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帰って来た男

 十二星(トゥエルブ)神耀(ソル)』のカトラーシャ家当主夫妻は愛娘アムリタを失った事により消沈し、当主の座を弟に譲り渡して隠棲の為に地方都市へ移り住んだ。


 ……そしてその弟はこれと言って秀でた能力もなく、野心があるわけでもない凡庸な男であった。


 ……………。


 ある晴れた日の昼下がりの王宮の大廊下。

 王女イクサリアは赤絨毯の敷かれたその広い廊下を歩いていた所、呼び止められて背後を振り返った。


 見れば一人の男が自分に向かって歩いてくる。

 長身で肩幅のあるブロンドの柔和な美形。

 金の鎖をあしらった白いゆったりとした貴族の装束を身に纏っている。


「イクサリア様、ご無沙汰致しております」


 よく通るやや低い声質も喋り方も万事において隙が無い。

 自分というものを他者にどう受け取らせるのかを徹底的に研究し尽くしている者の立ち振る舞いだ。


「やあ、アークライト。久しぶりだね」


 最も、隙の無い立ち振る舞いという点ではこの王女も負けてはいない。

 天然でそれができているのが彼女の資質ではあるが。


「6年だったかな? 長かったね……留学」


「はい。先週帰参致しました。すぐにご挨拶に伺いたかったのですが……」


 アークライトと呼ばれた男が苦笑する。


「ふふ、捕まえられなかったかな。……私は風のようなものなんだ。そこに吹いていなければ他の事に時間を使った方がいいよ」


「ですので、このように機会を待たせて頂いておりました」


 胸に手を当てたアークライトが恭しく紳士の礼をする。

 そういった所作もぎこちなさや嫌味な感じはなく洗練されている。


「このアークライト・カトラーシャ……帰参致しましたからには父を助け、王国と大王様や王家の方々の為に存分に働く所存です。……いずれ、イクサリア様には皇国の土産話などをさせていただくお時間を頂戴できましたら」


「うん、楽しみにしているよ」


 爽やかに笑って言うアークライトに微笑んで肯き返すイクサリアであった。


 ────────────────────────


 その日の夕食時、アムリタ・ベーカリー。


「……アークライトね。皇国だったかしら? 確か留学していたのよね」


 イクサリアの話を聞いたアムリタが記憶を呼び起こそうとしているのか、顎先に人差し指を当てて上を見る。


 アークライト・カトラーシャはアムリタの父から当主の座を継いだ叔父の息子。

 つまりアムリタにとっては従兄に当たる人物だ。


「彼の事はよく知っているのかな?」


「うーん……小さい時に何度か遊んでもらったような記憶はあるわ。そのくらいかな。歳もまあまあ離れているからね」


 彼は自分よりも7歳年上であったはずだ。

 とするなら現在25歳くらいか。


 アークライトは幼少時は身体も小さく病気がちで引っ込み思案な子供だったという。

 しかし成長するにつれて身体は大きくなり文武どちらも優れた才を見せ始めた。

 叔父は息子の優秀さを大層喜び、大金を出して東の大陸最大の強国である『皇国』に留学させたのだ。


「叔父様が継いでからカトラーシャの家も前以上にパッとしないとも聞いているし、彼が盛り立ててくれればいいわね」


 カトラーシャ家は大王が国内を統一する戦いを始めた時、敵対こそしなかったものの積極的に支援もしなかった。

 そのせいで大王が国内を統一してからは権力の第一線からは退いた状態にありそれは現在まで続いている。

 アムリタの父が彼女をクライス王子の婚約者にしたのはそういった家の現状を憂いて少しでも浮上させんとした意図もあったのだ。


 アムリタとしては……カトラーシャの父母には平穏、幸福に暮らして欲しいとは思っているものの十二星としてのカトラーシャ家の浮沈はもうほとんど他人事である。

 自分は既にカトラーシャ家の人間ではないし、血の繋がりもまったくなかったと判明した今は尚の事そう思うようになった。


 アークライトも以前従兄妹関係であったというだけで実際は血の繋がりはない。

 他人の家の事情だ。


「……それにしても」


 フォークの先のグリルされた肉を見て複雑な表情のアムリタ。


「はー……美味しい。止まらないわ。太ってしまいそう」


 その言葉にそれまで黙っていたエスメレーが優しく微笑む。


「沢山……食べてね」


 慈愛の眼差しでアムリタを見ているエスメレーだ。


「何だかエスメレー様はまた母性が増したような気がするね」


「そうなのよ。ママなのよ。たまに間違えてお母様って呼びそうになるわ」


 現在この店ではアムリタとアイラとエスメレーの三人が生活している。

 アムリタにとってはアイラが姉でエスメレーが母のような感覚に陥りつつある。

 肉体年齢にすれば三人とも同年代であるというのに……。


 複雑な表情のアムリタであった。


 ────────────────────────


四つ葉探偵事務所(フォーリーヴズ)』所長のマチルダ・ルークは現在王都を散策中だ。

 といっても目的もなくブラついているというわけではない。


「うーん……何でも治す霊水ねえ……?」


 釈然としない表情で彼女が上着のポケットから出した物はコルク栓を詰めてあるガラスの小瓶だ。

 中身は透明の液体である。


 ……数日前にこの小瓶は今回の依頼者によって事務所へ持ち込まれた。

 どんな病気や不調も治す霊水であるという触れ込みのこの水。

 依頼者は家人の病気を治す為にこれを購入したが効果が無かった。

 後日、売りつけた相手に文句を言うとそれは飲ませる量が足りないのだと言われ追加で購入。

 それも飲ませたものの、やはり家人の症状が改善する事はなかった。


 依頼者は大層激怒しており、売りつけた男を捕らえて騎士団へ突き出してやろうとマチルダに依頼してきたというわけだ。


(正直こんな怪しいモンを信じるのもどうかと思うんだが……家族に病人がいて必死なんだろうしな。そこに付け込むのは悪質だし)

