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地域で評判の……

 王国内で様々な破壊活動を行っていたクライス派の残党組織は壊滅した。

 ほとんどの構成員は本部の崩壊時に命を落とし、ごく一部が捕らえられたがいずれも怯え切って半ば正気を失っており取り調べを受けられるような状況ではないという。


「王宮に残って無関係を装っていた者どもも自主してきたぞ。本体が倒れた以上いずれ自分たちにも手が回ると思ったんだろうな」


 ロードフェルド王子の執務室。

 王子の目の前に立つのは『白狼星』ミハイルである。


「今の内に名乗り出てなんとか罪を軽減したいという腹なのだろうが……。どの道、離島で生涯防波堤作りだ」


 乾いた声で言うと王子は報告書類の束を投げ出すように机に置いた。


「では、部隊(われわれ)もお役御免ですな」


「解散させる必要はない。名前は残しておけ。毎月手当も出してやる。何かあればまた頼みごとをすることもあるかもしれんしな」


 ありがとうございます、とミハイルは王子に頭を下げた。

 これでサモエド隊の隊士たちは肩書だけは部隊の所属のまま日常は好きに過ごしつつ毎月給金だけは受け取ることができる。


「ともかく、今回はご苦労だった。お前たちの働きに感謝する」


 それは、今回の働きに対する王子からの恩賞のつもりなのだろう。


 ────────────────────────────


 少ない荷物を詰めたカバンを手に軽快な歩調で街を歩く少女……アムリタ。

 上機嫌な彼女は今でも鼻歌でも歌い出しそうだ。

 ……ようやく戦いは終わり、我が家に。

 地域で大人気の(妄想)パン屋に帰ることができる。


(……そういえば、アイラが誰かに店番を任せたって言っていたけど誰かしら?)


 一瞬頭に浮かんだクエスチョンをすぐに乾いた笑いで吹き飛ばすアムリタ。


「……ま、どうせ閑古鳥が鳴いてるんだから誰がやってたっていいけど」


 曲がり角を曲がって、その先に見えるはずだ。

 アムリタ・ベーカリーの小さな店舗が。


「は……?」


 固まるアムリタ。

 手にしたカバンを落としそうになったが辛うじて耐えた。


 自分の店から……パン屋の店先から。

 行列が伸びている。


「ど、どういう事よ、これ……」


 アムリタは賑やかに雑談しながら入店の順番を待ってる大勢の客の姿に驚く。

 というか、少し怯えているようにすら見える。

 自分の店が恋しすぎてついにありもしない光景が見えてしまうようになったのだろうか……。

 そんな風に自分の脳を疑う。


「す、すいませんっ! 店の者です……」


 とりあえず人垣をかき分けるようにしながら店内へ。


 すると、そこには……。


「オオッ! アムリタ、おかえり!!」


 エプロン姿の半獣人の若者がアムリタを笑顔で出迎えた。


「貴方は……」


 頭部にイヌ科の動物の耳を持つその日焼けした精悍な若者には見覚えがある。

 ウォルガ族のハザン。

 クライスの陰謀により一族が散り散りになってしまった半獣人の部族の戦士。


 初めて会った時はいかにもな辺境の部族民であった彼だがすっかり見違えて都会の住人になっている。

 ボサボサだった長髪は切ってきちんと整えられた髪型になっていて、半裸で毛皮を身に纏っていたのに今はさっぱりした都の男の服を着ている。

 片言だった共用語の喋りも随分こなれてきたようだ。


「アムリタは恩人だ! アムリタの店を繁盛させるために俺頑張った!!」


 そう言ってハザンがトレイに乗せて差し出してきたものは二種類のパンだ。


「俺が考えた! クルミを入れたクルミパンとチーズを入れて焼いたチーズパンだ!! どっちも大人気!! 毎朝沢山焼くけど午前中の内に売り切れる!!」


「な……な……」


 わなわなと震えているアムリタ。

 若干青ざめた顔で頬を引き攣らせた彼女はどう見ても喜びに打ち震えているという風ではない。


「なんで私の店を勝手に繁盛させるのよ!!!」


 そして興奮してハザンの襟首を掴んで詰め寄った。


「えええええ!!!??」


 突如として鬼の形相で迫るアムリタに裏返った声で悲鳴を上げるハザンであった。


 ……………。


「ご、ごめんなさい。取り乱したわ……。冷静に考えたら全然キレるところではなかったわね……」


 コーヒーを飲みながら謝罪するアムリタ。

 午後になり、お客が一段落してようやく落ち着いて話をすることができた。


「……あ、アムリタ、怖かった」


 まだちょっと怯えているハザン。


 彼に話を聞いてみると……。


 アイラは店番のヘルプにシャルウォートを頼った。

 そして彼の要請でハザンがやってきた、と。そういう流れであるらしい。

 だからと言って急に来たハザンがいきなり店を切り盛りできるのか……? とアムリタが疑問に思ったが、実はこの話が出る前からハザンは某店舗で修業をしていたというのである。


