところで、イクサリア様ちと金を借りられませんかな」


「……………」


 イヤそうな顔のままで折り畳まれた数枚の紙幣を取り出すイクサリア。

 ギエンドゥアンはそれを両手で受け取ると不気味に笑いながら何度も頭を下げつつ事務所を出て行った。


 ────────────────────────


 昼間は静まり返っていて夜になると息を吹き返す街。

 そんな繁華街の一角に一際豪奢なナイトクラブがある。

 上流階級や御大尽たち御用達の店。

 会員制であり一晩遊ぶのに平均的な稼ぎの者の年収の半分が飛ぶ。

 ……そんな店だ。


 今その店の前に立派な馬車が停まった。

 扉には立派な角を持つ牡牛の紋章が記されている。

 十二星(トゥエルブ)猛牛星(マッドブル)』ガディウス家の紋章である。


 馬車からまず降りて来たのは二人の執事服の初老の男。

 双子か? と思ってしまうほどよく似た二人。

 彼らは血の繋がりはないしよくよく見れば顔もまったく違うのだが背格好と所作が揃いすぎていて姿まで瓜二つのように錯覚するのである。

 二人ともガディウス家の家宰だ。


 続いて降りて来たのは貴族の着る豪奢なローブ姿の痩せた中年男。

 銀色の髪を七分三分に撫で付けた痩せた覇気のない男だ。


「……それでは、二時間半後に」


「ごゆっくりお楽しみ下さいませ」


 無感情に告げて頭を下げる二人の家宰におどおどと応じて男は店に入っていった。


 席は既に予約されており、入り口で名を告げるとすぐに奥の個室へと通された。

 本来ならばそこには数名の見目麗しい女性が待っていて酌を受けられるはずなのだが……。


 今日、そこで彼を待っているのは白い仮面を着けた体格のいい男である。


「ご足労頂きましてありがとうございます。エイブラハム様」


「あ、ああ……」


 不安げに仮面の男の正面に座るエイブラハム・ガディウス。

 ガディウス家の現当主である。


「さて……まずは一献。男の酌で申し訳ありませんがね」


 仮面の男がグラスに酒を注ぐとエイブラハムが最初はおずおずと……そして思い切ったように一息に呷る。


 こうしてエイブラハムが夜遊びを装ってこの店でこの仮面の男と会うのはこれで二度目である。


「この前の話の続きだと思うが……。何度も言うが私は協力はできない」


「ですが……このままでは卿の御家はいつまでも日陰のままですよ。気苦労ばかりが大きくてコストがかかり、それでいて実入りは少ない……そのような肩書きばかりを押し付けられるのはお嫌でしょう」


『猛牛星』のガディウス家は大王の即位の際に彼が権力を掌握しようとするのに最後まで抵抗して戦った家だ。

 結果、ガディウス家は敗北し財産のほとんどを没収され家は没落した。

 この男なら逆らうまいと当主に据えられたエイブラハムにも今も厳重な監視が付いている。


「……『三聖(トリニティ)』にしてやる、とは勿論言うつもりはありません。ですがガディウスの家をせめて平均的な十二星の地位までは戻してみたいと思いませんか。自分にお力添え頂ければそれは決して夢ではない話ですよ、エイブラハム様」


 手にしたグラスを揺らし、仮面の奥で笑う男であった。

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