 

 この小さな小瓶一つの値段が王都の最高級のホテルのスィートルームに一泊できるほどもする。

 洒落で出せる金額ではない。


 ……それに、言ってはなんだがマチルダにとっては事の善悪は自分とは関係が無い。

 仕事として粛々とこの男を見つけて騎士団に引き渡せばいいだけだ。

 後の判断は騎士たちがするだろう。


 と、思ってエウロペアと二人でそれぞれ数日街を探し回っているが、今の所それらしい男は発見できていなかった。


「大体が……。なんだこりゃ黒スーツに鷲鼻でカイゼル髭の痩せた中年男ぉ? こんなもん変装だろうし今は全然違う格好になってんじゃないのか?」


 と、そこでマチルダが前から歩いてきた何者かとぶつかりそうになり、双方足を止める。


「……っと、悪い。余所見してて……」


「あ~、こりゃ失礼。ちょっと急いでおってな」


 ……だみ声で言うその男は黒いスーツにシルクハットを被っており、立派な鷲鼻でその下には左右に一つずつ筆先のような先端がくるんと空を向いた見事なカイゼル髭を蓄えている。

 ひょろりと痩せていて背が高く肩幅はそれなりにある。


「うおッッッ!!!?? いたぁッッ!!!!」


「ギャアアア!! なんじゃぁ!!!??」


 同時に声を張り上げ、飛び上がる二人であった。


 ────────────────────────


 マチルダは嫌がる男を半ば力ずくで事務所まで連れて帰って来た。

 暴れても走って逃げても無駄らしいと途中で悟った男は今は大人しくしている。

 ……単に体力が尽きただけかもしれないが。


詐欺(ペテン)だぁ? そんなはずあるわけがなかろうが! それは本当にわしが霊峰ファーシャンで汲んできた霊水だぞ。……知っておるか? 東方の霊験あらたかな神山ファーシャンだぞ? わしの言っておる事に嘘などない。それを飲み続けておれば体内の悪しき気は清められて健康を取り戻すことができる」


「………………」


 ぺらぺらとまくし立てる男を半眼で見ているマチルダ。


 ……それにしても人相の悪い男だ。痩せていて面長で三白眼の細いツリ目。黒髪はワックスでテカテカでオールバックに固められており、後ろ髪が襟足の辺りで外側に跳ねている。

 普通、こういう胡散臭い商売をする者とは人に好感度を与える外見をするものではないだろうか?

 それが何故こんな何も知らない人が見ても胡散臭さしか感じない出で立ちをしているのか。


「オレは仕事でアンタを団に引き渡さなきゃならないってだけだ。主張は詰所でやってくれよ。……それと、この霊水とやらだが、学術院に知り合いがいるからさ。そいつに引き渡して成分とか調べてもらうぞ。なんかそれっぽい成分とか検出されればアンタの言い分も通りやすくなるんじゃないのか?」


 ……すると、居丈高にふんぞり返っていた男がやおら猫なで声で揉み手を始める。


「……いやいやいやいやいや、待て。待ちたまえよ。それは……流石にちょっとアレだろ? 夢が無さすぎるってもんじゃないのか? 何でもかんでもそうやって調べて中身を暴いてしまうっていうのは、わしはちょっとどうかと思うんだがなぁ」


「夢も何もないって……仕事なんだから。大体がアンタだってこんな怪しい変装してるんだから疑われたって……」


 言いながらマチルダは腕を伸ばし、男のカイゼル髭を人差し指と親指で摘まんで引っ張った。


「あいだだだだだだだだだだ!!!!! やめんかッ!! 変装じゃないぞれは!! 自前だぞ!!!」


「……ゲッ!! 悪い!! どう見ても付けヒゲだったから」


 慌ててマチルダが手を引っ込める。

 男は涙目になっていた。本物の髭だったらしい。

 見るからにパチモンっぽい部位がガチモンであった。


「……え、じゃあまさかその如何わしい鼻もか?」


「人の鼻を如何わしいって何じゃお前は!! オギャアと生まれた時からわしはこの鼻だ!!!」


 付け鼻だと思ってた鷲鼻も自前であるらしい。

 だとするなら……。


「なあ、もしかしてアンタ。自分が怪しい見た目してるって自覚……ないのか?」


「何を馬鹿な事を言っておる。極々普通の王国紳士だろうが」


 ……自覚は無かった。


「……はぁ、まあいいや。とりあえず団に引き渡す時の書類作るからよ。身分証出してくれよ」


「……………」


 渋々と言った感じで男が黒いカードを取り出す。

 王国の紋章があり、金文字の記された黒いカード……それは一等星の証明だ。

 思わずマチルダはぎょっとして顔色を変えた。


「バカッッ!!!! お前これ……これの偽造は確実に死罪だぞ!!!!」


「偽造じゃないわ!!! これも本物だ!!!!」


 お互い唾を飛ばして怒鳴り合うマチルダと中年男。


「本物って……」


 茫然とマチルダが手にした身分証を見る。


 そこには……十二煌星(トゥエルブ)幻夢星(ミラージュ)』ギエンドゥアン・マルキオン、とそう記されているのだった。

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