「いつかアムリタの店を手伝おうと思って頑張った。俺は『ココ・フルール』で二か月修行してきた!」


 ココ・フルールとはパンと洋菓子を扱う老舗。

 多くの貴族や王族にも愛好者がいる一流店である。


「プロじゃないのよ!! 卑怯でしょうそんなの!!!!」


「ええええええ!!!????」


 ……またもアムリタが急にキレた。


 ────────────────────────────


 ……ぴちょん。

 ぽちょん。


 何かが滴っている音がする。


 ここは某国某都市にある巨大な会議場。

 歴史的価値のある史跡でもある。


 その会議場の一室にある円卓の間で四か月に一度開かれている秘密の会合がある。

 周辺国家の元首や有力者、そして大企業のトップたちが集う会合だ。

 その集まりは一部で『協会』と呼ばれていた。


 今日も会合の日だ。


 円卓の椅子の内の一つに柳生キリエが座っている。

 今日の彼女は和服ではなく、淡い紫色のスーツ姿だ。


「………………」


 誰かと会話するでもなく膝の上に文庫本を広げてそれを読んでいるキリエ。


 その背後にスッと灰色の服の男が立つ。


「……終わりました。キリエさん」


「ありがとう。つまらない仕事をさせて悪かったわね」


 本を閉じてバッグにしまいながらキリエが礼を言うとジェレミーは「いいえ」と首を横に振った。


「前にいた職場の虚しい机仕事に比べれば何でも……」


 疲れた様子で……というのはつまり普段通りの彼であるという事だが、ジェレミーは言った。


 二人の周囲には……死が満ちていた。

 円卓の席は全て埋まっており、だけど座って息をしているのはキリエ一人だけ。

 後は全員が死んでいる。


 いずれもが国家の元首や実質的な支配者、そして財界の巨魁ばかり。

 だが、皆死んでしまっている。

 誰もが流している血はまだ固まってもいない。

 全員死んで間もないからだ。


「楽しいお遊戯の時間が終わったら、玩具(オモチャ)は玩具箱へ」


 薄く笑ってキリエが立ち上がった。


「……()()()()は大事よね」


 そして彼女はコツコツとヒールを鳴らして出口に向かって歩き始めた。

 その後ろをジェレミーが付いていく。


「何か食べて帰りましょうか。希望はある?」


「……手早く済むものなら何でもいいです」


 二人の話し声が遠ざかっていき……。

 バタン、と大扉が閉まりその場に生きているものは誰もいなくなった。


 ……ぴちょん。

 ぽちょん。


 何かが滴っている音がする。


 それは、円卓にうつぶせ死んでいる初老の男が流す血が縁から床に滴っている音だ。


 ────────────────────


 ……その男はあまりにも強張った顔で店に入ってきたので、アムリタは何か事件でもあったのかと不安になってしまった。


「……べっ、別荘に行かないか!!」


「え? ……はい?」


 カウンターの前に立ちまるで何かの宣誓でもするかのように背筋を伸ばしてレオルリッドが声を張り上げる。

 アムリタはそんな彼を少しだけ引き攣った顔で見上げた。


「ルクシェーンの湖畔に我がエールヴェルツの別荘があるのだ!! おっ、おお、お前……お前を……」


「ちょっと、ちょっと落ち着いてよ、レオ」


 ヒューヒュー音をさせているので過呼吸になるのではないかと心配になってアムリタが彼を宥める。


「落ち着いてお話して。どこへ行くの? 何と戦えばいいの?」


「……た、戦わない!!」


 必死に否定しているレオルリッド。

 どうやら戦闘の助っ人を募集しているわけではないようだ。


「貴方の別荘が占拠されたんじゃないの?」


「占拠はされていない! そ、その……手入れもしっかりされている。快適で……過ごしやすいはずだ」


 ふうふうと息を整えながら喋っているエールヴェルツの若獅子。


「お前は……お前はこれまで必死に戦い続けてきた。その両手はもう返り血でベトベトのはずだ……!!!」


「そんな人を殺人モンスターみたいに……。当たり前ですけど毎回ちゃんと手は洗っています」


 イヤそうな顔になるアムリタ。

 中々壮絶なことを言ってくる男である。


「だから……今こそ、湖の美しい水でその両手を洗うべきなのではないか」


「湖の妖精さんにハンマーでぶん殴られそうな提案をするわね。湖の別荘ってそういう殺伐とした動機で行くものなの?」


 お前は殺しすぎて死んだ者から祟られてそうだから清浄な湖の水で清めに行こうみたいな……一種のお祓い的なお誘いなのかなとアムリタは思った。


 レオルリッドとしては、戦い続けてきたアムリタは心も体も静養が必要なのだから……と、そう言いたいのであるが一々言葉のチョイスが最悪なのでその意図が相手に伝わっていない。


 そんな二人のやり取りを後ろで聞いていたアイラがふふっと笑った。


「行ってくればいいじゃない。折角デートに誘ってくれているんだから」


「……デッッッッッッッッ!!!!!!!????????」


 今日一の大音量が出た。

 小さな建物であるアムリタ・ベーカリーがカタカタと揺れた。


「で、デート……だと?」


 耳を塞いで固まってしまっている二人の女性を前にしてレオルリッドは愕然としている。


(違う! これはそういう誘いではない……!! お、俺とジェイドは……アムリタは親友で……)


 どくん、どくんと耳の奥で響く自分の心音がどんどん早く大きくなっていく。


(だが……だがこれを否定してしまえば、それは俺がアムリタを一切、まったく異性として見ていないという断固とした意思表示になる。……なってしまう)


 若獅子にスポットライトが当たる。

 周囲は闇だ。

 一切……道が見えない。見えてこない。


(いいのか……いいのか!? レオルリッド・エールヴェルツ!!! その選択をしてしまっていいのか!!!???)


「ほら、もう……アイラがヘンな事を言うからおかしくなっちゃったじゃない」


「あら……私のせいかしら? ふふ」


 ようやく聴覚の麻痺から回復した二人が言葉を交わしあっているが己の内部世界で闇に包まれているレオルリッドには聞こえていないのだった。

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